第六十六話 グレイトフルバッファロー
二十羽ばかり捕らえた雌鶏を産卵飼育檻に固定して餌を食わせる。浄化魔法と清掃を毎日欠かさず行い、兎に角綺麗に清潔にを心掛ける。消毒薬も自作したし冷蔵室も敷地内に建てた。広い庭には群れの長だった雄鶏と若い雄鶏が大人しく餌やミミズを啄んでいる。
一応暴れるモンスターとして有名なのだが何故か大人しい。倉橋と石岡の二人には最初よりはマシだが、雄鶏達には、ずっと警戒されている。西田さんにだけは全ての鶏は従順なのだが…。
無精卵を全員で磨いて消毒して藁を敷いた箱に丁寧に並べていく。この中でその手際が良いのは樋口さんと倉橋君だった。
「まだ麦飯は硬いが、卵かけご飯が食べられるようになった。」
倉橋君を除く全員がハッと気付く。道理で消毒に厳格な基準を設ける筈だと思いつつ年単位で食べていないズボラ飯を思い出す。
「この卵の単価は倉橋にせびられた蒸留装置と冷蔵室、卵を滑らせるレールの加工代を加味すると一個銀貨三枚に相当する…。」
「現代の価値に直すと…九千円…。」
「わぁ…。キミたち高級品ですねぇ。」
魔物の卵でこの値段になるのは偏に消毒と鮮度と飼料のせいである。美味い卵は美味い飯から、卵を産んでくれる環境と程々の繁殖環境、そして役目を終えた鶏は肉になる。
そして鶏などと言っているがその威風堂々とした佇まいは軍鶏のそれである。
「さて…グレイトフルバッファローの雌の捕獲についてだが。」
「あんなトラックどうやって捕獲しろってんだ…常に牡が警戒して突撃してくるのによ。」
ブレイブソードマスターロック、ブレイブロック等とギルドでも人気者の石岡が萎えるのも無理はない。
あんな突進受けきれるのも石岡くらいだ、俺?無理だ無理、軽トラの突進を止められるならやってみろ。
「そこで一つ提案がある。西田さんにあの牛共を手懐けて貰うんだ。」
「おっ…まえ、非戦闘員に何やらせる気だ。」
胸倉掴むのに頸動脈締めるの止めろ石岡。
樋口さんに膝枕されて団扇で扇がれている…ああ、何という酷い落しっぷりだ…。
「だからと言って殺しかけるのは止めてくれ石岡、そして話は最後まで聞いてくれ。」
樋口さんから治癒魔法が伝わって来る、つまり一度首の骨が折れたって事だ、今暫くは首を動かしてはいけない。
「スマン本当にすまん。」
「判ればいい、それに意味も無く連れて行こうと言う訳じゃないんだ。恐らくだが西田さんはビーストテイマーの才能がある。」
まず第一に西田さんが鶏を洗うときに鶏共が整列して待っていること。
次に、産卵ケージに入る際にもちゃんと並んで待っていること。
獰猛な雄鶏でさえも黙って飯を待っている事を挙げる。
「あれってそういう習性じゃ無かったのか?。」
野生にそんなものあるかい…カルガモでさえ親子だぞ。
「みんな言うこと聞いてくれるいい子たちだよ、ねー。」
その雄鶏、俺のレッグガードに穴開けまくった魔物なんですよ西田さん。
鉄製の脛当てで、鉄板の厚さは五ミリの内張りはベア皮である。
「取り合えず連れて行ってみて損は無い、ガードは俺と樋口さんでやるから取り押さえるのは石岡な。」
「ダメで元々だがまぁ…そうやって整列されていると説得力があるな。」
撫でて貰う順番待ちで鶏の行列が出来ている。
「動くなぁ倉橋、まだ折れてるの固定出来てないよ。」
樋口さんを拝んでおく。
この膝枕は縦である、つまり折れた首の骨を真っ直ぐに固定していると言う事だ。
決してイチャラブな光景などではない。
「資材はちゃんと用意してあるし牛舎も堆肥置き場も町はずれのここなら文句は言われない。ただ、首の骨の折れた俺と治療してくれている樋口さんは建設作業に参加できない。自業自得だろうが宜しく頼む。」
