第五十九話 太陽の剣
ほぼ焼け石に水とも言える戦いであったが、輜重隊が糧秣と共に焼かれるのは手痛いものである。
敵陣営からみれば補給は容易い状況ではあるが、数時間でも空腹の時間が続くと士気は揺らぐ。
夜に警戒していても音速の壁を突き破る轟音と漬物石による遠距離夜襲に、輜重隊狙いの正確な襲撃が毎晩繰り返されれば流石の大兵力も幾ばくかの知恵を巡らせてくる。
四方を敵に囲まれ包囲殲滅の憂き目に会いかけたのも一度や二度ではない。それを乗り越えたのはタケル等では無く、歴戦の古強者たる八氏族の勇士達である。
夜は轟音轟く喧しい戦場となるが、赤々と照らされた砦では昼夜逆転した兵士たちによる堀の造成が行われていた。
城壁に門扉が付いただけの砦では最早敵に抗しえないと判断したゲムルア老の提案と縄張りによる突貫工事が始まったのである。
昼間は互いに寝不足で対峙する事になるが、砦に近づけば敵に構造を見られない角度から投石機による攻撃を受ける。投石機は爆破魔法を使わず、電撃と水魔法付与の心臓停止仕様の静かな攻撃であった。
実は砦の人員の殆どは昼間の間、堂々と寝ているのであった。
当然敵も斥候無いし間者を放つ。それは正しくもあり空しくもあり成果の出ない空振り作業でしかない。
人間レーダーであるタケルの警戒網を擦り抜けられる間者は残念ながら存在しない。タケルがカバー仕切れない部分には獣人達が配置されており、間者は発見後速やかに処分された、され続けた。
そう言った情報戦の部分は、秘匿魔法が多すぎて彼等忍びの者以外使えはしないものばかりである。
自身の命に危機が及ぶ魔法を彼等に伝授した理由は簡単なものであった。それで死ぬならそこまでと言う開き直りである。
教えられた側は、と言えば、その重要性と恐ろしさに、重苦しい使命感と、それと同時に信頼されたと云う確かな手応えを感じたようだ。そして、この魔法は子に伝えるなら一子相伝と定められた事…この言いし得ないプレミア感が彼等を盛り上げた…のかもしれない。
国への忠誠よりタケルへの忠誠が異常に高い集団が、別名”忍び”と呼ばれるタケルの懐刀達であった。
タケル達が前線に馬防柵を置き、それを盾に塹壕を掘っている。
近寄る敵兵に冷気魔法と水魔法をミックスした柔らかかき氷を間断なく吹き付けて退ける。
寒風が吹く今の季節に、良く冷えた水や氷の精を呼びつけるなど造作もない。ただ、タケルの魔法は悪質極まりないモノが多い。最初はクラッシュ氷と水の魔法だったが、今では微細氷に水という鎧の隙間も通れる悪魔の氷水である。心胆寒からしめるえげつない魔法の一つだ。当然ズブ濡れの彼等には雷撃魔法が物凄く行き渡りやすくなると言う、破滅的なお土産付きだ。後は帰り道に感電によるショック死が彼等を待つのである。
戦況は膠着状態を迎えながら互いが防衛陣を構築し、力押しを試み、打開したものの維持は叶わず渋々引き揚げ、引いたところにまた陣が築かれる。いい感じの時間稼ぎが達成されようとしていた。
塹壕掘りの最前線に滑り込む様にこんなところに来てはならない人物がやって来た。
「ここか、タケル殿の戦場は。」
八氏族の中で最も若い長、リムラト・ハンであった。
「ここは泥まみれで戦う低等級国民が集うサロンです、軽々に馬を降りた挙句泥に塗れると、近侍と長老から絞られますよ。」
「話、と言うより相談があってな、そこでお主の行方を尋ねたら最前線で穴掘りをしている等と言うではないか。」
「呼んで頂ければ後で出向きましたものを、待てずにここまでいらっしゃった訳ですか。」
「そう言う事だ、戦場は幼き頃より我らが庭、喩え此処で死んでも歴史には馬鹿が死んだと記されるか数字として運良く残るか、なぁにそれだけの事よ。」
縁側で語るようなさわやかさで突き込まれる槍を捌いて答える。まぁ流石にこの人をこんな処で死なせてしまっては寝覚めが悪い。
「流石にのんびりと話すには些か敵兵が多いので出来る限り減らしてから語りましょう。」
腰に佩いた剣を抜いて魔法付与を行う。今日も特殊効果をメガ盛りで伝説の勇者ごっこに興ずると致しますか。
「そうそう、それだ、その魔法武器とは、一体どうやって発現するものなのだ。」
発言の内に二人の頭蓋の中身が露出する。リムラト・ハンの剣は業物過ぎる、頭を兜ごとチーズでも切るように斜めにスライスしないで頂きたい。
「まず偏に己の理想の姿をイメージする事です。魔法武器はその理想の先にあり、夢をかなえる力の顕現です。」
取り合えず三人、風の剣でズタズタに引き裂かれている。
「理想か、理想なぁ…。」
「少年の頃に見た夢に理想像はありませんか?。」
敵兵に頭から激突し掬い上げるように両腕を絡め取って両断し、踏み込んで胴を薙ぎ、回し蹴りで胸板を蹴り、その反動を使って距離を取り、深く構え、突き出される槍の腹を切り落とし、膂力で跳ね上げ、その切っ先で兵士の顔面を、逆袈裟で斬り上げる。血糊を剣を一つ振って飛ばし、肩の高さで構えて敵と向かい合う。
「ああ、確かにあの日見た夕暮れは、この様な紅き色であったわ。」
「後は其れを叶えたい思いを込めて振れば良いのです、心の赴くままに。」
光り輝く戦隊ヒーローの剣とか、僕たちは凄くイメージしやすいんだけどね。
「蒼き狼の牙は太陽の光を映す、とでも名付けますか。」
厨二全開の武器銘である。塹壕の裏で敵兵と斬り合いながら阿呆な事を語り合う。非日常の中で、日常を共に過ごす、そんな一幕。
「ならばこれは太陽の剣、恥ずかしい真似は出来んな。」
「恥ずかしいものを斬って捨てるに相応しい。」
「それはその通りだな。」
魔法剣習得祝いに草臥れるまで斬って捨てるかと魔力を乗せて斬り結ぶ。そのうち敵は気付く、魔法剣は刃こぼれしない上に耐久が高く魔法剣相手以外では易々と折れたりはしない。
剣本体が正に添えるだけの存在になっている。ぶっちゃけると木刀でも行けるだろう。
眼鏡修理。




