第四十八話 そして厨二は蘇る
タケル隊は後からノット隊より毟り取った青年達を除いて魔法も使える戦闘員である。
彼等にも魔法の想像力を高める訓練を施しているが、やはり要らない先入観が強く命の危機とセットでないとその壁は破壊しがたいものがあった。ならば命の危機を添えてやらざるを得ない。
ノットの下で武人として磨かれた者に魔法武器を与えようと言う過酷なカリキュラムが一晩掛けて作成された。
タケル隊の兵士が四方から魔物を必死を越えた決死で追い込みを続ける。
解れた魔法障壁に執拗に打撃を加える魔物の群れに、彼等は障壁を厚く重ねる事のみで対応しなくてはならない。タケルから壁の向こうへの攻撃魔法の一切を禁じられているからだ。
魔法障壁による円形のコロシアムが誕生しその中央に元ノット隊青年団とタケルがいる。
「魔法剣のみ抜刀許可。」
魔法剣を使えない者達に魔物の包囲と障壁魔法の前進による死の壁がにじり寄る。
魔法付与が行われない剣の数だけ瀕死の魔物を雷撃で作り出す。あれが暫くして魔素やマナを暴食して狂化される事を知っているタケル隊の面々は条件反射的に胃を押さえる。
コンラッドは命令無視を行った兵士の名簿をタケルの隣で作成している。誰が一番怖いかと言えば彼だった。
「諸君らに縋る縁がは無い、ノット代行も先日魔法剣を習得した。」
耐え切れず通常戦闘に入った兵士にタケルによるデバフが施される。
「回収せよ。お前たちは魔法剣を使えるのだ、己のルーツを思い起こせ。お前たちは何になりたくて兵士になったのかを。」
必死に兵士を回収した者達には支援魔法を付与する。
「思い出せ、唯の兵士であることが幼き頃のお前たちの夢の到達点だったのか?今一度問え!お前たちは何になりたかったのかを!。」
タケルが張り巡らせた障壁魔法に魔物達が激突する。
チラホラと魔法剣の顕現が確認される。コンラッドがその数を把握してタケルに頷き返す。
「出来ない奴らに魅せ付けろ!その英雄の力を!。」
障壁魔法が砕け散って解除される。勿論演出だ。そんな必要なんてない、魅せる事に特化した無意味な演出だ。
障壁魔法の破片の中を颯爽と魔法剣を携えた勇士達が前進する。
炎が尾を曳き、氷漬けになった魔物が切断され、雷撃により魔物の切断面が爆ぜる。
土が砕けて砂になって敵の視界を奪いつつ剣先に石のハンマーが現れ敵を圧潰する。
風を纏った剣が魔物を八つ裂きにしていく。彼等のイメージ通りに、彼が夢見て焦がれたあの日の幻想のように。
「出来ない訳が無い、出来るからここに居る。出来ない奴は諦めたか忘れた奴らだけだ!。」
熱血気味な演説と共に雷を帯びた槍に光魔法を虚仮脅しに纏わせて空に真っ直ぐに投げ上げる。
雲を突き抜けて大穴を開けて竜巻を纏って槍が急降下する。
「派手ですね。」
「演出だからな、存分に魅せられて箍が外れてくれればそれでいい。」
箍が外れた者達が押し寄せる魔物を、覚えたての魔法剣で血祭りにあげていく。
轟音と共に槍が大地に突き刺さる。
槍の着弾点にいた魔獣は串刺しにされて地面に縫いとめられたまま電撃を流し込まれ続けていた。
演出に力を振り過ぎたため即死に至らず、無情で無残な壮絶な光景がそこに現れる。死屍累々というやつであった。
魔法剣を無事習得し終えた元ノット隊隊員はタケル隊の面々と順番に握手を交す。
「我々は人々の、ひいては兵士たち全ての規範とならねばならない。お前たちはお前たちが見たくない英雄になってはならない。幼いころの自分に見せたくない英雄になってはならない。そのことを肝に銘じたら大広間で宴会が用意されている、各自軍服着用で集合せよ。」
いや、偉そうな言葉を言うようになったものである。
僕は自分の二面性に引き気味な心境になりながらも、これが本性で地が出ているだけなのかもと思わなくも無かった。
領主屋敷に引き揚げる道すがらに転がる亡骸を回収していく。
そこかしこに打ち捨てられている。防衛戦と撤退戦の最中遺体回収まで出来る敗残兵など存在しないのだからこうして後に訪れる我々のような隊が彼等をお迎えにあがる事が殆どである。
それでも気付かれる事なく土に還る者が多いのではあるが。
伐採した森が更地になるにつれ墓地が増えていく。各氏族から取り合えず手弁当で駆けつけられる騎兵達が続々と到着し、柵と墓地と宿舎が急ピッチで造成されていく。
魔法武器は優秀な工具として使えるため、英雄というより建築に向いた技能と言えよう。生活魔法使いの面目躍如というやつである。
ノット隊による木材の伐り出しは橋頭保を築く上で要となる作業の一つであった。
蛮族の本拠地までの道のりは急峻な崖や壁のような坂道、水の気配すらない荒れた岩場。山岳砦に等しい本拠地と続く。
一々攻略して進まないと彼等に止めを刺すことも叶わないであろう。そのせいで過去多くの八氏族軍から死者を出す事になった曰くつきの天嶮要害がここリーサンパである。
「梁山泊だなこりゃ。」
身も蓋も無い。
タケルは進軍ルートをあぶり出す為に徹底的に探索を始める。どうせ数か月掛かりの大仕事だ、何度も通る道は湧き水一滴すら知悉して置いて悪い事などあるまい。
魔物を手負いにして狂化させて訓練すると言う一目見て気の触れた訓練法を用いるタケル隊に、途中配属が決まった若手達へ陣中見舞いに訪れたノットが息を飲む。
狂化したミノタウロスと魔法剣士による命懸けの障壁魔法戦闘訓練が繰り広げられていたのだ。
「大丈夫なのかタケル?。」
特に深く考える事無く思いついた言葉を呟くノットにタケルは当然の如く書類に目を通しながら答える。
「ノットの武術訓練に耐え抜いた精鋭と僕が鍛えた精鋭が魔法剣を護身に防御障壁の鍛錬をしているだけですから、転倒からの打撲くらいで死にはしないでしょう。」
冷静にどのような訓練をしているのか説明されるだけなら納得できる内容なのだが、戦っているのが迷宮の王と呼ばれるミノタウロスとなれば意見も出る事だろう。
「あんな引きこもり、部屋から出せば腕力だけの鈍重な的です。ご安心を。」
逃げ場のない狭い場所でこそ脅威足りえる存在であるが、広々とした草原ではその強さを生かす事など出来はしない。ましてや騎兵の速度に対応出来ない時点でカウボーイと牛でしかないのだ。




