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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第四十四話 温めますか?

「八氏族筆頭と言っても人材は少ないんだ。」


 王都警備の職務を終えて戻ったタケルは、御館様の命令で迎えに来たと言って訪れたノットから手渡された御館様よりの辞令を受け取り、王都警備の任を解かれる事となる。

 どのような状態であるかは正確には不明であるが、北の蛮族が魔物の召喚に成功し、南進をしようとゴブリンやオークを養殖しているという。

 過去幾度となく、それこそ何十年もそのように戦って来た土地柄であるのだと言う。

 しかもノットが言うには、ほんの少し前まで最前線の氏族は平均寿命三十歳を下回る程の惨状であった。


 着の身着のままで出立する事となり宿舎に纏めてあった荷物を担いでの慌ただしさであった。

 厩舎から黒馬を出す意向を伝え新調した軽装鎧と支給品の剣を腰に佩き、急ぎ、戻る。

 黒馬に跨り三時間ほど北へ街路を進み最初の村で一泊する事となった。

 全身を綺麗に拭き、普段着を纏い広間へ歩いていると村娘に声を掛けられ部屋へと案内される。

 既に温かい馬乳酒を振舞われ一息ついていたノットに差し招かれ囲炉裏を挟んで差し向かいに着席する。


「今夜の飯は、宿を引き払うときに女将に勧められて買って来たものがあってな。」


 そう言うとおもむろに皮手袋を着け、囲炉裏の熱い灰の中へとノットは手を差し入れる。

 するとそこから陶器の器に笹の葉を被せて藁で器の縁を縛った物と、その横で一緒に竹筒に入れられて暖められた汁物らしき何かが灰を飛散させないように静かに取り出される。。


「弁当と言うもので、器代が(えら)く高くついたが、俺が定宿にしているレイラン亭傍の飯屋の名物だ、美味いぞ。」


 蓋となった笹を取り除いた瞬間、僕の胸に去来したものを一言で言い現わすのは難しい。

 喩え様も無い感情と想い出が胸に去来する。胸が苦しい、色々とごまかして忘れようと努めていたものを、全て思い出すくらいの衝撃だった。

 ノットは匙で食っているが、この匙にもなる竹で出来たこの道具、やはりパキリと縦に割れた。

 店主の発想の中には同郷者へのメッセージが籠められている。割り箸の削り方を施されたスプーンなど日本人を始めとした東洋人しかそれとは気付けまい。


「いただきます…。」


 手を合わせて一礼し、久しぶりの箸でもって、その茶褐色の物体を口に運ぶ…


「ウナギだ…これ───。」


 万感の想いを込めて呟く。胃袋を暴力的に叩きつける香りと、湧き上がる郷愁が止め処なく涙となって溢れる。

 零れ落ちる涙を拭いもせず泣きながら味わう。醤油と砂糖とウナギのアラの出汁が、何匹もタレを潜り、旨味を凝縮され、毎日注ぎ足しを繰り返されたタレの深い味わい。そして、山椒の粉末。

 これに辿り着いた店主の苦心は恐らく故郷の味の完全再現だ、王都の何処にも山椒は無い。間違いなく使う目的が明確ではないと仕入れる事すら不可能だ。

 醤油を作っているという、見逃せないこの事実の前に、僕は畏敬の念すら覚えた。

 なんらかの菌を見つけ出さないと醤油は魚醤くらいしか再現できない。それくらい遥かに遠い頂きなのだ。


「確かに凄く美味いが泣くほどのモンか?。」


 ノットの言葉に適切に返せそうな言葉が無い。

 当たり障りのない言葉を許して欲しいと願いつつ説明できそうな事象で返答することにした。


「ノットも僕も、コイツと命懸けで戦ったことがあるんだよ。」


 驚愕の表情のまま、ノットがその手元にある鰻丼をマジマジと見つめる。


「コイツを倒して僕たちは、ドラゴンスレイヤーの称号を得て褒賞も頂いている。」


 ガツガツと硬めの米を喰いながら、この長粒種の米をなんとか美味しくする為に五穀と押し麦をブレンドし普通に食べられる領域まで持って行った腕前と、確かな味覚に驚嘆する。

 ノットはコメと鰻を一緒に咀嚼しながら、神妙に食べるタケルを覗き見る。


「へーぇ、アイツ本当に食えて、しかもこんなに美味いんだな。」


 竹筒に入れられた、熱い灰で暖めたものを味わいタケルは長く息を吐く。

 もう何も言うまい、最高だ。

 肝吸いを味わいながら、ふとタケルは思い至る、あの強かった筈の毒性は、幼生の段階であるならば、それほどには強くないのだろうか?。そんなことを思いつつ鰻丼を平らげた。


「間違い無い、これを作った店主は間違いなく僕と同郷、日本人だ。」


「そうか、それならお役目が終わって王都に戻ったら一度は顔を合わせるべきだな、その時は連れて行ってやるよ。」


 期せずして故郷の味との再会に力を貸してくれたノットに礼をし、早めに眠る事とした。

 馬乳酒の入った盃を傾けながら礼は要らないとばかりに笑われる。

 早朝勤務の後に夜更かしは難しい、寝床に入った瞬間、僕はあっさりと眠りに落ちた。





 夢を見ていた。

 闇に染まる手足に黒い靄を曳いて闊歩する美貌の貴婦人を遠望する夢を。

 二人の従者を引き連れてこの世の不条理に泣く者達に手を差し伸べている、そんな夢を。

 美貌の貴婦人に忠誠を誓う者達は無言で付き従う。



 その顔をしっかりと確認出来ないものか?と、夢の中であるのに思い通りにならない視点をもどかしく思っていると、美貌の貴婦人の顔に日傘を差して隠してしまった少女と目が会う。


「貴方が誰か解るまで見せられないの、ゴメンネ。」


 スッと後ろに引かれる感覚が朝の訪れを感じさせる。

 夢の世界からタケルが静かに退室した事を確認すると少女は日傘を静かに持ち直す。


「エレ、ありがとう。」


 陽光の下、三人と従者達は散歩を続ける。

 西へ東へ南へ北へ。

 泣き声の聴こえる方向へ気儘に旅を続ける。



 故郷の懐かしい香りが美貌の貴婦人の心をカリカリと引っ掻き続ける。

 凍てついたその心臓を傷つけられる訳も無く、その騒めきは美貌の貴婦人の心の水面に一滴だけ落ちる取るに足らない水滴に過ぎなかった。



 慟哭に身を捩り、失意に項垂れ、憎悪に身を灼く子等に、嫋やかな手を差し伸べて美貌の貴婦人は優しく撫でる。

 絶望の淵で目も見えない救われぬ者達への、美貌の貴婦人による救済の旅は続く。



 あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。

 無軌道な救済の旅は続く。


遅くなりました。

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