第五十五話 温泉回
八氏族連合のほぼ全てが要害と恐れられた地形と障害物となりうる物の全てを粉砕され、剝き出しの裸拠点となった蛮族の村落に雪崩れ込む。
其処で行われた行為は殺す事よりも首謀者や責任者を生け捕りにする戦いであった。
よって流血よりも捕縛が優先される事となったが、そういうものを捕らえた後の後始末は又別の話だ。
そして、さらに奥にある隠れ村落である。寧ろこちらは長老や族長などが囮になって守る蛮族の最奥、種の保存としての最後の砦である。
僕達が必死になって探り当てた、彼等の最後の最後まで隠し通したかった、赤子などを隠した根拠地なのだ。
そこでの戦いは存亡を賭した防衛戦であり、守り通せなければ蛮族と言えど種族が滅びる瀬戸際であった。
曲刀使いがゲムルアの前に出て突っ込んでくるがゲムルアは一喝して剣でそれを受けて返す。
「バハドゥムルア!。」
それが蛮族の名前であるのか、誰も理解できない。ゲムルアの両眼に灯る憎悪の焔が眼前の曲刀使いの魂をも焦がさんと迸る。剣を腰に戻し槍に持ち替え曲刀使いを突く。
曲刀で槍をいなし、払い間合いを詰める、一騎打ちの栄誉など本来は蛮族には許されない、だがゲムルアの配下は主人と野犬の戯れに邪魔が入らぬように割り込もうとする蛮族を殺しにまわった。
赤子と母親が一刀の下に切り捨てられ馬蹄に踏まれてその意味を無くす。楽であるかは知らないが蛮族のように辱めは与えない。責任は男が負えばそれでいい、だが死一等を減ずるに能わずと言う、命の階級差という当たり前の区別、蛮族は人などでは無い。
曲刀使いがゲムルアに屈してその曲刀を手放して戦局は終局を迎えた。
蛮族の族長筋と長老達がその身を囮にして生き永らえさせんとした未来への希望を踏み潰されたと知って大層暴れたが、丁重に猿轡を噛まされて箱詰めにされ、王都へと荷車に乗せて粛々と運ばれていった。
重要ではない他の蛮族に対する扱いは酸鼻を極めるものであった、だが、蛮族との戦いで喪われたであろう家族の名前を叫びながら行うそれらの行為を、止められる者が居れば是非割って止めに入るといい。
タケル隊の少年少女達は何時も通り死体を集めて燃やす作業や村落にある物を壊して燃やす作業に従事する。最後は爆破して更地にするが、ここには温泉宿が建設される予定だ。
重ねて言う、ここは唯の観光地になる。何事も無かったような温泉の出る観光地に。
ゲムルア老がタケルの元を訪れて大魔石を返還し、八氏族連合が四千騎の騎兵をほぼ損ねる事無く、蛮族の首魁を護送しつつ王都に凱旋したのは、もう二週間以上も前の話になる。
タケルたちは残党狩りと残務処理、建築、建設、後始末と、更に二週間近く費やす事となる。
男女別れて入るスタイルの温泉。岩風呂が二つの大浴場だ。
源泉が湧き出る場所まで山をぶち壊した甲斐がある。
「ああ、そういえば最初の橋頭保を作る前から言ってたな。」
「計画と目標は明確に立ててから実行に移す性格なので。」
戦後処理を一か月近くかけて終えた僕とノット代行は、この岩風呂の一番風呂を頂かせて貰った。この地を誰が治めるかは知らないが折角の観光資源を是非生かして貰いたいものだ。
「これから本国に戻って政務漬けだが、若しかしてタケル、計画と目標ってヤツは既に立ててあるのか?。」
手ぬぐいで顔を拭いながらノットが恐る恐る尋ねてくる。失礼な、そんなものあるに決まってるじゃないか。
「御館様の裁可を仰ぐことになるけれども、七つほどやらなくてはならない事は決まってますよ。」
せめて村を町にしなくては何も出来やしないじゃないか、と思いながら湯に身を任せる。
まぁそんな事よりも差し当たってはタケル隊の少女達に、この地獄から逃げる口実の恋の花が咲いていないかの確認である。
軍人にならなくて済むならそれが一番だよ、ホラ幻覚のように何時だって血塗れになった自分を見ずに済む方が幸せなんだから。
洗っても落ちない血を何度か洗い流し、ザブザブと頭にお湯を被り、開けた大地を見る。そこにはもう天嶮要害なんて呼べる代物は何処にも残っていなかった。
この地で戦死した八氏族連合の被害者名簿が完成したら慰霊碑に花を捧げよう。
おもむろに岩風呂の周りに転がる玉砂利を一粒摘まむと二枚の防壁魔法の間に高電圧の精霊を走らせて玉砂利を射出する。
ソナー魔法に反応した蛮族に炸裂すると、その人影は崖から落ちていく。
「まだ生きてやがったか。」
ノットの言葉に首肯して、放電を終えて、またお湯の中に戻る。残党狩りの出来そうな人材に思いを馳せながら。
骨休めくらいまともにさせて欲しい。そう呟いてブクブクと沈む。
五人の優秀な忍び…ではなく配下を残して帰国の途に着く。帰り道に一泊する為に立ち寄った旧クルトゥ領民から熱烈な歓迎を受けるが、山の要塞の五名への協力にその意を向けて貰えるように頭を下げて頼むこととした。だがしかし、結局三日は逗留する事となり仕方なく歓待を受ける事となる。
時期領主がどの氏族から選ばれるかは決まって居ないがクルトゥ一族は領民の盾となり後継者すら退路を守ってその命を散らしたという。そんなに見事な死に方をされると、後釜に誰が据えられたとしても、とても素直に治められる空気ではなかった。
暫くは持ち回りで何とかするのだろう、だとしたら老獪なゲムルア老の麾下が望ましいだろう……と考えたところで頭を振る。僕が気に病む事じゃないや。
予定より二日を多く過ごした為に、帰路はやや駆け足となった。イスレム領主代行が政務の山脈と共に待っている事は疑いない。
僕よりも責任の多い立場であるノット軍務代行は、本国が近付くにつれて口数が減っていったのであった。
まぁ、助かると言えば助かるが。
タケル隊は帰りもまた斥候隊を組織して地図の確かさをより高める作業に没頭していた。
未開拓だが実は既に本国の端に入っている。手付かずの領地がそのまま放置されているのだ。
「あれは海ではなく河だったのか…。」
そんな言葉を呟きながらタケルは思案に耽る、久しぶりの草原に黒馬は、ご機嫌で全力疾走を始める。
なんだかんだで振り落とされないタケルも黒馬を乗り熟しているようだ。




