第五話 ウナギスレイヤー
句読点、ルビの追加。2018.6.16 再読の必要なし。
氷雪吹雪舞う冷気の中で暖房魔法の温風を携えて巨大な串に見立てた丸太に魔法を掛けていく。
障壁の筒で串を包み、その筒底で爆裂魔法を発動させる。
工程は此れだけだが、爆裂魔法を完全に射出のみの一方向へと指向性を与える為の障壁魔法の強度は未知数である。
ぶっつけ本番で使える弾数は三発、失敗すればウナギを縫いとめる事は疎か冷気魔法氷雪吹雪の効果が切れた後、ウナギは一時的な冷気の束縛から解放され、タケル達全員ウナギによる踊り食いの地獄絵図を体感し放題と云う人生の崖っ淵に立たされるであろう。
いざ障壁の大砲を構築せんと取り掛かる段になってタケルはライフリングを魔法障壁の筒の内部に刻もうと試みる。
銃───この場合、砲の筒の内部にはライフリングと呼ばれる螺旋模様が刻まれる。螺旋と言っても螺旋階段のような一条のものでなく左回りに六条の螺旋を刻むのだ。
回転を与える事により、速度と貫通力を増幅させる効果が見込めるだけあって譲れない部分であり、何より命中精度に関わる構造なのだ。
六人掛かりで揃って魔法障壁の棒を生み出し、束ねて捩じりを入れていく。
それを魔法障壁の筒に組み込み形を維持させる。
丸太の素のままの強度では爆裂魔法の威力には耐えられない事など百も承知であり、硬度を高める為に魔力を纏わせる、うっすらと光を放つまでマナを注いで準備完了だ。
距離と角度を精確に計算しなくては当たるものも当たらない。
弓箭兵兼魔法兵の一人が精密射撃の際に用いる魔法を構築していく。
狙うはウナギの鰓の上にある堅い骨の部分だ、胴体に当たったところでその身を引き千切って暴れられては元も子もない。
翻って身肉の部分を狙うとして拘束効果が期待出来そうな部位など背骨くらいであり態々そんな自由過ぎる可動範囲を持つ的を狙って縫い留めようなど不可能に近い。
「撃てェい!」
ノットの号令と共に爆裂魔法が串の底で炸裂し障壁魔法に爆発力を一定方向に制御されて串を押し出す。
押し出される串はライフリングにより回転し、ウナギに向かって飛翔する。
「浅い、全然刺さってないぞ。」
射手が口惜しそうに今の射線と距離から必要な威力を計算し始める。
迅速に修正点を声に出して話し合いを行う、残弾は二発だ余裕など欠片も無い。
「爆裂魔法の威力を上げて障壁を厚くしましょう、どうします筒の長さも伸ばしますか?。」
細かな打ち合わせが続き、魔力行使を行う者達と僕は休憩の為に目を閉じた。
意識を落として眠れるのならばマナが自然と身体に蓄積されると教えられたので一気に意識を手放すように脱力する。
眠れなくとも眠るしかない、マナは唯一の生命線だからだ。
「最前線は戦争よりも魔物退治になっているようだなダン・シヴァよ。」
遠眼鏡に魔法を乗せて冷気魔法の着弾点を観測する豪奢な男が、後方に控える武人の空気を纏ったダン・シヴァに名指しで言葉を掛ける。
「我が直属の兵士よりの救援要請を容れて下さり感謝の言葉も御座いません。」
「善い、タキトゥスの野盗共よりあれを先になんとかせねば後々国民が困るであろう、それにしても……だ。」
アレは何と言う魔法なのだろうか?。竜の頭に杭を打ったあの魔法は今まで目にした事の無い魔法だった。
遠眼鏡に遠見魔法を掛けて、竜退治に勤しむ兵士たちの動向を観察していると、一回り大きくなった黒鉄の魔法が竜の前に構築される。
マナの集まりはそれほど大きくはないが、構築されている術式は極めて複雑でコンパクトな代物であった。
「殆ど障壁魔法で出来ているようだな。」
「御意。」
ドォーン!!と空気を揺るがして大きな爆発音と共に射出された杭が竜の頭蓋に突き刺さり大地に縫いとめられた。
「やりおった、はは、あいつ等やりおったぞ。」
手を打ちながら愉快そうに竜退治を観察し終わってダン・シヴァに振り返ると楽しいものを見せて貰ったという風情で豪奢な男は彼を差し招く仕草をする。
「ドラゴンスレイヤーとなった彼等に何か用意してやるように。」
「畏まりました国王陛下。」
返事を聞くと満足そうに頷き、続いて控えていた右翼軍の伝令からの報告を受ける。
続いて魔法師団の伝書鳩から齎される報告も彼にとって悪いものではないようだった。
全体の戦況で一番劣勢だと思われた場所では軍靴に草の紐を何本も巻いた兵士達が抜剣して竜に踊りかかり腹を裂き心臓を抉り取る為に編成された決死隊が、血塗れになりながらそれを達成していた。
竜の息の根を止めた兵士たちが雄叫びを上げていたが、その中の一人が血を浴びた兵士達に何事か叫ぶと水場へと死に物狂いで騎兵隊が兵士を乗せて走り出す。
竜の血に毒があるとは限らないがウナギの血には毒がある事を思い出した僕は迅速に彼らを水場まで運ぶように叫んだ。
とりあえず騎兵隊の半数で竜の血を浴びた者たちを川へと運び、兵士と鎧と馬を洗う。
またも温風が大活躍することになるが、此処での一番の収穫は簡易ではあるが、治癒魔法を習得出来た事であろう。
竜の血の毒で体調を崩した兵士達を治療するために、またもや付け焼刃で覚える破目になったのだが、もしもの時に対処できる技術を得られたのはとても有難い事だと思う。
ウナギの血が持つ毒は、下痢や嘔吐を引き起こし、皮膚の発疹、感覚異常、麻痺、無気力症、不整脈、衰弱、呼吸困難から死亡することもある。
小さなサイズでも割と洒落にならない毒を持っているのだ、だから当然竜サイズともなれば輪をかけて洒落にならない威力の毒性であるのかもしれない。
そしてそれは外れる事の無い予想であり、実際何人か死に掛けた事で証明された形だ。
つまり処置が遅れれば決死隊が全滅していた、運良く気付けて良かったという話である。
「治癒魔法すげぇ…。」
先ほどから僕は此れしか呟いていない。
気持ち悪い程見る間に回復するケロイド状の肌など元居た世界で再現出来ればノーベル賞も容易に獲得出来る代物だ。
意識が現実に引き戻されるまでの短い時間この素晴らしい魔法に感嘆しきりであった。
暫くして僕たちは隊長達と合流して生還を喜び合い、隊伍を整えて本陣へと引き揚げる。
戦うはずだった戦象部隊は、唯一騎のウィリアムに数頭の象を潰され、魔法師団の広域殲滅魔法を撃ち込まれ続けて敗走したそうだ。
勲功第一等は恐らくその化け物騎士だろう。
左翼本陣の後方で傷病人を医療班に引き渡し、生存者と死者の報告を済ませたのち、久しぶりの温かい食事を摂り、お湯で身体を拭って身を清めたあと、簡易ベッドで眠りについた。
この三工程の途中でバタバタと寝てしまった者たちは他の兵士達の世話になったのは言うまでもない。
ギシギシと体中の関節から音が鳴りそうな動きでベッドから起き出した僕は、余りにも寒いテントの中で温風を設置して、二度寝を始める。
冷え込む朝に陽が差すまで、僕の眠りが妨げられる事は無かった。