第六十二話 アメアメフレフレ
構築された魔法陣は熱と水。かなり大規模の物が隘路を出た地下に埋められた大魔石を中心に励起してマナを暴力的に吸い上げて起動する。
七百人がかりでそんな単純な大魔法を周囲のマナの略全てを掻き集めて全開で維持と解放を繰り返す。
百度の熱湯の雨が敵兵を襲い、ノット率いる殿軍に追い縋る頃には火傷の重症患者の出来上がりであった。
重ねて言おう、真似しやすい魔法は禁忌であると。
そしてそんな魔法を使うからには生かして帰すなど以ての外であった。当然隘路の出口に仕込まれた大魔石は大爆発を起こし、熱魔法の作用と水魔法の混合で水素爆発と水蒸気爆発、そして周囲は溶岩のプールとなった。
有体に言えば退路無しである。
こちら側に入る事が出来なかった者達が目撃したものは大魔石の悪夢のような暴走爆発であり、こちら側に入ったものは食器洗浄機の中に迷い込んだ虫か何かであった。
「機密保持に全力を尽くせ。」
悪辣な魔法を放つ前に忍びに与えた命令はこの一言である。敵に遣られたら困る様な魔法は使うものでは無いなと繰り返し思う。後始末に掛かる手間が尋常ではないのだ。
周辺のマナ枯渇を引き起こすような大魔石の使用は通路を塞ぐだけならば勿論不要なアイテムだ。
治癒魔法などの回復魔法を封じる悪魔のような計算の元、使用が決定されたレアアイテムであった。
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敵の圧力…攻勢が漸く衰えた。荒れ狂う砂嵐か何かのように大人の頭大の石が目視不能な速度で毎晩飛来していた。悪夢が現実になった様な夜が、漸く静かになったのだ。
何かを強引に打ち破るような轟音が日没と共に鳴り響くこの前線で夜に眠れる者などいない。
衝撃波による天幕の倒壊…(人間ごと穴だらけにされる事もある)で、寒風吹きすさぶ凍えるようなこの季節に、野晒しでの生活を強要され続けた、我が軍の将兵は最早限界であった。
交代要員が何時まで経っても前線に来ない。一度でも町に帰ってしまえばこんな地獄に誰だって戻りたくはないのは解るがそれにしても来ないなら来ないで撤退命令が欲しいじゃないか。
斥候部隊だった友達も戻ってこない、それどころか誰一人として戻って来ない、潜伏していた偵察部隊所属の者達も一人残らず捕らえられたと聞く。
一番困惑したのは伝令も単騎の者は一人残らず殺されている事だ。後方と全く連絡が取れない。
百人程度の隊で伝令を出さない限り十人程度では斬殺されてしまうという。怯えながら連絡をしなくてはならないなら諦めて帰れば良いのではと王に言ってくれる有能な将軍が一人でも居てくれればと皆が口にする。
末期だな、そんな将軍様が居れば城門に架けられてしまうじゃないか。
意識が落ちて地面に寝ころび軽く鼾をかく、疲れているようだ、地響きまで聴こえるじゃないか…。
気付いて立ち上がる此れは地震ではなく。
「敵襲!敵襲!敵騎兵がく───────。」
胸元を抉られ息が出来ない。体の中で血が噴き出しで暴れまくる感覚だけが伝わって来る。
ああ、あれは敵将軍の一人、激笑のノット・ハウリオンじゃないか…。
視界が暗転した俺の記憶はそこで終末を迎えた。
燃えている、友の居た陣が燃えている。
雷と爆発と物凄く眩しい輝きと業火が見える。真昼のような明るさであちらからは此方が丸見えなのだろう。石の雨が狙いすました様に丘の影に隠れた此方の本陣に降り注いでいる、あれではベスタ将軍も生きてはいまい。
「撤収!撤収!敵の夜襲が来る前に撤収!。」
あまり良いとは言えない馬だが、絶叫して走る分にはこれで十分だ、痛いなぁ何処から矢が飛んで来るんだ、味方側から何故…。
力が入らなくなって落馬すると凄い勢いで味方の鎧を来た男が俺の頸を掻き切った。何故?。
あ、やっぱ駄馬だなアイツ、ご主人様を殺した奴乗せて走って行きやがった。
もういい───寝よう。
夜襲により三千人少々の被害が発生した事により攻勢に出る事が布告され急ぎ足で俺達は走る。
歩兵部隊約四万の大軍勢だ、今度こそ目障りなあの砦を陥落してカラコルムの奪還と行きたいところだ。
出陣前のメシが不味い。聞けばコック長のポールが爆裂する石の直撃で挽肉になったらしい。不味いメシが猶更不味くなる、今食ってるのミートボールだぞ、ヲィ。
昨夜の夜襲で敵騎兵も疲弊しているだろうし今が好機と見たのだろうが、そんないい加減な事で良いのだろうかと思う、まぁ、出陣理由なんて弟のベスタ将軍の仇討ちだろうけどよ。
敵との距離は相当に遠い。真夜中の真っ暗闇の中ブッ飛んで来る石のせいで敵近くに陣を張れねぇ事が原因だ。どんな魔法だありゃ、考えた奴は相当にイカレてるとしか思えねぇよ、ったく…。
マーティが泣いてら、あと二日で王都に戻れる予定だったのにな。
前衛の陣はもう無茶苦茶だった。これさぁ、三千人以上死んでるだろう…。
爆破飛散して焦げ臭い死体の残骸を踏み越えて二日目敵の待ち構える隘路の入口まで到達したところで俺達は気付く、石が飛んでこない。
上は好機と見てしまうよな、…出たわ突撃命令。仕方ねぇ、唯の兵卒に何ができるよ。
敵兵の障壁が全然破れない、魔法ってこんなに厄介だったか?少なくとも何度も殴れば、割れる程度の臆病者の盾だったはずなんだが…。
それでも押せば押すだけ敵は退く。俺の勘はずっと逃げろと叫んでるが、立場上無理だ。
敵に殆ど損耗がない。いや、途中から解ってたけれど障壁魔法の硬さが段違いだ、どんな教育受けたのか知らないが鉄の大楯でもあそこまで耐えられ無ぇよ。
隘路を抜けた瞬間敵騎馬隊の半数が既に砦に入り出しているのが見える。ヤバい、間違いなく引き込まれた臭い。
砦の両側から張り出した山になにかの木材が引き上げられているが脅威では無さそうだ、なら仕掛けは何処だよ…殿軍を務めている将は手配書通りの笑顔だ、あれか、あれが激笑のノットか?。
押して押して押しまくるも障壁が邪魔で全く相手の隊に混ざれない。乱戦と混戦に引き込んで策を潰すのが俺達雑兵の仕事だ、これは最初から想定して障壁での時間稼ぎを企図してないと絶対出来ない手だ。
チクショウ!嫌な予感しかしねぇ。
隘路を超えた四万将兵による塹壕の再確保と配置が着々と整っていく。正に準備万端と言う風情でパダルフィ将軍が似合わない白馬に跨って隘路を通過し、陣の中央まで早駆けで到達する。何時も思う先陣を切れと。
ポツリポツリと雨が降る。四万将兵の熱気に満ちた塹壕の園に。
障壁だけを残してノットが笑い去って行く。離れてもこの堅さかよっ!、ダメだ間違いなく罠だ。
──────そして灼熱の雨が降る。
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