第六十三話 唯の八つ当たり
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!。」
「熱い熱い熱い熱い熱いっっっっっ!!!。」
そこかしこから聴こえる絶叫、俺の口からも熱いか叫ぶしか声が出ない。
敵は悠々と堀から仮設橋を砦内に引き込み熱さで踊り狂う俺達を指差して笑いながら門を閉じた。
気付いて隘路に引き返そうとした者達の足元は既に溶岩になっており、灼熱の雨から逃れようとする者達から押される圧力で次々と生きたまま溶岩に落ちて焼かれ死ぬ地獄絵図と化していた。
不意に四万将兵の足元に魔法陣が顕われる。
熱さと熱気と水蒸気に咽喉を焼かれた者達が魔法陣の外に逃れようとして見えない壁に身体を押され圧死する。
魔法陣は暴虐の雄叫びを上げてマナを吸い集め出し治癒師達の魔法を無効化しだす。
消す気だ、この魔法を使った奴は俺達を全員消す気だ。
「ふざけるな!お前にどんな権利がある!ヴオオオオオ!!。」
火傷でズル剥けの爛れた手で剣を握り障壁を全力で斬りつけ続ける。冷酷な貌をしたあの男に斬りつけるように俺は───、俺は───。
「このセカイの誰に僕の仲間達を殺す権利があったんだい?。」
不意に底冷えのする声が聴こえて、俺はそいつを視た。離れた場所であるのに鮮明に視えた。
「だから、これは唯の八つ当たりだよ。」
俺達は八つ当たりで跡形も無く消された。
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敵も味方も凍り付く、灼熱の戦争は終わった───。かと言えばそうではない、そう簡単に終わるなら世界中の国家は戦争で苦労なんてしない。
塞いだ隘路を敵は削り崩し、路を切り拓いてやってきたのだ。
砦の周辺を見渡し彼等は自身の仲間達が既に砦を陥落させて中に居るものと思ったらしかった。
斥候も伝令も何もかも帰って来ない。本国とも連絡は取れない。
逃げ帰ると言う選択肢も選べず彼等は全てを進軍に賭けて、ここまで来たのだ。
四万将兵が影も形も残さず消えるなど誰が想像しようか?、こんな局地戦に大魔石の投入など馬鹿しか考えない所業だ。だが、成果を出せば英雄だ。
寧ろ死肉を遺さなかったのはタケルなりの配慮であった。
そんな場所好き好んで見たくも無ければ歩きたくもないだろう。その程度の配慮ではあったが。
三つ折り式の城門がゆっくりと伸ばされ空掘りを貫くように橋が架かる。ノットとタケルが率いる騎兵隊が威風堂々と出陣する。
混乱したのは敵兵だ、無傷の敵が砦が出現した事実を理解出来ない、認識できない。
むしろ冷静だったのは雑兵で、指揮官は取り乱した。
事実を受け入れた兵士たちは果敢に応戦する。ノット隊に断たれた退路に殺到する。
もう一人の将は見たことも聞いた事も、手配書も賞金も明記されていないだがノットの首は一生遊べる金額だ、故に指揮官の指示なくとも彼等は退路と名誉を目掛けて突き進む。
「阿呆だねぇ、背を向けていい相手を間違えて生きていられるほど戦争は甘くないぜぇ。まぁ名誉な事だけどな。」
笑顔のまま敵兵の動きを眺めるノットにはタケル率いる一万騎がどの様に見えたのかは定かでは無い。
「円錐形で障壁を展開して突撃せよ、基本的には轢き殺せ、擦り抜けてきた敵だけを相手にせよ、じゃあ一番殺した奴には金貨五枚をポケットマネーから出そう、では突撃。」
酷い突撃命令であった。
現代の価値に換算して百五十万円を賭けた熾烈な突撃が開始された。
タケルとノットに甚振られ、逃げ場を喪った兵士たちは砦に取りすがる。見覚えのない新設された堀に落ちて登れぬものは射殺され、そうでなくとも射殺され、左右の山から石が降ってきて撃ち殺される。
電撃魔法で倒れて堀に落ち水を掛けられて心停止、凍死、ショック死。
砦に逃げる兵を追いもせず生暖かく見守る。
「で、ここまで全部予定通りか?。」
「大魔石は予定外。」
納得顔で笑うとノットは敵王城を指差す。
「アレは?。」
「陛下の下知が無いよノット。」
「行けば陥落せるだろ?。」
「国家間の外交がノットみたいに単純明快ならマケドニアの旗が翻るな。」
いや…翻させる事が出来たからこその王、なんだなアレは。タケルは騎兵を整列させながら敵後背へと指を差す。
「第二弾チキチキ突撃レース、勿論トップは金貨五枚、突撃~。」
酷い突撃命令が又も下った。
本当に誰にぶつけりゃ良いんだろうね、この憎悪。…そう思いながらメリッサにぶつけてみようかと考える。
(お辞め下さい、お嬢様が怯えて仕舞います。ところで物は相談なのですが、ここにある猛烈な怨念、頂いても宜しいでしょうか。)
「恩に着るなら食え。」
(では契約成立です。)
そんな幻聴を聞きながらタケルは手当たり次第に八つ当たりに励んだ。
貸し借りが発生すれば良いんだったよなメリッサそして真名を知られて無いと思い込んでる執事さん。
(御存じということは?もしや)
「召喚者は多分僕だよ、ザナドゥ。」
幻聴は何故か押し黙った。
「王国兵もアレを見た後では従わざるを得ないか。まるで手足の様に使いおる。」
「はっ、ダン・シヴァ殿の秘蔵っ子と噂されておりますがどうなのでしょうか。」
砦内部では既に噂に尾鰭が付いてダン・シヴァ殿の隠し子等と呼ばれていた。そうなると扱いも変わる為、砦防衛隊長としては、今よりは良い部屋を至急支度しなくてはならない立場である少なくとも個室を。
「奈辺の事情に付いては…儂も知らぬが、先日のタキトゥスとの戦で拾った子だそうな。」
著しい戦禍……ではなく戦果を挙げる青年が拾い物とは面妖なと思いつつも立場の差もあるので突っ込んでは聞きにくい。彼は此れでもよくやった方といえる。
見た目は若い青年だが、学んでいる軍略や教育の幅と深さが王立図書館の重鎮並みであるとイスレムは思う。
彼が四則計算を易々と使い熟し、高度な数学を用いて何やら設計図や地形図を描いているのも知っている。
年齢から考えてみても合致しない知識量であり学力なのだ。
振り返り見てそんな人間が居たであろうかとイスレムは思う。
「なんだぁ、こんなところに迷い込んできたのかぁ?坊主。」
懐かしい小父さんの声が聴こえる。異国のキナガシと言う服装を好んで纏っていた小父さんの事を。
字下げ忘れ…多いね




