第六十話 常に倍を維持される
歩兵として砦の防衛戦力として長く務めている兵士たちと、リムラト・ハン、タケル両名が敵歩兵と熾烈な陣取り合戦を続けている頃、コンラッドは慌ててタケル隊を率い、イノは五百の騎兵を遊撃隊から分離して敵後背を扼す。
退路を断たれた所にリムラト・ハン四百騎の騎兵が側面から敵歩兵隊へと突撃を開始。タケル率いる守備隊の歩兵が武器を交換する機会を得る。
「リムラト・ハン様、そこで暇そうにしているご自身の愛馬をそろそろ戦場へ連れて行ってやらねば拗ねてしまいますぞ。」
リムラト・ハンはぐるりと首を巡らせ愛馬を視界に捉える。
「応、そうだなタケル殿の言葉に甘えるとしよう。グジャラトに命じ此方に集合するように伝えよ、ジュル、槍だ支度せよ。」
近侍の二人に指示を出しながら、身体は戦士の動きを止める事は無い。
手近な敵兵を数人撫で斬りにして恐怖で間を取り、続けざまに二人切って落とす。呼吸を合わせて敵に柔らかかき氷を浴びせ掛けて行き足を遮断する。背中を見せずに後退するリムラト・ハンの動きに合わせて柔らかかき氷をお見舞いし、深入りした敵兵に高圧電流を流す。
抜けるような電撃の爆音と共に敵兵はバタバタと、そのまま勢いで前進しながら絶命する。
流れに任せて追随してきた敵兵も行き成り目の前に転がって出来た障害物に躓きもんどりうって転倒し水を被る。そこに立て続けに電撃が炸裂し感電した兵士は絶命、水をあまり被っていなかった兵士は半分ロースト状態の生焼けでのた打ち回る。
「素直に死ねぬ運の悪さが悪いのか、あるいは運の良さが悪いのか。」
愛馬に跨ったリムラト・ハンは感電死に失敗した敵兵の呻き声の大合唱を耳にしてそう一人ごちる。
槍に電撃を纏わせて突いて見ると刺さった敵兵が在らぬ動きをして中々に面白い。成る程、人間とは電撃を受けると妙な挙動をするのだなと観察する。
カエルの死体に電極を刺す実験で理解する、"筋肉は電気刺激で動いている"と言うアレだ。
「何もないところから水や氷を産み出せるのはタケル殿が実践しておるからわかるのだが。」
普通に槍を揮っても強いリムラト・ハンに馬の機動力と圧力が加わり敵歩兵は半包囲だけで手一杯の様子である、だが何人かの敵兵が槍を構えてリムラト・ハンに投擲し出す。
だがタケルが地面に両手を突き電流を走らせると投擲された槍は行き成り失速し地面に吸い寄せられるように突き刺さる。
今度のコレは理解出来ない、理解できないが。
「助かったぞタケル殿、そろそろ迎えが来る。また聞きたいことが増えたが、又の機会に頼むぞ。」
「御武運を、あと最前線に来る際は、手勢を必ず引き連れてお越しください。」
そう一礼し振り向きざまに敵兵の頸を斬り飛ばす。ここは前線血と泥濘のサロン。
あまり高等国民には、そぐわない趣の泥水カフェではあるが、果たして、持て成しはアレで良かったのだろうかと、自問自答するタケルであった。
砦に到着した王国からの援軍総数二万五千が砦より出でて前面に構築された塹壕に配置されて半日後、漸く八氏族連合騎馬隊とタケル隊は休憩と言う名の真面な睡眠に在り付けた格好である。イスレムとノットを出迎え状況報告と引継ぎを済ませた後兵士たちと飯を食って補給物資のワインを頂くと即刻、雑魚寝で二夜を明かした。
疲労の極致で全く記憶はないがトイレには起きていたようだった、漏らしていたらと思うと妙に落ち着かない。疲れた時の酒は控える事にしようと心に誓うタケルなのであった。
イスレムとノットが率いる王国軍は、敵兵が昼間であるのに精彩を欠く理由を知らない。
音速を漬物石が越える際に発生するソニックブームの爆音で毎晩眠れず、朝から昼に掛けて眠る不規則な生活を強いられていたからである。
一方毎日規則正しい生活を送りながら行軍してきた王国軍は朝から普通に元気一杯であった。
よって、眠る暇を与えて貰えない、輜重隊が精確に狙われ過ぎて補給が滞っているため食事量が全体的に減っている敵兵と、士気に於いてその差は歴然となっていた。
特に朝から戦闘続きで寝ていない状態で、元気な兵二万五千を相手取るのは、連日五千程度の兵士を相手し続けた敵側に取ってどれ程の負担となるか、想像は難しくもあり容易でもある。夏休みの宿題を提出した登校日に追加で宿題を渡される追い打ちと、納期に何とか間に合いそうと言う安堵のタイミングでクライアントから仕様変更を申し渡される負担と大体合致するだろう。
そして、ここまでは、全てタケルが整えたお膳立てである。
この戦況で未だ現状二倍の兵力差である。
五千対六万で拮抗させられるこの狭小な地形が無ければ、正直なところ援軍は間に合わなかったのである。だが、間に合った以上、敵が敷いたこの盤面をタケルが仕掛けた悪辣な仕込みを生かして確実に引っ繰り返さなくてはならない。
イスレムとノットに取っては遣って見せねば武人としての矜持が問われる状況とお膳立てであり、予定より待たされたタケルからの「勿論出来ますよね?先輩♪。という下剋上気味の挑戦状でもあった。
「勿論、やれるさぁ造作もねぇ。」
ノット率いる騎兵一万の突撃は…。
「老いたりと云えど、まだまだひよっこには負けぬ。」
イスレム率いる騎兵一万の突撃とで挟み撃ちとなった。
上空から見下ろせば敵兵は8の字に編まれるように突撃を繰り返され、砦側に活路を見出したものは歩兵五千に危なげ無く殲滅された。
浮足立った敵兵に歩兵側から矢が降り注ぎ、退いた所に騎兵が殺到して蹂躙してゆく。
だが敵は兵数にして倍、現戦場においても二万対四万で倍、すなわち敵には二万の余裕が残されている。
夜になるまで只管戦っても決定的な敗走は互いになく、タケルの鼻を明かせなかったがタケルはワインで深い眠りに落ちて居た為、翌朝の二人に配下はこう報告したとされる。「タケル殿依然安眠中、我々には延長戦が、用意されております。」と、イスレムとノットは槍を高らかに打ち合わせて敵陣に突撃し今も仲良く槍働きを楽しんでいるという。
「はは、お元気そうで何よりです。」
寝起きのお茶と共に忍びから報告を受けながら一つ溜息を吐くタケルであった。