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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第五十六話 既視感

 さっきも同じことをやったような…そう思う事は無いだろうか。


 以前もこの景色を見たような…あの人と話をしたような…、良く言う既視感(デジャビュ)と言う奴である。


 倉橋達也と言う男は、過去何度も何度も既視感のお世話になった、いや見舞われ続ける人生を送っていた。


 間違った事をしでかしそうになると度々その既視感が救ってくれるのだ。



 叔父の家に入り浸りになったのだって、この既視感のお陰だ、母の浮気のその現場に君は居合わせたいかい?。知りたくも見たくも無いだろう?。

 居合わせてしまった結果、父が母を殺すような結末なんて望みはしないだろう。叔父の家でその日は狩猟をしていれば出会わずに済む。発端がそもそも露呈しなければ母は夜逃げを完遂して、父は人殺しにならずに済む。


 そう言った最悪を未然に知らせてくれる、この既視感を、俺は信じざるを得ない人生を送っている。


 碌でもない人生だったとお嘆きの父上に、この生々しい既視感の説明をしてはいけない、即刻病院に連れて行かれて外に出られなくなる。父は精神科の医師なのだ、超常能力のようなものを全否定する科学の申し子だ。


 何度押しても引いても壊れないんだよあの鉄格子。既視感が教えてくれる。病棟から逃げ出す事も不可能だ。


 さて、話が逸れたな、この世界に飛ばされてからこの既視感は鮮明にはなったが頻度は減った。

 感覚としては未知が増えたと言う事なのだろうか?。それはいい、割と多層に見えてしまう世界は酔うから慣れたとは言え、辛いものは辛い。



 樋口鞆絵にも言われたが他人を見捨てると言う段になって、捨て駒でも捨てるように扱うのは、この既視感のせいだ、見捨てなければどんな顛末になるのか見える。それが自分の死だと判ってて選ぶのは、狂気の沙汰だ、必ず死ぬ予感がするなら、それはギャンブルにすらならない。見返りがゼロなら張っても仕方が無い。



 既視感が視えるなら失敗も成功も見えるのか?と、問われると、実際は失敗の方が良く見える。

 命を落とすような失敗まで直結してる事ならフローチャートのように見える時もある。勿論丁寧に避ける。死にたいと思うやつならそのまま選択肢を選んで死ぬと良い、止めやしないから。



 多くの後悔と苦しみの果てに、血と涙と挫折の果てに彼女をゴールまで送り届けろと言う声がする。

 さて、誰の言葉だったか…。味噌にカビが生えて失敗する原因が視えた。この豆は捨てよう中に虫が居て腐ってる。


「見た目は何とも無いぞ倉橋。」


「割ってみろ。」


 虫が入っている豆の中を見て石岡が溜息を吐く。職人芸が何かだと思われている様だが違う。既視感のお陰だ。

 空気が入らないように味噌の元を樽に叩きつける。進捗は上々だ、既視感があっても怖いものは怖い。だから手を抜いてはいけない。



 新しく借りたのは倉庫であり、店長が土地の所有者に掛け合って作った”ラボ”だ。


「サティアンとか名付けそうで先回りしておいた。」


 既視感が名付けた事があったと言っている。そして倉庫は火事に見舞われている。グッドジョブだ石岡、店長はやはり頼りになる。



 倉庫の中には醤油樽が三、味噌樽が十、三年味噌樽が十(予定)品種改良米、備蓄の穀物、水車小屋の資材(予定)そして味醂樽だ。

 休日を全て費やした餅米捜索が実を結んだからこそ味醂がここにあるのだ…まだ完成してないけどね。

 味醂は未経験ゾーンで既視感は全然無い。だからこそトキメク、熱い思いが俺を呼んでいる、未知って素晴らしい物なんだよ、全く。 



 知ってる事だけ…なら正解までまっしぐらに進める。でもな、アレとは何とは無しに違うものだと言うことくらいは薄々気が付いてる。

 俺は鰻を完成させた事が無い、長く長く研鑽して辿り着いていない。途中で満足したのだと思う、何故だろう何故そんな事を思うのだろう?。

 そして今、其れを何故完璧にしなくてはならないのか?。これは全て大切な目的と目標の為に避けてはいけなかった選択肢の道程の上にあるモノなのではなかろうか?。



 木目をミスって台無しになる既視感がある。では木目を変えよう、墨壺を用いて糸を張りパチンと弾いて切り取り線を入れる。いいね、江戸時代の名機墨壺。

 鰻は江戸時代には既に味醂の入ったタレで調理されていた、つまり完成させなきゃ意味が無いって事だ。

 期間は長いようで短い。でもこの作業、俺の既視感では一人でずっとやり続けてきた気がするんだ。



 品種改良の稲に水をやる西田さんの既視感は無い。未知なんだろう。

 水車の設計図を凝視する石岡にも既視感は無い。つまり未知なんだろう。

 でも、備蓄の穀物を運ぶ樋口さんには既視感がある。もち米には既視感は無い。



 多分俺は、ここに辿り着く前に二人を喪ったのだろうか…。

 連れて来なければ、間違いなく、この先行き詰まる事があるのだろうか?。





 教えてくれよ運命とやら、俺はどうすれば抜け出せるんだ?。



 俺の言葉ではない誰かの声が聞こえた。懐かしくて聞き覚えのある声だった。



「それで、次に何を作りたいって言った?倉橋。」


「家畜化された猪、豚だ。」


「やるのか、生物学の禁忌に手を染めて促成栽培するのか?。」


「だが豚でなければトンじゃなくイノカツになるんだよ。」


「そりゃあ御尤も、で…だがなこの国では、俺達みたいな低等級国民が家畜食ったら死刑になるぞ。」


 そりゃあ盲点だった、仕方ない猪で腕を磨いてそれからチャレンジするしかない。


「とんかつかぁーいいねぇとんかつー。」


「そうだねぇ、とんかつ大好きだよ私~。」


 味醂の醸造は運否天賦だが、とんかつは…。

 牛乳と卵が猛烈な高級品過ぎる!、獣で卵を産む奴を養鶏場のようにしなければ、絶・対・無・理だ。


「た…卵は何とかなるとして、どうする…牛乳は…。」


「野生の牝牛系魔獣を手懐けるって、正気か?。」


 俺と石岡の間にドッシリと思い緊張感が走る。既視感は無い。未体験ゾーン突入だ…面白い。

 この胃袋のトキメキを何としてでも成就させたい、カラッとサクッとジューシーなアイツを是非食卓へ…。


「それでだ、ソースを作る野菜については西田さんと樋口さんに任せたい。」


 キョトンとした目で見つめ返される。


「「ソースの材料ってお野菜なの?。」」


「そこからかー!。」


 常に前途多難なようだ、あっ、既視感視えた。

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