第六十八話 過剰労働の果てに
逮捕拘禁されていたシルナ王国の諜報員一人に対し二人の遺体を結び付けてトレバシェットの発射台に乗せて目隠しを取る。
良く叫び、良く喚き、良く飛んだ。悪趣味ではあるが街の中に居る人間に聞かせるための絶叫なので良く鳴いて貰わないと意味が無い。
見物客も思ったより多く、飛んで来る遺体の弾丸に関心はあるものの余り感情の動きは見られなかった。
さて、流石に幾ばくかの守備兵は存在している様だが出陣してくる気配はない。それならば爆雷魔法を付与してある死体の起爆を行うとしよう。もうしばらく温存して置こうかとも思ったが諜報員が生きていても困るので壁の向こうで爆死して貰うとしよう。
赤い血飛沫がちらほら見える。無事起爆を確認して双眼鏡をコンラッドに返す。
投擲の再開を命じ、また騒々しい間者の叫び声を聞きながら敵の動向を見張る。送り込まれる間者の数は日を追うごとに増え、捕らえられる人数は彼の国を出たソナーの反応と同数であったので捕縛率百パーセントであった。猿轡で目隠しをされ後ろ手に縛られた連中が一人、又一人と死体二人を重しに拘束されて発射されていく。今此方を奥歯が割れん程に噛みしめて睨んでいる奴らに笑顔で手を振りそちらへ向けて投擲させる。
煽れば何らかの反応があるだろうと期待して、時限爆弾付き間者を飽きる事無く発射する。
兵力を温存しているのかそもそも防衛を配置せずに見捨てたのかの判断は遺体をちゃんと片付けるかで判断させて貰う。片付けずに放置したら長城沿いの次の町に投擲すればいい。
促成栽培のペスト・コレラ・チフス達はあっという間に蔓延する、ぐるっと一周投擲の旅をするだけであっという間に国家が疫病で崩壊するだろう。
壁際が全て何の役にも立たない状況で富裕層だらけの中央都市に何ができるかと言えば、地獄を受け入れる為に地獄を創る事くらいだ。地獄をよりマシな方だと思わせるために外側に地獄を創る。人間が常に実践してきた地上の楽園の正体がこれだ。
尤も言葉と思想だけを称揚して地上の楽園とされた地獄もあったわけだが、あれも創られた地獄であろうか。
無間地獄と餓鬼地獄程度の差だがどっちに落ちるのがお好みなのか聞いてやろうにもどちらも既に死んでいて聞けやしない、惜しい事だ。
次の町に進む間に何人も間者を補充する事になったが兵士は襲って来なかった。
西の砦から更に西、細かく言うならば南西にシルナ王国北西の街ビギがある。ここは取り立てて何かあるわけではなく駐留軍が多く詰める事によって栄える繁華街と言う、よくある街だ。
北西にデモルグルと北東にトリエールと言う戦地としては最悪の立地にありながら平和が保たれている稀有な街だ。
軍事力と長城の存在が安全を保証しているだけの場所なのだが、さて此処にトレバシェットの嫌がらせはどのような効果を齎すか見ものではある。この地で気を配らなくてはならない相手はデモルグルのみと僕は見ている。
砦に攻めてきた六万余の兵力はここから出ていたのではと疑っていたからだ。
二万の騎兵と二万の歩兵でこの辺りを遊弋し散々煽って見るのも一興だ。寒くて死体も中々腐らないとは言え持ち歩くのも面倒な代物だ。
生きた間者一人に二人の死体を括りつけてビュンビュン飛ばす。幸い間者も補充できたので暫くはこの編成で空飛ぶメッセンジャーを送りつけられる。
予想通り敵防衛兵は出てこない。以前よりも無気力な顔が見えるがメシ食ってるのかアイツら…。
街の至る所で血飛沫が上がり死体が爆散する。それでも防衛の兵士は現れない。
全部打ち尽くすのに三日掛かったが上出来と言えるだろう。砦近くでトレバシェットの解体と焼却を行うまで油断はできないが恐らく敵守備隊は遊撃隊となってデモルグル領である草原を縦断して砦に向かっているのではないかと思う。僕達をやり過ごしたリンネの街の守備隊と合流して攻めれば割と何とか戦えるのでは無かろうか?。
やや期待しすぎた感もあるが、両街の守備兵合わせてこの程度かと思いながら砦と挟み撃ちの態勢になったようだ。隘路の拡幅工事は出発前に済ませてあったがやはり苦戦するのは致し方無い。
普通に石を放つトレバシェットは十分に脅威なのだと解らせてやる必要がある。穴熊になったからと言って防げるものではないのだ。
この有様では来春のシルナ王国の中央都市チキンは、我々が陥落す前にデモルグルに陥落させられるんじゃないかなと思う。
それならそれでもいい、少数民族が淘汰されるのは何時だって歴史の常だ。
耐久力の限界までトレバシェットを使い分解して金具を回収し燃やせるものは燃やしてしまう。
金具は煮沸消毒して錆を取り油紙で包んで丁重に砦近くの忍びの拠点に隠す。
歩兵同士の戦いが激化する中、砦側の新型トレバシェットが試験投擲を開始する。勿論此方からも着弾と効果、そして飛距離の確認をする。
命中精度よりもこの隘路に直接叩き込める射程距離が重視なので必至に後背を守る敵兵は何処にも逃げ場がない。だが稀にしか当たらない命中精度ではやはり物足りないものがある。
コンラッドも改修点の割り出しに頭を悩ませ、イノはこめかみをグニグニと揉みほぐしながら溜息を吐く。
「まぁ…あれだ、開発陣には頭がスッキリしそうな飲み物でも振舞ってやってくれ、煮詰まってるようなら休暇もな。」
心機一転攻勢に出るとしよう。
砦側からもちゃんと出陣して戦っているようなので演習場としては先ず先ずの隔離地のようである。
敵兵も驚くほど戦えているが補給も援軍も無いのに良く凌ぐものだと関心する。
「若しかしなくても僕たちの後背からデモルグルが来たら不味いな。」
「まさか…それは。」
「砦に帰れないように命を賭して此処に蓋をしろと命じられた死兵ならばこの敵兵の行動の全てに説明が付く。成る程、嵌められたな。」
重苦しい空気が流れる中で、僕はティーポットからお茶を注ぐ。
「トレバシェットの処分が完了していて良かった。そうだろうコンラッド。」
「ああっ、そうです、そうでした退路はちゃんとありました。」
嬉々として大喜びするコンラッドを見てイノもポンと手を打つ。
天嶮要害で峻厳たる険しい山道は僕の手で完膚なきまで粉砕し、あまつさえ舗装までしたのだ何の心配も無い。
「総員隘路を爆破粉砕して塞ぎ、このまま北上してリーサンパの山へ向かう。着いたら全員で温泉だ。」