こうして閉店後の彼等の生活は過ぎてゆく。牧歌的だが騒々しく。
「広いねー、大草原って感じがするよー。」
「百合ちゃん、ちょっと何が出るか解かんないんだから走ってホイホイ何処でもいくの止めてー。」
馬に手放しで跨り走り回る西田さんを追う樋口さん。
二人の戯れる姿を横目に双眼鏡で周囲を確認する男二人。
「やはり群れが暮らしてるな、若い雌牛、一頭単独でいるなんてことは…ねぇな。」
「牡とカップルで手に入れてもこの際問題ない。食肉として手に入れる気は更々ないんだ。牛丼を煮込む鍋を置くスペースも無いしな。」
「あるならやるつもりか?。」
「丼物でお世話にならなかった物など一つも無いぞ、感謝の気持ちで再現するなら〇牛だな。」
「〇屋じゃないのか?。」
「そっちはカレーだ。」
「カレー食いたいなぁ…。」
「スパイスが全然ねーんだよ、ウコンがねーのは致命的だ。」
双眼鏡を眺めながら会話は結局食べ物の事である。
樋口さんに抱っこされながら草原を行く。おお、牛さんと目が合った、恰好いいね、そしておっきい。
重量感のある突進が牡牛から繰り出される。馬と比べて小回りが効かないので樋口さんの余裕たっぷりな手綱捌きに牡牛はついて来れない。
馬の行き足を押さえて牡牛の前を踊る様に走る。お馬さん楽しそう。
「石岡、ブレイブソードマスターロックに変身だ。」
「お前か!ギルドに行ったらマスターに変な呼び名で呼ばれて何事かと!。」
「しかし、相変わらず馬に乗るのが上手いな樋口さん。」
「ん?相変わらず?。今日が乗馬初体験とか言ってなかったか?。」
なんだか妙だな、あれくらい乗れて当たり前と思うのはどうしてだろう。
「いや既視感がな、まぁいい、とっとと助けに行こう。」
牡牛と樋口さんの円舞曲を邪魔するのは本当に気が引けたのだが、この牡牛を怪我させずに取り押さえるのは俺達の役目だ。
ブレイブロックは鞘に納めたままの剣を肩に当てて牡牛の突進を真正面から受け止める。
これが出来るのは恐らくそんなに数いねぇぞ。ブレイブロックに補助魔法を掛け乍ら牡牛に能力低下魔法を立て続けに掛けていく。粘れブレイブロック、俺のデバフは世界一だ!根拠はねぇけどなっ。
人にして置くのは勿体ないブレイブロックと牛にしておくのは勿体ないグレイトフルバッファローの牡牛に寄る肉弾戦は他のグレイトフルバッファローの耳目を惹くくらいには見ごたえがあるのだろう。
力比べを邪魔するような無粋なグレイトフルバッファローは居ないらしい…いや生態としてはどうなんだろう固唾を飲んで見守る牛の群れと人の間に、牡同士のプライドを賭けた純然たる力比べがあった。
「行けー石岡君!。」
おおぅ、なんか力強くなったな、オーラとかそういうのが、あの牝牛が彼女かな、嘶き声を聞いた牡牛から猛々しい闘気が漲って来る、ヤバいこれは石岡ピンチか。
支援魔法を掛けようと身構えた俺の右手を樋口さんが押さえた。ああ、やっぱ手出し無用か。
「やったれブレイブロック!。」
こうなりゃ力の限り応援だ。グレイトフルバッファロー側もけたたましく応援を開始する。
超えたね、種族の壁を超えたね、今、俺達最高に一体化してるわ。
一歩も退けない力比べに牡の意地を賭けての激しい火花が散っている。
男石岡琢磨の膂力が剣を押し、牡グレイトフルバッファローの角が剣を受け止め押し返す。
その戦いは短かったのかも知れない、その戦いは長かったのかもしれない。
そして決着は唐突に訪れる。
力の均衡が男に傾き、牡牛は半歩後ろに下がる。
「勝者!ブレイブソードマスターロック!!!。」
こうして俺達は群れから一対の牛を引き連れて街に戻った。西田さんに従順なのは、まぁ予想通りだったがロックに一目置く二頭と共に。
誤字とか修正




