第四十九話 トンネルを抜ければ其処は
ノットによるタケル隊の視察は旧部下たちの変わらぬ武と、変わり過ぎた武の二つを確認する事となった。
魔法の素養が薄いと思われた若者たちが全て魔法を使いこなし、武器に付与した上で戦っているのは壮観を通り越して恐怖でもあった。
タケルに散々煽られて身に付けたものの、今一つ乗り切れなかった何かに今は懐かしい興奮すら覚える。
童心なかりせば魔法は成らじ、とは誰の言葉であったか。
タケルの号令で焼夷魔法が切り株だらけの更地に打ち込まれる。
延焼を続ける炎が切り株を焼き、辺りは焼き畑のそれと化す。栄養価の高い土を土塁の様に集めて土魔法で墓地の造成を行う。
能率的であり効率的、そして良い土は畑へと運ばれていく。これからここに集結する兵士達を養うのに補給だけではどうしても生鮮食品が不足する、だからこそ耕作はもっとも重視すべき施策であると言える。
ただ、スタンピードが発生して、アッと言う間に作物は奪われてしまう、そんな従来の耕作地では作業そのものが無意味となる。
「調査の結果、水は出ると分かっているので畑は全て移動します。」
タケルに色々と問うても答えは明朗快活なので疑問には思わなかった。後から思えばノットも雑務で忙殺されている身の上であり、任せられるところはこの自信に満ち溢れたタケルに半ば丸投げで好きなようにやらせることにしたのであろう。任せた事のほぼ全てが未経験であったと言う事実から目を瞑ればの話である。
場合によっては任命責任が、降りかかる火の粉のように襲い掛かって来る話ではあった。そしてノットもタケルも幸運であった事は否定できない。
敵地へと乗り出す最初の入口となる小川でタケルは短槍投擲による飽和爆撃で蛮族の村落を焼き尽くした。
雨で増水しても気軽に渡れる橋を作る為に常時待機できる駐留施設と軍事拠点として稼働できる橋頭保を短期間で築く必要があったからである。
まだテント暮らしではあるが斥候を飛ばし、地形を調べ上げ、狭すぎる隘路は崖を爆裂魔法で吹き飛ばして拡幅工事を行う。邪魔なものは全て薙ぎ払う勢いで村落を痕跡諸共焼き尽くし、数少ない水場の確保を果たす。先はまだ長い。八氏連合から送られた先行軍もまた、崖を利用して必死に抵抗する蛮族を巧みに殺して回った。
橋頭保たる軍事施設も骨組みが出来た段階で、橋もまだ基礎を組んでいるところではあるが、町に漸く動員できる全ての騎馬隊が到着したとの知らせを受ける。
安全の確保のために森に潜む蛮族をソナー魔法であぶり出しては殺して回る作業が延々と続く。この魔法は秘匿魔法なので自分でやるしかない。鉤爪をビッシリ付けた装具を靴に固定して木々を飛び回り、隠れている蛮族を取りついている木の幹ごと伐り殺す。
炎の魔法剣は、材木程度燃やして焼き伐る、隠れた程度で死なずに済むなどとは思わないで欲しい。
独力で隠れている蛮族を見つけ出して殺せる者達も出てきた、獣人の血を引く者達はやはり、こういった捜索はお手の物であるようだ。振り返り見て人間は不便な生き物だなと、再度ソナーを放ちながら思う。
仮組みされた橋の強度の確認で黒馬を歩かせて見て感触はどうかと馬の挙動を観察する。右前脚でガコンガコンとご不満な場所を叩いている姿は何処かの棟梁のようである。
「やり直せとさ。」
「凄い馬ですね。」
なにしろ僕二十人分のお値段のお馬様だ、干し草にも一家言あるらしいのは厩舎長から愚痴と共に聞かされている。
土木作業と木材加工の合間に蛮族を殺す。そんな生活を二ヶ月ばかり続けていたが、先日最も抵抗の激しかった村落を更地にして八氏連合先行軍の休憩所として確保してから土木作業に専念できる時間が増えた。
獣道同様だった道を爆破整地して街道工事を開始する。岩山にも穴を障壁魔法でゴリゴリ掘りながら真っ直ぐな道を建設していく。理想としては蛮族の拠点まで真っ直ぐに騎兵や馬車で行き来できる拓けた観光地造りである。
峻厳な岩山に四トントラックが行き交える規模のトンネルを掘り進んでいると染み出してくる水が側溝に勢いよく流れていく。今は工事中につき泥水ではあるがそのうち飲み水に使える状態になるだろう。
ソナー魔法により強度の確認をしつつコンクリートをイメージした補強魔法で土質を改変していく。
この作業、魔力枯渇が起きやすく、一日一メートル掘れれば御の字な作業である。歩いて山越えして嫌がらせしてくる蛮族はこの山を越えるのに大凡一週間程度をかけている。それならばこの作業速度であっても余裕で貫通する時間を稼げるだろう。
我々が何をやっているのか知ることが出来ない蛮族は、度々聴こえる爆破音と岩山から大量に運び出された岩石による街道の石畳化で戦々恐々としているようだ。
橋頭保としての軍事施設が完成し石橋も完成した辺りになって、隘路となっていた丘との左右を爆破で崩して見晴らしを向上させる。岩を割り綺麗に並べて石畳の街道を急ピッチで敷設する。
魔法強化訓練月間と銘打たれたこの作業は騎兵四千人も動員されての一大事業と化していた。
そして作業開始から三か月を経て、岩山のトンネルが貫通し騎兵が山向こうの村落に流血のご挨拶とばかりに殺到する。
トンネルを出た先に門と軍事施設を建設するために爆破作業と更地化作業を行うタケル隊が殺到する。
蛮族の妨害が厳しいが、肉体が爆破四散すれば大人しくなるだろう。短槍の爆発力が人間に当たれば一発で吹き飛ぶ。一瞥したのちさっさと作業に戻る。
まぁ、この程度で諦める連中ではないので、嫌と言う程、爆破死体を見ることになるのは言うまでも無い。
加工した建材を続々と運び込み、トンネルの出口に関門を設ける事が出来たのはトンネル貫通より五日後である。
あれからも蛮族の襲撃はやまず、街道工事をしている場所以外は魔獣と肉片が転がっている生臭い環境であった。餌付けされたかのような魔獣の群れが綺麗に蛮族の死体を片付けるようになったのは一か月も過ぎた頃だろうか。
抵抗の激しい三つの村落の攻略は依然難航しており、僕はここのところ負傷した兵士の治療に専念せざるを得なくなっていた。