第五十八話 漬物石に花束を
筏だったものが立ち上がり、砦の向こうへと石が降り注ぐ。
以前よりも高性能に進化を遂げた投石器は試験運用をぶっつけ本番で行う無茶振りをどうにか成し遂げたようだった。
ここはリーサンパより西にある砦だが砦の傍に滝があり、左右に山がある渓谷中央に位置する要害の地という非常に守るに有利な地である。ただ東、砦の裏手に蛮族が好き勝手暴れ、時に西の国と息を合わせて攻めてくる立地条件から鑑みて、守る事しか出来ない地。であったとも言える。
蛮族を長きに渡り支援し続けてきた黒幕は誰か?と皆に問えば、今そこに押し寄せる彼等を指差すであろう。
恐らくではあるが、この大軍と呼応して本来はリーサンパで大蜂起が行われる予定であったとすれば、この無闇やたらと兵を繰り出して陥落としに掛かる姿も、今よりは絶望的な眼差しで見ることになったであろう事は疑いない。
イスレム領主代行とノット軍務代行の二人が揃って王都に呼び出され、タケルが兵権を預けられてここに出陣出来たのは偏に王都からの援軍の指揮官が払底している点にある。
先程王都からリーサンパの統治を盤石とするために王直属の代官が派遣されており、それに何人かの指揮官をつけて仕舞ったため、空隙が生じてしまったのだ。
リーサンパより呼び戻すよりも時間的に、ダン・シヴァの麾下の二人を召喚した方が早いと言う事で、王都より召喚状が届き、二人は急ぎ国許より召されていったわけだ。
ノット軍務代行としてはタケルを遊ばせておくより最小限の防衛を残して騎馬隊を率いさせた方が良いだろうと言う、俺が働いてる間遊ぶとか許さねぇぞ、な考え方が良く出ている判断と言える。
武人にとって政務とは遊んでいる事、等と見做されているのは、誠に由々しき問題ではあるのだが。
「早く来ないと置いて行きますよ。」
そう笑顔で二人を見送るタケルに、悪魔か何かを見た気がした二人ではあるが、それは略大当たりと言えた。
腰を据えて大恩ある御館様の為に粛々と内政に情熱を傾けようとした、その出足を挫かれたのである。
西の国だかなんだか知らないが良い度胸してるじゃないか。と冷めた笑顔を見せるタケルにイノは渾身の紅茶を淹れて応え。コンラッドは旅程と資材と現地調達の部品の在処を纏め上げて斥候を飛ばす。
良い意味でも悪い意味でもタケルの腹心であった。
「では雷撃開始。」
投石器から雷魔法を付与された石礫が広範囲にバラ撒かれ、周囲の敵兵が感電して無力化する。
「動けぬ的に石を呉れてやれ、爆撃開始。」
次弾は爆撃魔法付与の投石だ、意識はあるが動けない、そういう人間へのトラウマを与える地獄の戦法である。生き延びても夢に見るくらいは撃ち込めと命じられているので、そうそうこの爆雷の雨は降り止まない。
雷魔法を仕込んだ石の電撃で痺れて身動きが取れない上に爆発魔法で色々と身体のパーツが吹っ飛んだ死体が、トラウマを抱けるかは別問題だがその無残さは敵味方の心に長く残る事だろう。
二基の投石機が投げ込むものを無くし、タケルたちは速やかに騎馬隊として砦の内部を横断し、敵側の門内へと姿を現した。
そこにあったものは畏怖であっただろうか。
「さて、防衛指揮官殿、門前に敵兵はありますか?。」
「無い、あの兵器の威力故であろう。」
「良し、では開門を望みます。八氏族連合騎乗し備え給え。」
ここから先は博打も博打だが勝算はある。
何しろここから先は下り坂、我々を止められる兵科は彼等にはない。
集合を終え門前の門扉を支える荷物達が除けられ、整列した騎馬隊が今か今かと待ち構える。
「これより門前の支配権を回復する!!。我が隊のみ表の弾を活用せよ、残りは敵輜重隊を焼く!!!。」
ギリギリと門が開いていく、暗闇から矢が射込まれるが障壁魔法を突き破れるほどの威力は無い。
「推形防御障壁展開、奴らの糧食を悉く灰にせよ!!突撃!!!。」
八氏族連合騎馬隊は万に満た無い騎兵隊である。
その総数は唯の四千騎である。
その強さはまだ王国より外には伝わっておらず、黄色い旗の元に七枚の旗が続く非正規の混成騎馬隊であった。
柴半次郎と言う男が、乱れ、破れ、滅びに瀕していた七つの氏族を纏め上げ、一つの家族を作り上げた。
そして今、御堂尊と言う男がそれを率いて世界に名乗る。
「八氏族連合、推して参る。」
坂の下まで押されて退いた敵軍は未だ意気軒高という風情であった。
タケル隊が構築している術式は一人で構築できる簡易なものであるが威力は折り紙付きの術式だ。
タケルが率いる騎馬隊の突撃方向とは真逆にコンラッドが指揮棒を振る。
「撃てぇ!。」
投石機で散々周囲にばら撒かれた石を手に持ち二枚の障壁で挟んで包み高圧電流を流し石を亜音速で射出する。
中世レベルの甲冑など紙以下なので当たれば被害甚大である。
高度な科学ではあるが幾つか現物を作り原理を教育し、理解させているので頭の柔らかい者達だけこの術式が使える。コイルに電流が走り磁力を得ると言う基礎知識が頭に入るかどうかの分岐点と言えるだろう。そこからS極とN極の反発を理解し想像し物が浮き、別の極が別の極を引く力で前進し加速すると言う科学を理解するまでがこのレールガンをイメージする基礎となる。
あとはなんでも発射出来るというファンタジーを思い描けば漬物石も敵を貫くのである。
騎兵が敵陣内を縦横無尽に駆け、荷駄を発見次第焼いていく。ポツリポツリと灯が戦場に灯り夜闇を彩る。
騎兵の向かわぬ側には、死を纏った漬物石が亜音速で飛来し、当たって仕舞う不運に見舞われた者達が当たったその場所を喪う奇妙奇天烈な現象に見舞われる。
真っ暗闇を燐光を曳いた何かが通り過ぎるとその部分がざっくりと無くなるのである。
現代日本などと比べるまでも無く、街灯など無い場所の夜は朝が来るまでなにも見えない暗闇である。
田舎住まいであれば辛うじて分かる暗さの中を漬物石が何十個と亜音速でブッ飛んでいく。
これはそういう砲撃であった。そしてタケルはこの魔法の使用を夜以外禁じている。
自分たちがやられたら対応策は無いからだ。