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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第五十三話 炭と煤と埃に塗れて

 俺達五人は纏めて収監されている。

 これもタケルの配慮であると聞かされた、三食が保障されている、これもタケルの私財で保障されている。

 衣服を毎日洗濯して貰える事も身体を拭く事もトイレの掃除もケツを拭く葉の補充もあれもこれもタケルが願わなければ全く行われない物なのだと看守が言う。



 通常の苦役に従事する者たちは一日二食だ、目の前の監獄に連中と見比べれば俺達の待遇が相当良いものだと気付く。タケルの接見後俺達は自分達の扱いの良さに気付く。良く見れば泥と汗まみれの囚人服を纏った者達の中俺達だけが綺麗な囚人服だった。



「済まない、僕の力が及ばないばかりに。」


 二等国民になったので六等国民とは接触が禁じられると言う。そして援助も迂回援助しか手がなくなり、実質これからは全て先細るだろうと言う。

 金の流れは何れ何処からか伸びた手によって塞がれる、そして役人たちは全てタケルの味方で俺達の敵になっていると言う。そればかりはタケルにはどうにも理解できないし妨害者があるわけでも無いのだと訝しがっていた。


「僕の援助が滞り始めてもこれから先僕に何かを願う事は不可能に近い。願わくば諦めず五等国民への昇格が叶う兵士への道を選ぶといい。そうすれば少なくとも接触禁止は解かれる筈だ。」


 唯一にして最終手段だと言う事だろう、タケルの申し訳なさそうな顔が胸に痛い。

 金貨一枚の価値は大体三十万円前後だ。役人の娘に聞いた物価から彼是思案した結果の金額だから間違いないと思う。



 単純計算で、俺達一人当たり一億五千万円で市民権を用立てたタケルの厚意は俺たち自身が踏み躙った。つまりはそう言う事だ。

 そして今、この監獄でも世話になっている。ではそれ以前の生活はどうだ?、役人全員がタケルを不憫に思うあまり、俺達を遮二無二死刑に持ち込もうとする理由がわかる、どう贔屓目に見ても悪質な寄生虫だ。

 五人合わせて八億円、諸経費込みで十億か…一発デカいの当てないと、どうにも返せる気がしねぇ。



 朝、鉄格子を警棒でガンガン鳴らしながら看守が一房づつ間をあけて五十人程、歩いていく。目覚めない馬鹿はいない。そんなの死体くらいだ。

 寝具を片付けて棚に並べて全裸で整列すると看守による水洗いが始まる。これはタケルによる視察で義務化された房掃除と囚人の衛生向上策であるという。

 平等に行われる事によって不満が出るのを防ぐと言うものらしい。

 全員整列で囚人服を洗い、順番に干していき、次の部屋で囚人服を受け取り作業場へと各自移動する。

 新しい囚人服を大量にタケルが用意して寄贈したのだという。迂回援助と言う形だと経費が余計に掛かるのが分かる。



 タケルが考案したと言うツルハシなどの炭鉱掘りの工具が寄贈される。楔とハンマーだけの労働より効率が格段に向上する。

 俺達五人がこれからやるべきことはツベコベ考えるよりも身体を動かす事だと浅海が言った。そうだな馬鹿になった方が小利口に生きようとするより死なずに済みそうだ。

 遅くなったが遅くなったなりに何とか生き抜くしかなさそうだ。すまんなタケル、生きていたらまた会おう。





 刑期の延長が告げられ、久しぶりに眠れない夜を迎えた。

 日本語を考えなくなったのは防衛本能だろう、滴るような月の光が刑務棟を照らす。

 ポタリポタリと金色の液体が渡り廊下の床に滴り落ちる。

 月は廊下を染めて金色の魔法陣を描き、一人の貴婦人と二人の娘を顕現する。

 月光を纏い、手足から黒い靄を曳き、その貴婦人は愉快そうに嗤う。



 娘たちは寝ている奴らの顔を見て信じがたい言葉を呟く。


「時澤公彦と関崎成哉だね。」


「こっちは武藤紀市と浅海莞爾、三組と四組の人だね。」


 起きているのだから当然目が合う、だが何故だ、この貴婦人、貌が…無い。

 娘二人に顔を覗き込まれる、いや目か?違う、こいつ等俺の脳を覗き込んでやがる。


「涌井奎一郎君ね、貴方たち、見られたくない事まで見ちゃダメよ。」


 コツコツと静かな廊下を歩いて貴婦人と娘たちは立ち去って行く。珍しい場所を観光でもするかのように。

 何人かの囚人の呻き声と牢屋の檻が開く音が続く。


 翌朝、脱走と思われる行方不明者二十四名、死者七名。そう報告書に記された夜の出来事であった。

 誰にも言えない、言ったところで信じて貰える筈も無い。

 顔に見覚えどころか貌が無いとかどういう存在なんだアレは…声には聞き覚えがあった。なんでそんな覚えがあるんだ?分からない。



 度々貴婦人は満月の夜を選んで囚人達を物色していく。


「お兄さんも来る?。」


「来る?。」


 二人の娘たちに片方づつ瞼を開かれて問われる。


「行かない、もう裏切れない。」


 偽らざる本音を吐露する。脱獄すれば返すものも返せやしない。

 二人の娘の顔が暗闇の三日月のような口を開いて笑う。


「正解。」


「来るって言ったら腸引き摺り出してたよ。」


 そして二人が顔を近付けて楽しそうに言った。


「「ママが。」」


 無貌の貴婦人が此方を視ていた。

 全てが凍て付く微笑を湛えて、賢明な判断をした俺を讃えて、顔の見えない美貌の貴婦人が微笑っていた。





 翌朝、また脱走者が出たと言う。

 それでも俺は穏やかな朝を迎えられた。今度こそ俺は間違わなかった、間違えずに済んだ。

 貌の無い貴婦人の正体などどうでもいい。

 全裸で整列したまま水を掛けられ体を洗う朝を迎えながら俺はそう思った。

 少なくとも俺の再出発を笑って見送ってくれた人がいた、それだけは間違いが無かったのだから。




 ツルハシを振り下ろし石炭を崩しスコップでほじくり返し滑り台に流していく。

 その能率を高めた立役者はここにはいない。何もかも提供してくれた友人に感謝しながら俺は石炭を掘る。

 タケルにとって俺たちは多分救えなかった全ての欠片なのだろう。

 タケルにとって俺たちは偽善の塊なんだろう。

 アイツに救われた俺たちが、アイツの救いになっちゃいけないなんて法は無い。

 今は泥まみれになって罪を償おう、他の四人はどうか尋ねることも許されない環境だけれども少なくとも友人だった俺は変わらなくちゃいけない。



 ここを出たらヤツの墓参りに行かなきゃな。


 思えば一度もタケルとの共通の友人であるヤツの墓参りをしていない。このままでは死んでも死にきれなかった。

濁音忘れ、そして句読点も忘れる。

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