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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第四十二話 企業秘密

 大豆と小麦を手に入れた倉橋達也が霧吹きで水を掛けたパンを魔力で凝視しながらここ連日唸っていた。



 早朝から猟に出掛け帰って来た石岡琢磨は、出掛ける前と後で全然変わらない姿勢で唸っている達也を横目に獲物を厨房横の処理室に一頭づつ運ぶ。寝ぼけた女子二人が手伝おうとしているのを石岡は制止する。低血糖でフラフラしているので危なっかしい事甚だしい。



 蓋つきの陶器に毟ったパンを入れて何かしているが、ありゃカビとか何かだなと納得して触れないこととする。



 倉橋が一か月難儀しているのは知っているが、大豆と小麦から何を産み出さんとしているかは想像がつく。

 想像がついたうえで石岡としては高級高額貴重品の砂糖は此方で捻出しなければならないと考えていた。



 倉橋が作ろうとしているのは味噌と醤油だ。

 ウナギのタレを一から作ろうとしている。あの執念で取り掛かられたら一年後には醤油と白味噌、三年後には赤味噌が生まれるのだろうか。



 食文化ハザードがこんな都会の片隅の食堂から始まるのかも知れないと思うと胸が熱くなる。石岡は鹿の胸から湯気の立つ内臓を取り出しながらそう思った。





 あれから丸々一月が更に過ぎ、倉橋は長粒種のコメを市場から発見して小躍りしていた。

 余り美味くないが品種改良を行えば短粒種を産み出せるとほくそ笑んでいた。



 麻袋一杯の塩、大豆、小麦、麹菌、酵母菌、温度管理は魔法、雑菌管理も魔法、そして期間は半年だという。



 では倉橋の行った工程を簡単にご説明しよう。

 魔法に寄る完璧な殺菌を行った樽に障壁魔法陣によるコーティングが為される。既にこの男やらかしている。

 おそらくこの為だけに魔法を常連客の魔法師から教わったに違いない。



 蒸した大豆に良く煎ってすり鉢で磨り潰した小麦を混ぜて麹菌を振り良く混ぜてを丹念に行う。

 (むろ)と呼ばれる湿度と温度の高い麹菌が育ちやすい環境を作り出す部屋の替わりに魔法で作った魔法具が窓際に置いてあり、見た目はただの段ボール箱であった、側面に有田みかんとか芸が細けぇよ馬鹿。



 そして三日後、みかん箱から麹菌がしっかり育った大豆と小麦に食塩をわっさわっさと水を張った樽の中へと入れて攪拌。



 そして毎日毎日混ぜ続けて半年後、店の片隅に絞りあげられた生醤油が誕生した。だがそのままでは凄い速度で痛む。

 倉橋が醤油を入れる瓶を魔法消毒しながら、今正に加熱殺菌処理を施された醤油がとぽとぽと漏斗を通って一升瓶に詰められている。目の血走った倉橋は元より、俺も女子達も醤油を見つめる目が尋常ではない。


「お待たせしました皆様…我らが魂の味、醤油です。」


 コトリと小皿に揺れる醤油に全員の小指が伸び、指先にそれが付着した事を感じると、口の中に小指が迅速に納められる。

 安堵する。何故かは知らないが安堵する。


「味噌はもう半年以上お待ちください。」


 世間はタキトゥス公国との戦争に突入し、剣呑な空気であるが、食堂とは飯を客に提供する常時戦場である。

 ウナギを焼く焼き台の隣に石岡が担当する焼き台があった。焼き鹿、焼き猪を暴力的なものに進化させるものを倉橋が用意してしまったからだ。そう、焼き鳥のタレだ。

 倉橋だけでは手が足りず、増設せざるを得なくなった。


「店長!鹿タレ五!ウナ三です!。」


 最早ナチュラルに石岡店長であった。


「通な客には通な塩が必要だな。」


 常連客が頼んだウナギの白焼きを見つめながら板長倉橋が唸る様に呟く。


「行くのか?、死ぬなよ。」


「道理など何遍引っ込まさせたか知れないよ。」


 鰻を手際よく返しながら対面で鰻を待つ常連客と真剣勝負をしてるようなその空気感はどうにかならんかと思う石岡店長であった。



「店長、醤油と味噌を寝かせられる物件を探す許可が欲しい。それと味醂(みりん)を作りたいから資金も。」


 何も言うまい。止めても無駄だコイツ。

 味醂の一味(ひとあじ)が確かに足りないなとは判ってたけどな、やっぱ作るんだな…。



 商業ギルドのギルドマスターに倉橋が来たらプラン通りの金額を出して欲しい事とアドバイスを依頼して市場へ出掛ける。


 彼は彼で店長業が板に着いて来ていたが、それを自覚はしていないようだった。





 私たちは揃いも揃って朝が弱い。

 寝起きにチョコの一欠けらでもあれば何とかなりそうなんだけど。


「店長、カカオの実を探しに行って良いか?。」


「不許可だ!。」


 残念ながらこの世界、私たちが知る範囲にカカオは無いそうだ。

 いつも笑顔で接客がモットーのウチの看板娘の百合ちゃんではあるがお尻のガードが緩い。

 客から伸びる手にトレーで一撃をお見舞いする。


「ウチはそんな店じゃないんだよ、そう言う事がしたいならもっと稼いでそういうお店にお行き。」


「いっててて、まぁた、おかみさんに見つかっちまった。」


「だぁれが、おかみさんだってぇ?。」


 ギリギリと耳を掴んで持ち上げる。


「ひぃぃ勘弁してくれよー。」


「ダメだよ鞆絵ちゃん、もっとこう捻らないとー。」


 割とエグいのよ、ウチの看板娘は。


 五穀と麦と長いお米をブレンドしたご飯を丼に少し入れて焼きあがった具材を注文分盛り付けてトレーに乗せ、客席まで運び、お金と引き換えに渡す。

 このご飯の登場で更に集客が増えたが、お客さんが自分の家で再現しようとして悉く失敗していると聞く。


「ごめんねーそれウチの企業秘密だからねー。」


 出ました企業秘密。板長は気さくだが秘密は明かさない。同業者も食べに来て味の秘密を探っている様だが掴めないようだ。貴女が今背もたれにしている、その樽に秘密があるのだけど、言わぬが華というやつだろう。



 食後の一服として熱いお茶を出している。麦茶なのだが、此方の世界には麦をお茶にする習慣は無かった様で先ず先ずの評価を頂いている。

 倉橋君が醤油を作るときに麦を煎っている香りを嗅いで思い出したのだ。


「それなら六条大麦だな。」


 形状を図で書いて教えて貰えたので、翌日市場でウロウロして探した甲斐もあるってものだ。夏は当然冷やして飲む。これは絶対であり、日本人として譲れない一線なのだ。

 最近お客さんに怪我人が増えている。戦況は悪くないそうだが本当だろうか?

 また住む処を無くすのは嫌だな。



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