第五十一話 水を浴びた半裸の青年と老将軍
勿論怠けていたことがバレずに済むかと言えば、結論として無理だった。
ノット隊の勇士と共に自ら隊を率いてオークの群れに突撃する。連日連夜突撃を繰り返す。
先陣を切って槍を構えてオークを殺して捌いて小麦粉まぶして溶き卵に潜らせて油でカラッ揚げてトンカツ食いてぇぇぇ。
ブタ共を見てるとあの衣と肉のハーモニーを思い出して腹が減る。
「石岡、今、俺を呼んだか?。」
新聞を広げながら石岡は此方を一瞥することなく答える。
「いや、空耳じゃねぇのか。」
店内は閑散としており、新設した小上がりには畳みもどきが敷かれている。其処には当然のように、樋口さんが大の字で寝ている。
「ホラホラ、店長と板長、そろそろ昼休憩終わりだよ~。」
整然と椅子を並べたテーブルに、良く磨いたメニューを並べながら看板娘が俺達を厨房へと追い立てる。
「トンカツ…か。」
今日も食堂は平和であるようだった。
返り血を浴びながら次のオークへと槍の穂先を向ける。滴る血が飛沫となって槍の速度に置き去りにされる。
右に薙ぎ左のオークの心臓を貫き、肉薄してきたオークの振るった棍棒を石突きで弾き、槍を返して心臓を穿つ。
体捌きを思い返し反復練習宜しくオークを血祭りに上げていく。諸君、安心して欲しい敵は推定三万だ、数には余裕があるので存分に訓練に励んで欲しい。
敵味方双方とも阿鼻叫喚の地獄絵図であったのには訳がある。
「魔法武器の使用禁止、死に物狂いで戦え小僧共。」
以上、ノット代行のご下命である。
身体強化魔法を用いて良いのは痛め易い手首や腰等の関節部位だ、特に腰は家族の未来の為に確り守る必要がある。言っておくがこれは僕の命令ではない御館様からの厳命だ。
槍先揃えての突撃と愚直な殺し合いが各所で繰り広げられる。イノに任せた部隊の半数もオークを狩る戦いの波に乗って来たようだ。
「コンラッド!七百名の魔法騎兵を率いて一番近い奴らの村落を消し飛ばして来い。」
「では、行ってまいります。」
用意はしていたが気が進まなかった大魔石の投入を決定した。
こんなスタンピードを執拗に繰り返されては堪らない。訓練で済む今のうちに地図から消えて貰おう。
オークを只管殺す者として没頭していた将兵の上を巨木が飛んで行く。命令を下してから半日後のことである。
辿り着くだけでも至難であった蛮族の集落に向けて、障害物など何一つない空を悠々と巨木は駆けていった。
巨木の先端から重力魔法が展開され、照準魔法による微調整が行われる。山なりに打ち上げられた巨木が蛮族の村落の真上で垂直になるように調整され、半自由落下へと移行する。
臨界寸前まで魔力を込められた”ミノタウロス”の大魔石が荒れ狂うような術式を解放しながら巨木の中で白熱して村落への着弾と共に魔石の裂け目より破壊の灼熱を撒き散らす。
あちらの惨劇はあちらのモノとして存分に味わって頂くとして、我々は目の前のオークの大群を何とかしなくてはならない。手作業のみで!。
グラつく槍を遠投して帯剣を抜きオークを殺しつつ後退する。替えの槍が欲しい旨など、投擲した瞬間に後方部隊が察する。それを貰うために下がるのだ。
良く手入れされた槍を受け取り再び前線へと赴くと、やはり耐久の限界を迎えた槍を構えた、少年に後方を指差し槍を替えてこいと、声をかける。
「槍の具合が悪いものは退いて新しい槍を受け取って来るがいい、ここは我々が支える。」
大魔石を用いて行われたささやかな花火大会など、血と脂に塗れたこの泥沼から見れば気にすることも無い、ただの些事に過ぎなかった。
八氏連合の騎兵隊と入れ替わりに、僕たちは地面に身を預けて全力で休憩に立ち向かう事となる。
桶に水を入れた兵士がひしゃくで、倒れた僕たちに水を撒く。乾いた大地の気持ちが解る、これは嬉しい。
気力が回復したものから水場で水をざぶざぶと掛けて貰い鎧を外して貰える。ご褒美だなこれは。
水場で頭を冷やしながらボンヤリとしていると不意に聞きなれない声が聴こえた。
「タケル殿、ここにおわしたか。」
「おお、これはゲムルア老、このような無様な姿をお見せして申し訳ない。」
萎えた手と腕に強化魔法を施してぐったりした体を無理やり起こす。
「なんの無様であろうか、それにしても我らの依頼の件、誠に見事であった、部下に替わってこのゲムルア、タケル殿に礼を言わせて貰うぞ。」
八氏の族長の中でも長老筋から頭を下げられる光景などそう見られるものではない。
部下達の目線が痒いのでゲムルア老の手を取って頭を上げて戴く。
水を浴びた半裸の青年と老将軍の像の意匠が産まれた瞬間ではあるが、この石像の完成はもう少し後の事となる。
大魔石の使用が齎した延焼の範囲は、引きこもりの魔物産とは思えぬ程広く広大であった。
オーク狩りに熱狂していなければ見物人も焼け死んだのでは無いかと予想され、発射を実行した七百人の魔法騎兵達もその甚大な威力に身震いする。
そしてその火は三日過ぎても四日過ぎても鎮火せず、蛮族が居た痕跡も遺骨すらも綺麗サッパリ、この世から燃やし尽くしてのけたのである。
広域滅却浄化魔法 煉獄。
引きこもりの魔物による聖域へ至る魂の浄化だとでも言うのだろうか、親指を立てたミノタウロスの姿が幻視える。ああ、また見つけたら狂化させて大魔石を毟り取ってやる、楽しみにしてろ。
得難い至宝として数えられる大魔石を惜しげもなく蛮族に叩きつけるタケルの姿は八氏連合の長ならずとも驚愕をもって迎えられる。
当の本人はオークと最前線で肉弾戦を行い常在戦場の武人であったという。ゲムルア老が楽しそうに彼をそう評す。
ここから先の天嶮要害と呼んで不足の無い蛮族の拠点までの道のりをどうするのかと会議の内容が及んでノットが眠そうに頭を叩きながら答える。
「タケルがやりたいのは真っ直ぐ蛮族の拠点まで爆破魔法と舗装を続けて悠々と奴らの歴史と誇りを無価値にすることだそうだ。そしてこれが一番我々の犠牲が少ない。さて、お歴々はこれに参加するかどうかを決めて欲しい、参加できないと仰る氏族は残り二つの村落の攻略に注力して欲しい。」
「遣りたい方を選べと言う事か?。」
ノットは静かに頷く。雪辱を強く願っているものにまで地道な作業に付き合わせる必要はないからだ。
ここは憎悪と怨念が渦巻いて百年近い怨敵の潜む地なのである。
「もちろんタケルから村落へ攻め上る秘策も預けられております故、まぁ安心して貰えれば良いかと。」
それは子供の頭ほどの大きさの大魔石であった。




