第三十九話 板長降臨
小荷駄を積める馬車に乗り王都近郊の森へ入る。
冒険者ギルドの狩猟許可証を取得し、堂々の狩人デビューである。
倉橋達也は叔父に教わった狩猟のイロハは元よりこの世界に来てより積み重ねた経験も手伝って駆け出しとは思えない成果を挙げている、とは言え、それはギルド登録を済ませる前の話であり一切カウントされていない。夥しい量の狼の牙や毛皮を換金しても駆け出しの新人であった。
本日より狩る獲物たちは糧を得るためだけでなく、この世界で明日を生きるための資金源であり、商品であった。ぶっちゃけると彼は肉を狩りに来たのである。
ところどころに転がっている人の死体から首に下がっている認識票が二枚ないか確認して、一枚なら報告済みとして放置する。
狩猟は命懸けだ、ましてや此処に居るのは掛け値なしの魔物である。
十人中一人が死ぬ程度のリスクなど一匹殺して持ち帰ればおつりが来て余りあるのだ。家畜は高等国民の食べ物なので下々の者は魔物を食って生きる。死にたくなければ戦うか働け、ニートが生きていける甘やかな環境など貴族にしかない。
猪、鹿、と来てやっと獲物らしい獲物と遭遇する。
這いずるドラゴンの幼生、ダークネスドラゴンである。
ヌルヌルとした体液に包まれ…
「ウナギだこれ!。」
迅速に槍で一撃の元地面に縫いとめると嬉々として馬車に駆け戻りズタ袋を持って駆け戻り電光石火で袋に放り込み口元を縛って梱包する、長さ二メートル超の大物だが三匹で打ち止めとなる、用意した袋が三つしかなかったのだ。痛恨の極みである。
喜びで頬が緩んで仕方の無い倉橋達也が、家路へと馬車を走らせる。醤油とみりんがないので白焼きとなるが、久しぶりの故郷の味に胸が高鳴るのを押さえられようもない。これは御堂尊がウナギと遭遇するより三か月前の出来事であった。
魔法で用意した氷を砕いて氷水を作りウナギを袋ごと放り込んで活動を鈍くさせる。
建築用の長く太い釘をぼろくなった大テーブルに一撃打ち付けて感覚を確かめるとやおらウナギを袋から出して頭に釘を打つ。
包丁を身を押さえつつ背中に差し入れ背骨に沿ってゴリゴリと背開きにする。
背開きで一度刃筋を通した向こう側へ骨をガイドにして更に開く。まだうねうねと動いているが尾の方の骨を折り、背骨の下に包丁を入れて身から骨を外す。
首から背骨を外して三つ折りにして鍋に入れる。肛門部分から腸を切り離し内容物が漏れない様にして首から器官を取り払い一滴も血を身に掛ける事無く、内臓を取り除き肝臓と心臓を別々のトレイに乗せて他の臓器は廃棄バケツに放り込む。
ウナギの頭と胴を切り離し胴はトレイへ頭は焼き台で兜割りにして焼かれる。勿論炭火だが倉橋曰く余り良くない炭であるらしい。違いなど判らないが。
三匹の大型ウナギの頭と背骨と尾が香ばしく焼かれて鍋で煮込まれているが、アレは食べるものではないという。
大テーブルに一枚大振りのウナギが広げられ金属製の長い串が打たれる。
鍛冶屋でこれよりももっと精度の良い物を作らせていると言ったがどうやら元々はテントの紐を張る金具であるようだ。
そして串打たれたウナギに肘を突き出して腕に塩を散らしながら塩振りをする。セクシー塩振りするにはサングラスがないとダメだろう。そんな半端なモノマネを俺は認めないぞ倉橋。
そして、板長倉橋によるウナギの白焼きが開始される。
滴る脂が炭に落ちる音と香り!。先程も頭を焼くときに嗅いだがどうしようもなくそそられる悪魔のような香りの暴力。
皮が焼けた香ばしい香りが店内どころか店の外まで漂っている。稀に木戸が開けられるような挙動をするが鍵がかかっているので開かない。
満を持して板長倉橋が長さ二メートルのウナギを裏返す!、炎が沸き立ちウナギの余分な脂が振り落とされ焼けた香りが身に吹き付けられる。
倉橋の痛恨の呟きがそこで唸る様に漏れる。備長炭なら…と。お前は何処の職人だ倉橋ぃ!。
四人前に切り分けられたウナギが私たちの前に並ぶ、お預けを喰らった樋口さんから漂う気配が尋常じゃない。
石岡くんから各自に箸が手渡され、倉橋君の号令で全員の背筋が伸びる。
「合掌!。」
「「「「いただきます!!。」」」」
至福の時、蕩ける鰻の身が舌の上で、極上の脂と塩だけの単純な味…であると言うのに「一番いいウナギを頼む。」と頼んだ後届けられた客がドヤ顔で何か敵を打ち倒すヴィジョンが見える。
素材の風味が生きた極上の白焼きの隣に、お吸い物がある事に気づく…何気にそれを手に取り一口飲んでみる。鰻屋で味わえる至高のお吸い物肝吸いであった。
至福の時を終えて周囲の気配に気づく。時刻はお昼時、まだ営業日も決めていない上に名前も決めていない店の中から漂うウナギの香りに引き寄せられた通りすがりの町の人たちが店内を覗き込もうとしている姿で合った。
お吸い物を飲んで一息付いた倉橋君が串を持ってウナギの元へ歩いていく。
「三人にお値段設定は任せる。営業するかどうかもな、俺は焼く。」
なし崩しに営業するか?、値段は?…三人で相談する。店から新たに漂うウナギの香りが周囲を騒めかせる。炭の火が赤々と輝き、厨房の倉橋君が長いウナギを四等分にしたものを一枚づつ裏返していく。
馥郁たるウナギの香りを撒き散らす。
「今日は顔見せで試食というのはどうだ樋口さん。」
「それはいい案ね、どう西田さん。」
「皿は市場で結構買って来たけど一度に出せるのは三十人前よ、それでも割銭くらい貰わないと厳しいと思う。」
「無料は流石にダメか、よし、ウナギは俺が切るから西田さんは盛り付けを樋口さんは客を席に着けて手が空いたら俺もそっちに回る。」
腹の決まった三人に倉橋が難問を投げる。
「店名を客に周知したいところだな、石岡食堂でも俺は構わんぞ店長。」
さらっと今俺を店長にしたな倉橋!。
「ハンターレストランだから狩り暮らし?。」
「可愛い名前にしちゃう?。」
「地名と食堂で安直なのが一番判り易かろう。」
「「「じゃそれで」」」
アルディアス食堂、地名をそのまんま名前に採用する某食堂のパクリであった。
手渡すものを間違えていたので修正




