第六十五話 辛辣な立場表明
誰に憚る事も無く、仇を探し続けよう。そう決意を新たにしたタケル達は、西の国の攻略ないし継戦の意志を挫く手を打つよう命令を受けた。
季節も冬を間近に控えているので無理に進む事は無いとの仰せであった。
「タケルよ率直に聞いて良いか?、もしあの国を陥落せしめるとするならば今征くのはどうだ?尚早か?。」
「雪が降る前に城門をドラゴンスレイヤーで吹き飛ばして占拠しても西の中央都市からの援軍がやってくればあっという間に奪還されて御仕舞です。あの国はこちら側に長城はありますが、向こう側には防壁一つありませんし、不案内な地で我が軍が十全に戦えるとは思えません。そうなれば嫌がらせくらいしかやれることは、まぁ…ないでしょう。」
模範解答だ、僕で無くともそう答えるであろう。
「では夜にあの爆音と石で城壁を消し飛ばして無防備な平野にしてしまえるとは考えてはならんかな?。」
「住民丸ごと追い払って中央都市を避難民で飽和状態にしようという目論見ですか、面白いですね。これからの季節、野晒しで毛布だけ与えるなんて扱いでは凍死者だらけになりますから、なるほどいい手です。避難民を見殺しにして追い払うか全部殺して足手纏いを切り捨てる決断が出来る相手には無意味ですが。」
足手纏いを切り捨てるのはこのセカイで教わった合理的な手段だが嫌なものを見る反応があったのでその人物に噛みついてみようと思う。
「そこのお方、何やら言いたげですが私の話の何処に問題があるのかお聞きしたい。」
急にお鉢が回って来た事で若干心外そうな顔をしたが、年長者らしく居住まいを正し、若造を嗜めるように答えを語る。
「避難民を見殺しにして追い払うなど為政者にあるまじき事、ましてや足手纏い扱いで殺してしまうなど後の統治に支障をきたすであろう、余りそのような非道な事は発言する事も想定する事も控えて貰いたいものだ。」
「国王陛下の御裁可を基準に導き出した答えです、非を鳴らすならばそれなりのお覚悟を。」
日本ならば詰め腹を斬らせるつもりで押し返す。国王陛下のご判断を非道と言い切れる剛の者ならば試し甲斐もある。
「百人の同胞、掛け替えのない友を殺せと命じられて、貴方は勿論殺せますよね、その…名乗りもしない無礼なお方。」
礼を失していると言う負い目を一分でも感じて貰えるなら儲けもの程度の煽り言葉である。
「貴様に名乗る名など無い。愚か者めが。」
乗った。今、命がこのルーレットの上に乗った。
「では此方から名乗らせて頂こう、我が名はタケル・ミドウ、王命により百人余の同胞と友を足手纏いであるとして屍にした、この国の合理性の体現者だ、称号はドラゴンスレイヤー、王国騎士青盾章、赤杖章、爵位は騎士爵。足手纏いを皆殺しにした事が非道であると言うのならば、今から直ぐに王都にて国王陛下を非道者と糾弾して見せよ、それから後に話を聞いてやらなくもない、今のままでは相手を見て意見を替えるダブルスタンダードな日和見野郎であるからな。目を逸らすな!、逃げるな!僕は唯の若造だ!逃げたら二度と王国の地は踏めない事を腹に括って挑んで来い!。」
勿論、自分の命も迷わずテーブルの上に乗せる。今喪っても何一つ惜しくはない。全部虚構だこんなセカイ。
真っ青な顔をして息も辛そうだが流石古強者だな、国王陛下を非道者と謗るより僕に折れた方が死なずに済むがメンツは保てない。面目を保ちつつ無難な落としどころを模索しているのだろうがどうしよう。
「議論を深める為でなく野次を飛ばすだけなら死体運びでもしていた方が余程有意義でしょう、まして名も無き一兵卒に、ここは荷が勝ちすぎる。配下の者に案内させましょう、貴方には其処がお似合いだ。」
「わ、私は。」
「名乗るな、名乗れば今からでも王都にお連れする事になる王の前で王が非道であるか語り合わねばならなくなる。しかし、貴方はただ認めるだけでいいのです、王の決断と判断に間違いは無かったと、足手纏いや避難民も殺す事は非道ではなく、高度な政治的判断であると。」
目まぐるしく表情が変わり僕が示した着地点へと誘導される。もう一押しだ。
「改めて詫びさせて頂く、人間的心情を軍議で加味せよなどと可笑しな事を言われて面食らった事、それにより決闘を肚に決めて挑んだこと詫びさせて頂きたい。」
数歩は下がらせる事が出来れば後は詐欺と呼ばれても良し。
「ああ、国王陛下の御決定に間違いは無い。お主はその、若輩者であるがゆえに国王陛下の御裁可を参考に常に合理性を追及しておる故の想定であるというのだな、ならば儂が異を挟む筋では無かった、高度な政治的判断は、どうしても必要になる、そう言う事だな。」
混乱している中で若輩者と呼べる部分に傲慢さが見え隠れしているがそこを素直に頷いてやる。
しおらしさの一つでも無いと面子を保てないだろう。
「その通りです。国王陛下と同じ合理性で敵の判断を最低でも三つ読みます。恐らくは、その中でも尤も最悪な選択肢が選ばれます。」
誘導に誘導を乗せてみる、誰かも同じ発想に至るはずだが…全部が全部僕だけが演じる事になるとやりづらい所だが…。
「やはり難民が原因で暴動が起きるとお考えか?、ミドウ卿。」
「はい、暴動は起きます。ですがその前に、今出陣した彼等トレバシェット隊により引き起こされる疫病。その運び屋として難民は我々の走狗となって敵の王国内全域を逃げ惑う事になります。それにより疫病は人と人を介して蔓延し、敵王国内は混乱のるつぼと化します。治療法を早期に発見出来ないのは、ほぼ確実ですので、難民はその八つ当たりで全員殺されます。」
貴族との喧嘩で場を温めて投下する爆弾発言の効果は絶大であったが、実の所、剛の者であると期待して試した甲斐は無かった。王の前で王の非道を糾す位のハードな自殺くらいは見せて欲しかったのだが。
若輩者らしく疫病部隊の真相をご披露して今何が行われようとしているのかを正確に理解して人非人とどうか蔑んで頂きたい。
王の決断を参考にして立案した作戦。この前提をどの様に覆してくれるのかを僕は見たいのだから…。
会議は重苦しいながらも、僕にとってまるで実りも無く、青褪めた顔をした貴族と息を押し殺した武官が淡々と死体運びと進軍状況を報告する事務的なモノに落ち着いた。
そして貴族の部隊は死体運びの荷車隊として抜擢される。
「遠回しではあるが国王陛下を侮辱した罪の分は働いて返して置けば王都でも問題にはなるまい。」
これはイスレム将軍から僕への「このくらいで許してやれ。」と言う心優しい助け舟であり、血気盛んな僕への「あまり追い込んでやるな。」と言う釘刺しの様なものである。
「では、その護衛として僕も騎馬隊をお借りして同道致しましょう、喧嘩両成敗で遺恨なし。とは、ハン・シヴァ様のお言葉でもございますし。」
「宜しい、では此れにて軍議は閉会とする。」
立てた波風の分は暫く観察する材料に事欠かないだろう。忍び達はタケルが頷くのを見て静かに影に溶け込むように姿を消して行った。




