第六十七話 最終処分場店長
地主のお婆さんに魔獣の騒音や糞尿の臭いの不満を訴えられる前に、口止め料として毎朝ご家族の人数分、魔獣卵をプレゼントする。
するとあくる日「地代は卵で良いと伝えて欲しい。」とギルドを通して通告されることになる。
「俺達としてはご近所づきあい程度の考えだったんだけどなぁ。」
「流石に毎朝四万五千円相当と考えるとお釣りがくるだろうな、まぁ今は減価償却でじわじわと価値は下がってるけどな。」
タレ豚・鹿丼に生か半熟卵か目玉焼きトッピングでプラス三千円。ハッキリ言おう庶民が食える金額では最安値だ、まず利益が無い、果てしなく原価割れしている。利益率マイナス七十パーセントだからだ。
この店は六等国民でも飯が食える、大人しいタキトゥス奴隷なら金さえ払えば食わせる店だ、だから彼等と係わってはならない二等国民以上は入店不可と言う事になる。
だが、二等国民以上ですら、中々に口に出来ない生卵が食える唯一の店である。勿論焼いたものでも茹でたものでも頻繁には食せないのであるが…。
衛生と鮮度に拘り抜いた卵、配合飼料の食事代が六等国民越えの鶏が生む卵が、本来一個九千円のところ、なんと一個三千円である。
だからと言ってそう売れるものでは無い、だが、好事家はどの世界でも居る。
じわじわと卵を食べる文化を育てるつもりの倉橋にとって、この値段はハードルだがやってやれない事は無いと思っている。
「ねぇ?板長、クッキー作っていい?。」
「ああ、構わんがオーブンを作れと言う事で構わんか?。」
「あ、そっかオーブン無いんだよね。」
「石岡から建材を買う資金を都合して貰えないか聞いて見ると良い。石窯を造ると言えば予算も検討しやすいだろう。」
「ありがとう板長♪。」
カラカラと下駄を鳴らして休憩中の店長の元へ走り去って行った。
耐熱能力のまるでない窯から耐熱煉瓦(弱)を取り出す。
次はこの耐熱煉瓦(弱)で更に窯を作りより良い耐熱煉瓦(中)を造り、登り窯を造って耐熱煉瓦(強)を量産する。
連日窯からは煙が細く登り、堆く煉瓦が積み重ねられる事となる。
「さてお待ちかねのピザも焼ける窯が庭を潰して完成した訳だが、クッキー生地の用意は良いかな西田さん。」
「バッチリだよ板長。」
「では説明しよう、まずは鉄扉を開けて中で燃やした薪を左側の壁際に寄せて…この時手をつっこむと腕毛と手の皮が焼けて大変な事になるから火掻き棒だけでやるんだ。」
薪を左側に追いやると右側にスペースが生まれる、そこが調理スペースだ。
「試しにこのピザ生地を金皿に脂塗って伸ばした奴を入れてみよう。」
全面にきつね色が広がる。
「芯まで熱を通すにはこの位置は熱すぎると解るかな、その場合もっと手前側に持ってきて温度の低いところでじっくりやるようにするといい。」
ピザ用の丸くて平たいプレートの付いた棒でスイッスイッとピザ生地を持ってくる。
「この辺りかな、180度がどのあたりか感覚で把握するまで焦がすかもしれないけど店長と相談して頑張るといい。薪も材料も店長次第だからな。」
焼きあがったピザ生地を千切って裂いて焼きムラを確認しながら倉橋君は呟く。
「砂糖の入ったものは総じて焦げやすい。石岡、頑張れよ。」
ポンと石岡の肩を叩いて倉橋君は外履きの革靴に履き替えてラボへと戻る。恐らく西田さんの考えに便乗して造る目途が立ったアレを造りに行ったのだ。
営業時間中は面倒の見れない登り窯を気にしながら、そわそわし続ける一週間を終える。
「出来はどう?。」
私から差し出された湯のみを手にして倉橋君は目を閉じる。
「そうだな、火を止めた今は、冷めるまで待つだけだ、せめて俵一つ分だけでも出来ていれば上々だな。」
長い沈黙から導き出された答えがそれだ。お茶の出来を聞かれたとも思っていない。実際聞いたものは登り窯の中身についてなのだから間違いは無いのだけれども。
「煎り豆の香ばしさが堪らないな、コーヒーを思い出す。」
「福豆茶からコーヒーを思い出すのは豆繋がり?それとも焦がし過ぎた?。」
一寸意地悪かなとも思うが敢えて聞いて見ようと思う。
「コーヒーに含まれる香りの要素は焙煎とかいろんな方法で集めて千種類、一杯のコーヒーなら大体三百種類の臭いが混ざったものだ、まぁ、そんな蘊蓄は兎も角、この香りの中のどれかにコーヒーの懐かしさを思い出させるものがあったとしても仕方が無い。それよりも、飲み終わった後に豆を食べられるのがこれの良いところだな。」
下手な言い訳をされたが蘊蓄に免じて許してあげよう。
遠くから出陣式のラッパの音が聴こえる。そういえば西の砦の先の国は、シルナ王国だったかな特産品は絹と…。まぁいいや。
益体も無い事を考えているとふやけた煎り豆を食べながら倉橋君に問われる。
「あの二人のクッキーはいつ完成すると思う?。」
「そうね、味見と最終処分場の店長の胃袋が、耐えられるうちに完成して欲しいところね。」
そうか…と湯のみを持って流し台の水桶にそれを沈めると思い出したかのように倉橋君が言った。
「七輪と網でも造って座敷に置くか、煎餅が焼けるぞ。」
「いいわね、でもお米ともち米はどうするの?。」
「冷蔵室が出来たからそこに置いておけば、正月までは保つさ、なんなら今から買いに行くか。」
「二人の邪魔しちゃ悪いし、静かに行きましょうか。」
「そうだな、帰りは馬でも借りるか。」
兵隊の行列を見送る集団を見ながら市場へと二人、歩く。
何だか懐かしい。私も─────。
女として生きる道と彼の力となって生きる道。どっちかを選ぼうとしてどっちも選べずどちらも選んだ。
気付いたら知らない場所だった気付いたら知らない世界だった、でも知っていた。
私が生きた場所と私が生きる場所は繋がっていた。でも今は何処にも繋がっていない。
「其方は何者ぢゃ。」
「何処かの偉い人のお子でしょうか?私はトモエですよ。」
私を下から見上げるように声を掛けてきた少女に私は見覚えが無い。
「メイドの様な気配がしたから声を掛けたのぢゃ…違ったようぢゃの。」
見た目と違ったちぐはぐな中身を持っていそうな少女は私に氷の結晶の様なものを手渡してきた。
「詫びぢゃ、力を求めるなら握りしめて割るが良い。」
そう言い残して貴き血を引いてそうな少女は去って行った。
敢えて言おうミス修正であると




