第五十二話 ギルド
四枚の銀貨と百枚の銅貨を渡された後聖イグリット教の洗礼を受けて市民証を手交された後、役人の少女に汚物を見るような目で睨まれる。
「住む処ですか…。住み込みで働けるところは紹介しましたよ。」
結局限界一杯までサナトリウムの片隅でまごついていた五人は強制的に施設から引き摺る様に連れ出され、教会で洗礼を受け、王国に忠誠を誓い誓約紋を施され市民権を得る事となった。
役人全員が反対したがタケルから生活支援金まで出ている。
少女ならずとも教会の神父すら凍りつく発言を五人は吐いた。やれ一軒家を一人づつ用意しろ、生活の面倒を見るメイドをよこせ、生活保護を毎月支給しろ、召喚などと言う誘拐をしたのだから責任を取れ等と訳の分からない絶叫を彼等は上げる。
「役人への暴言により、全員逮捕、拘禁、投獄です。」
初老の役人が少女の前に立ち兵士に指示を出し五人は逮捕される。人権だの裁判だの訴えるだの貴族か何かですか貴方たちは…。
「生活支援金を没収してタケル様の口座へ返還。彼等五人の市民権は剥奪ですね。」
「うむ、書類を纏めて明日までに提出を頼むよ、今日はこれで直帰としよう。」
温厚な神父様ですら言いしえない何かを感じて居るようだった。そもそもあのような恩知らずの集団には死を与えるくらいで良い筈なのに、タケル様は何とも慈悲深いお方だった。
五人は死だけを免れて炭鉱での苦役を課せられる事となった。五等市民による三等市民への恫喝、暴言は普通なら死刑だ。実際串刺し刑の焼き串まで準備されていたが、タケル様の願いによりそれは寸前で止められた。惜しかった。
模範囚として努めれば二年もあれば出られる炭鉱での労役、模範囚でも三年は出られない苦役、陳情書を認め彼等の不真面目な生活の全てを書面にして提出した甲斐がある。
前科者ともなれば六等国民まで落ちる。その下は元タキトゥスの奴隷国民である。正直社会貢献度だけで言えば奴隷国民以下である。
苦役開始から一年目、役所の仕事として視察する任務を受ける。
魔法障壁の棺から首だけを出した状態で面談する事になるが真面目に苦役に従事しているかを問うと看守達も深い溜息を吐く。どうもこの五人は揃いも揃って怠け者である様なのだ。
「どうやら三年では短いようですね、死刑も視野に入れた刑期の延長裁判の申請を行いましょう。」
先程まで無力同然の濁った目をした五人に生気が戻る。なにがしかの良く分からない国の言葉で罵っているようなので誓約紋で真偽を確認する。激痛で絶叫しているので碌な事を発言していないようだった。
魂に刻み込む”ロンダ語以外の言語の使用禁止”誓約魔法が上司から彼等にかけられる。
「犯罪者が高等級の国民に口答えすることは禁じられていますが、良く分からない言語を使われたのでそれを禁止致しました。どうぞ死刑台直行が約束された発言をなさると宜しい、我々はこの鉱山でも税金で食わせている側の者なのです、貴方方、全員這い蹲って靴を舐めても足りない相手である、と良くご理解願います。」
「では質問を続けます。死にたいなら何時でも暴言をどうぞ。」
愛想が尽きている相手に容赦など必要ない。
だが今回の面談で彼等の陰謀の一つが崩壊した。日本語で脱出計画を謀っていたり、ストレス発散に文句を呟いていたのだ。
全身を駆け巡る激痛にのた打ち回る五人は”日本語で何かを考え”ても死にそうな激痛が走る事を知る。
刑期が一年延長されても物足りなさを感じた我々役所側からの意見書は受理された。
良く分からない言語で行われた暴言を加味してもう一年は上乗せしたいところである。
彼等が更生できるかどうかは、それこそ神のみぞ知る事である。願わくば王国に仇為す事の無いように徹底的に教育が為される事だけである。
二度ほど彼等に面談したタケルは彼等の思い違いを一つづつ潰して行かなくてはならないと理解した。
「申し訳ないが、この世界に人権等と言うモノは無い。」
無いからこそ捕虜を奴隷にするも殺すも自由なのだ。広い意味でこれほど自由な世界は無い。
為政者の優しさと度量の広さのみが法と秩序を保障する。機嫌を損ねれば簡単に曲がる、その程度の法と秩序だ。
そしてそれらは全て特権階級と貴族や金のある者を守るものだ。弱い者は唯単に弱い者であって踏み潰されるだけの存在だ。
「お前たちの釈放は無理だ、奴隷一歩手前の五等国民にする事だけでも一人頭金貨五百枚掛かったんだ。」
奴隷国民を買い上げて尚且つ市民権を確保して洗礼まで受けられるように根回しをしてこれだ、これ以上何が出来る?、国王陛下の法と秩序にこれ以上意見は言えない。
五人をなんとかするだけで数十年は拘束されかねない借りが出来ている。
彼等の思い違いを潰しきる前に此方が潰れてしまう。
助けた無意味さが身に染みるが、これも運命という奴なのだろうかと半ば諦めざるを得ない。
六等国民の仕事は奴隷国民とほぼ同じだ。皆がやりたがらない仕事しか与えられる事は無い、嫌だと言えば飢え死にだ。そして二等国民以上は彼等と係わってはならない。
鉱山の入口に待機する馬車に乗り込む。
石畳で舗装された道をガラガラと進む窓の外を見遣り頭を抱える。全てが無駄に終わった気分はどうだい?等と賢らに問い掛ける声がする。
「五月蠅い、メリッサ諸共浄化するぞ執事。」
馬車は規則正しく歩み、王都への帰路を進む。どうしようもない同郷の者達の事など省みても仕方が無いのだろうが、彼等はやはり環境の変化に付いて行けなかったのだ。
───ほら、あの五人がもっとポジティブに切り替えてくれれば、ギルドに加入して冒険の一つでも始められたんじゃないかな。
ありふれた物語がそこにあって、ちょっとした冒険がそこにあってさ…。
タケルは溢れる涙を拭いもせず、もう係わってはいけないと、法で定められた彼等との立場を思い起こす。
お膳立てまでは出来たが直接係わってはならない身分となり彼等の旅立ちを見送れなかった。
そして、その未来は何処かで再始動するのだろうか?。
執事の冷笑と美貌の貴婦人の微笑が嫌な予感しか僕に与えなかった。
そして執事と貴婦人は睨み合う。
お前らいいから出ていけ。
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