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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第三十八話 希望の足音

 クラスは四つ。収容される場所ごとに分けられている様だった。選別基準は恐らく容姿と体形だ。



 第四クラスは奴隷恪の使用人を教育するクラスだ、全員奴隷着で首輪と手錠と足には鉄球。時折怒号と絶叫が響き渡る。他のクラスへの見せしめの意味もあってその凄惨な情景は見たくなくても見る事が出来る。



 第三クラスは言語の授業と全兵士相手の慰問実技クラス。第四クラスとは別の意味で時折耐えきれなくなった生徒が絶叫を上げる。恋人の名前を呼んで必死に助けを求めていたが魔法で沈静化される。商品としての扱いなので物凄く手際がいい。



 第二クラスは普通よりは多少マシな容姿と体形、あとは処女である事が条件のようだ。言語と同時に家事一切を教育される。夜伽の実技はあるが金銭的価値に傷をつけない程度で仕込まれる。これは第一クラスと合同で行われる。ここで酒が飲めるか飲めないかで奴隷化するか娼館で市民として生きられるかが決まる。客を接待する能力が無ければ奴隷化することは言うまでもない。



 第一クラスは見目麗しくプロポーションが良く、処女であり酒が飲めて愛想が良い。そういう()達が集められていた。マナーの授業や高等言語、文物や歴史などの様々な客とのトークをこなせる知識を教育される。化粧も着付けも常に”そこにある”事を常態化するように毎日教育されている。





 奴隷と娼婦の養成学校の様なここは、私たちが捕らえられた森よりずっとずっと遠い場所。

 私の定位置は全クラスの動静が見渡せる椅子の上。当然一人で身動きが出来る状態ではない。

 逆らえば最終的に私の様になるのだと乗馬の鞭で黒板を思い切り打ち据える音が室内に響く。

 私に手足は無い。つまりは”そう言う事”だった。




 私の面倒と言うよりも介護は第三クラスの担当だった。手を抜けば私の所有者に殺される寸前まで痛めつけられる。だから、彼女たちは真剣だった。

 不備があれば食事が抜かれ、私が痛みに声を上げたりなどすれば、変態揃いで別枠として夜だけは隔離されるいわく付きの兵士たちの元へ慰問隊として派遣される。殺されないだけマシというレベルの責め苦を受けるのだと私の所有者は語っていたが、どれほど恐ろしい目に合わされるかなど想像もできない。



 老人介護の実習の様なもの……なので私はどうやらうってつけであったようだ。彼女たちが売られる先は終末を迎えた貴族の家であるらしく、もうすでに予約も入っているという。

 成績優秀とされた二人が常に私のシモの世話や食事の補助などを黙々と行っている。

 体調管理の実習でもあるので、食事の回数やトイレの回数、体温や体調の変化、生理周期。全て把握されている。死にたい。



 中でも体調が悪いと判断されるとクラス全員が針の(むしろ)に座らさせられたように言い知れぬ緊張感に包まれる。

 非があろうと無かろうと担当していた者たちが折檻を受けて教室内に転がる。慌てて魔法師達が治癒魔法を掛けて彼女たちを医務室へと連れて行くが私の所有者は中々怒りを納めない。



 タキトゥス公国の奴隷商人が、私を私の所有者となる前の彼に、死ぬまで殴打されたのは何時の事だったか…。

 商売人にとって商品とは、詐欺を働くとしても真剣勝負で無ければならない。騙されるような濁った眼をしている方が悪い。そう言って憚らない。

 手足を斬られた私を見世物として売らないのなら何故手足を斬った?、となるのだ。

 売りに来る場所を間違えたから殺した。それが罷り通るこの場所に戦慄を覚える。価値観が根本的に違う。



 私はこの施設の付属物で彼女たちを戒める見世物。そう言う立場であった。





 タキトゥス公国の滅亡と公都タキトゥスが魔法により完全に消滅してタキトゥス湖となった。

 ただの一行で説明するならこんなにも不親切な話が私の所有者の配下とされる人物の声で漏れ伝わる。

 私たちの人生を滅茶苦茶にした国が滅亡したのだ。でも全然実感が湧かない直接この手で報復したかったのかも知れない、手はないけれど…。

 そして私は聞き逃せない名前をその耳にする事になる。


 ミドウタケルの手によってタキトゥス公国民は全て奴隷に落ちた…と。


 不意に涙が零れる、止まらない、涙が止まらない。

 必死に嗚咽を殺そうとしても口を覆う手も無い私にそんな事は不可能だった。


 私は泣いた私たちを奴隷に追い落とした者達が奴隷に落ちた事にでは無い。

 御堂君が生きていた。

 私はそれが嬉しくて泣いていた。手足は落とされたが耳を潰されなくて本当に良かった。

 こんなに嬉しい事が聞けるなんて思って居なかった。無事で良かった。



 突然泣き出した私に困惑した二人の世話係がタオルや治癒魔法で懸命に対処しようとしているが、嬉しさから込み上げるものをそう簡単に収められる筈なんてないでしょう。



 手足の無いこの身を思うと熱も冷める。

 一頻り涙を流した後私は暗い情念に身を焼かれる。


 ──────希望は劇薬。


 差し込んだはずの眩い光が私を焼き焦がしていく。それは余りにも残酷な、それは余りにも酷薄な理不尽に蠢く紅い灼熱。

 夢を見ていた、放課後夕陽が照らす教室の片隅で彼が眠っている。

 私は彼を見ている、秘めたこの想いを胸に。その幸せそうな寝顔に、説明できない苛立ちが募る。

 彼の机から落ちそうな教科書を手に取り、その幸せそうな夢の世界をパシンと一撃して壊してしまう。


「御堂君!起きなさい!。」


 幸せだった、喩え様も無く幸せだった。

 戻りたい、あの日、あの時の教室に戻りたい。

 今度こそ私は間違えない、やり直せるなら間違えない。



 あの時私に勇気があれば、少なくとも今この椅子から飛び降りて死ぬ事が出来る。

 決着も整理もなにも付いてないこの魂では躊躇い過ぎて死ぬよりも苦しい場所に落ちてしまうに違いない。

 だから、私の未練よ、私を雁字搦めにする無数の腕たちよ。

 殺して…いっその事、私を殺して…。



 不意に耳元に、冷たい吐息が吹き付けられる。

 介護する二人は必死に治癒魔法を唱えてマナを注ぎ込んでいる。

 

 冷たい指先が私の心臓と脳髄に触れて愛おしそうに撫でる。

 何かを確認するように私の傍に、それは佇む。

 それは見えない同伴者の様に。

 それは見えない手足の様に。

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