第六十一話 一進一退
敵陣営が構築した土塁が吹き飛び、弾道が予測され、飛翔体の正体が露見する。
防御不能のそれは五つの土塁を貫通し将軍リザーナフの頭を消し飛ばした。従卒と護衛数人も辛うじて生きていたが全身の何処かが吹き飛び欠損したため戦線復帰は不能だと思われる。中には再起不能の者もいるだろう、だが運が悪かったなとしか言いようがない。
そしてその戦果をタケル側も知る由も無く、王国公式書類上での、撃墜八十七のうちの一でしかなかった。
敵にとっては盾にならないが味方にとっては盾になる、土塁を築きながら狭小地の陣取り合戦を制していく。
この道の安全を獲得すれば敵の城までの道が開けて補給線が安定する。そうすれば軍事拠点でも本陣でもなんでも張れる。
ノットとイスレムが交互に敵に突撃を仕掛け敵と味方の死体と血で舗装するかの如く命を浪費している。
なんとも愚かな戦い方に見えるであろうが、残念ながら道が狭くて余計な策謀を巡らせれば其れだけ後始末が大変になる危険度が高い。
以前タケルがやらかした隘路を崩して国道レベルの道幅に拡幅工事、なんてものをやらかせば数に劣る此方が揉み潰される。それにドラゴンスレイヤーの構造とメカニズムは単純なので模倣されやすい。
故に、打ち終わった後の丸太にしっかり痕跡が残るこの状況では残念ながら使用禁止である。
漬物石砲に至っては、難易度は高いが一人で構築できる代物なのでコッソリと深夜にブッ放すくらいが関の山である、これは敵に使われたらガード不能な撃ち合い必至の泥沼兵器なので、絶対バレて奪われて欲しくはない魔法である。近未来に起こりうる事態であっても避けられる限りは避けたいものである。
ただしタケルの知識に存在する鋼板を障壁魔法でイメージするならば防ぐことが出来るだろう。
一人だけ助かっても意味が無く、気付いた時にそれが頭を狙っていたら躱し様が無い。相手が使って来る事が判っていて初めてガードできる…かもしれない、そう言うモノなのだ。
尤も、漬物石砲を使用する意味は敵を殺傷する事より、どう身を守っても無駄である事実を知らしめる事…よりも、そのバカげた速度から繰り出される爆音で安眠妨害する事である。
そして、その夜、連日連夜続いた爆音は轟かず、敵兵の多くは余りの静けさに眠気を堪えきれずに眠ってしまった者が多かったと言う。
夜襲を受けて起きるまでの時間差で形勢が決まった事は敵指揮官の矜持を大きく傷付けた。
決して油断した訳ではない。緊張しきった心と体に静寂が寄り添っただけなのだ。
そして、騎兵が通り過ぎた場所に電撃と爆音が襲い掛かる。彼等は一月前に降り注いだ地獄の雨を思い出す、容赦無く命を奪う破滅の雨を。
「守れる陣地が無いと安心して使えない兵器で、陣を取られれば奪われる。なんてギャンブルだろうなこれは。」
「夜明け前までに引っ込めて状況次第で焼くしかありませんね、それよりも夜襲への協力ですよ、タケル殿。」
「そうだな、いっそ開き直って付与魔法をちょっと増やして索敵範囲を増やしてやるか。」
ただ光り続けるトーチのような明るい魔法であった。それは深夜の照明であり夜を照らす都市の街灯のような輝きである。
レーダー魔法で三次元的に敵の位置を把握して精確に敵陣に投下する。命を奪いつつテントや物資を焼き、明るいランプまで撒き散らす悪辣な投石機部隊が魔法伝令弾で交信しながら投擲方向を調整して夜襲を援ける。
砦周りは三重の堀が空掘りではあるが粗方の形で完成に近付いており、仕上げは登り難い角度に加工して水を流して鰐を飼うというものである。だが今は、時間的猶予は無く水路も掘れないので、空掘りで十分である。
完成の目途が立った今は城門前で三つ折りの橋の長さを決めて鎖と巻き上げ機構を鍛冶師が手作業で作っているところであった。
仮設橋で今は砦への往来を可能としているが片付けるには相応の時間が掛かる為、撤退戦が乱戦無いし混戦となったら幾らか雪崩れ込まれる覚悟で挑むか、味方を見捨てるかの判断を求められる。
「ここは内部に町も無いので、入れるだけ入れてしまって構わないでしょう。」
砦の防衛隊長は、もう後ろに敵が居ないので砦内部での包囲殲滅戦が可能であると見ていた。
この偶発的な戦闘で敵側の士気も相当低下しているのは確かであり、其れならば最悪のケースも想定して準備は怠らないようにしなくてはならない。砦の門内部に緩い上り坂を作り、その坂の左右に高い壁を作り、もう一枚門を設える。
改築工事費だけでも、もう一戦可能な金額に到達したが致し方が無い。戦闘を今のまま決定打無く継続していればまたぞろ砦まで肉迫されるのは火を見るより明らかであった。
タケルが深夜の珍走団のように夜から朝にかけての九時間をたっぷり爆音で安眠妨害して稼ぎ出した安全マージンも遠く離れた場所でキッチリ眠った兵が攻めてくる形に変更されれば正直一気呵成に隘路での戦いに逆戻りしたのちに押されて砦前の戦いまで後退させられることは必至であった。
「蛮族との約定があっても無くても成し遂げるつもりだったのでしょうな、事実成し遂げられそうではあった、壁まで登り切り、あと一歩と言うところまで彼等は手を掛けたのですし。」
「確かにな、それでその掛けた手を振り払った御仁は今何処にいるのだろうな。」
「砦の左右の山で何やら妙な事をしておりますが邪魔は致しませんよ彼は好き勝手遣らせるのが一番成果が上がると両将軍のお墨付きですし。」
「ふむ…王国からの援軍の第二陣もこの寒さでは遅着も止むを得ぬ、では、防備を固める工事の完成を急ぐ事をより推し進めるものとして徐々に撤兵する事としよう。」
こうして方針は決まったのであるが、投石機を全速力で撤退させ山の上までバラして引き上げる作業中に砦前の塹壕跡だらけの荒れ地まで敵兵に雪崩れ込まれてしまう。
騎兵隊撤退時に結構な犠牲を払い乍ら砦への撤収を開始。殿軍をノットが務めイスレム隊の収容が整然と行われる。ここまでは全て予定通りであった。
「我ながら本当に悪辣だなと思わなくは無いのだが…。」
タケルと七百人の魔法騎士による大魔法の行使が行われた。




