第六話 四肢切断と心的外傷と
句読点、ルビ、改行。再読の必要なし 2018.6.16
華々しく圧倒的であった戦象部隊が主戦場から潰走した。
ならば戦況がトリエール王国軍に有利な状況になったのか?と言うと、残念な事にそんな甘い展開に易々とは切り替わる事は無かった。
歩兵も騎兵も槍兵も弓箭兵も魔法兵も工兵も一致団結、奮闘し敢闘していたが、戦力は拮抗しており押し返すにはもう一手欲しいところである。
余計なウナギとの戦いが無ければ戦象部隊だけでなく周囲に展開していた歩兵を軸とした敵兵に壊滅的打撃を与えられた筈の布陣であった。
計画に変更が加えられた理由など今更な話である。
素材として戦場から解体されて運び出されるウナギの姿を見るまでも無い話だ。
弓箭兵の一斉射撃が空を蔽い、死を纏った矢が魔法の力を帯びて軽い追尾能力を発揮する。
「痛ぅぅ。」
治癒魔法を掛け続けながら矢を抜き傷口を塞ぐ、そういった器用さがなくては歩兵は勤まらない。
ある種の不死性を持って炎に焼かれ、氷で貫かれ、槍に刺されても前進を続ける。
槍兵もそうした器用さをを兼ね備えた上で騎兵を防ぎ迎え撃つ兵科だ。
騎兵と弓兵は常時重ね掛けする魔法行使を、得意とするものが少ない者達が多い……とは言え魔法が全く使えない事は無い、使えない者は既に死体になっているか市民か農夫だ、そもそも徴兵されない。
足手纏いだからだ。
この世界で魔法が使えない者はそうそう居ないとはノットの言だ。
故に、小突かれながら必要な魔法を幾つか教わる形になったのだが、基本的にはイメージを形にする力なので発動は容易であった。
維持と具現化の難易度が高く、マナの貯蔵容積は生まれつきが大事で鍛錬で伸びる量は才能のあるものでも略一定だと云う哀しい結論さえなければ、僕ならずとも魔力が尽きるまで鍛錬に勤しんだ事だろう、その一点は非常につまらない話だ。
盥の中の水を右回転、左回転と撹拌させながら服と下着を洗う。
火魔法と水魔法を組み合わせて鎧の隙間に流れ込んで染み付いた返り血や自身の血をスチームで溶かして落としながら同僚たちと雑談する。
若手が真っ先に習得しなければならない生活魔法を教わりアレンジしたものだ。
先輩兵士からはお返しとばかりに板金のコツを教わり、鎧のヘコみを直す事に没頭する。
新入りは何処でも忙しいものだ。
広域破壊魔法が味方右翼部隊を直撃したと聞き上官達が走り回っている。
狼狽えるのも訳があった、タキトゥス公国は奴隷兵が非常に多く総兵力の半数以上にも及ぶ。
傭兵同然の魔法師による裏切りを恐れて魔法部隊は然程強化されてはいなかった筈なのである。
そもそも戦闘で使えるレベルの魔法師は雇うのも育てるのも、ましてや軍隊で戦力として維持しようなどと考えれば莫大な資金が掛かる。
一年そこそこで整えられる兵科では無いのだ。
既存の魔法使いを大量に雇い、且つ其れを維持できるだけの資金源が無ければ実現する事など不可能だ……そして咄嗟に其処に思い当たる。
「女子達が売られて、金になり……魔法師部隊になったのか。」
手元のジャガイモの皮を剥く手が止まり自然と目の前が濁る。
余りにも無力。
誰も救えない、自分だけで手一杯だ。
生意気な態度でタキトゥス人に接した玉衣さんは曲刀で少しづつ弄ぶ様に薄皮を斬られ続けて斬殺された…。
毅然とした態度で立ち向かった委員長の白田さんは全裸に剥かれた後、両手足を切り落とされた。失血死を防ぐためだろうか傷口を魔法で塞がれていた。程なくして担いで運ばれて行ったがその後の行先は知らない……。
ただ、無残に残された手足が喩え様も無く怖かった事だけは鮮明に思い出せた。
僕らの中で中心的人物だった井上君は、何事か口答えした瞬間に見せしめのように首だけにされていた。
人は首だけになっても暫く生きている事を知った─────。
「そうだよ、なんで忘れてたんだよ……。」
記憶が曖昧だ、腰巻以外の着衣は無く、糞尿垂れ流しの暗い監獄でゴミの混ざった吐瀉物さながらの、味の無いスープを啜っている間に何もかも失ってしまうものだった。
声を出せば針の付いた棒で刺され、打ち据えられ、何度も何度も罵倒されて鬱憤の捌け口にされる。
偶に外に出れば町の溝の糞掃除を素手でやらされる。
向井も死んだ、香取も死んだ、谷河内も!、小笠も!………イケメンだった緒方なんてケツを犯されたあと殺された。
「死んで堪るか…生きてやる…絶対生きてやる。」
何時しか握りしめていたジャガイモは砕けていた。
背負った心的外傷は恐らく重い。
「でもさ…名前も知らない同学年の奴らも、沢山奴らに殺されたんだ。」
空を見上げながら零れる涙に嫌気がさす。
「それでも今の僕には、何にもできない。」
殺された仲間たちの顔や情景がフラッシュバックする。
何度も、何度も、声を押し殺さずに泣く。
誰一人友が傍にはいない、そして、恐らくここからは還れない。
関係や繋がりが完全に遮断されている事だけが何故かわかるからだ。
────ここで生きろと。
「敵…殺さなきゃ。」
明確な殺意を持って立ち上がる、ぶちまけさせられた幸せの残滓に手を伸ばすように。
ふと周囲を見渡せば隊長格の兵士が集合を呼び掛けていた。
丁度いい、鎧の金具を止めながら僕は与えられた黒馬へと歩く。
─────僕に足りない力を補ってくれる駿馬の下へ。
援軍として先行し、駆け付けた先は敵側面であった。
歩兵を待ち、陣を整え馬を小休止させる。
地形が奇襲には不向きであったことが幸いしたとでもいうのだろうか。
沼地を疾走できる馬があるのならお目に掛かりたい……何か引っ掛かるが気のせいだろうか?。
「素直に援軍へ向かうか犠牲覚悟で敵の後背を直撃するかだが。」
隊長格が今後の方針を検討しているようだった。
委員長が残していった四肢を思い出す……切り口が凍っていて血も流れていなかった……。
何故こんな事を鮮やかに思い出すのだろう……。
「沼地を迂回した先に罠が無いとも限りません、ここはやはり予定通り合流すべきかと。」
そりゃあ敵も馬鹿じゃない、予測できるならそこに罠や伏兵を仕込むだろう。
『御堂君!起きなさい!。』
ガツンと後頭部を教科書で叩かれた幻視がある。
起きろって?。起きてるさ何か忘れてる事でもあるのか委員長。
沼地と切り口…何か共通点でもあるのかよ。
隊長格の兵士立が集う幕舎に僕は勢い良く突入する。
「奴らの罠を突破する方法が一つだけあります!。」
一つ仇が討てそうな手段を強引に提案する事を僕は選んだ。