第三十七話 氷の宮殿 ~大食堂~
半ば強引に連れ去られた形での入城となった氷の宮殿で、僕は一人凍える寒さに震えていた。薄手の寝巻に裸足で手荷物一つ。せめて靴位は用意して欲しい、そして光よりも早く帰らせて欲しい。
あまり失礼にならないように要望を伝えたが蝙蝠の翼を持つ執事が靴と防寒着を揃えて持ってきた事で早期の帰宅は防がれた恰好だ。
着膨れしてみっともない等と言われたが、人間と懸け離れた方々とでは寒さに対する耐久力が段違いだと告げて範囲温風魔法複数発動させる。
人の弱さと脆さを知らなかった様だが、範囲温風魔法に近寄ると物凄く熱かったのか涙目な御姫様であった。
「こ、このような熱さでよぅも生きておられるのぅ…なるほどのぅ。」
まじまじと観察されるも大テーブルの端と端に座り会話をする分には問題ないと判り速やかに自分の席へと戻って行く。
蝙蝠の執事は何事も無く俺への料理を優雅にサーブするその姿と所作をじっくりと見て、マジョルドムとしての差を痛感する、頂きは果てしなく高い。
ズタ袋の中身を蝙蝠の執事に告げて差し出すと、笑顔でそれを受け取り優雅な一礼を残して退室してゆく、それから程無くして御姫様の手元に菓子が品良く盛り付けられた皿を水平に持って行き、僕からの贈り物であると一言添えて音も無く皿を置く。なんとも板についた皿の扱いに見取り稽古をしている気分になる。
「約束を覚えておったのか、ふむ。人の世に深く係わってはいけない制約があるがこれほど良い菓子があるならば部分的に解放を願うのが良いの。」
菓子を味わいながら制約について尋ねると幾つか興味深い話を聞けた。
「お主が知っておるかは、さて置いてのぅ、本来は人の世界に顕現出来なくされていた”私”そのものが通れる道を開いた事実を以て、お主にはなさねばならぬ儀式があるのじゃ。」
「儀式?…それで此処に誘拐同然で招いたと?。」
「誘拐ならお主が先じゃ、最初は執事一人もおらぬ場で幼い眷属が寄り集まっての、好き勝手に遊ばれたからのう、大変だったのじゃぞ。」
言い知れぬ労苦が滲んだ目で睨めつけられる、これは命の危機になりかねないので速やかにご下命をこなさなくてはならない。
「成る程、それであるなら致し方ありませんね、不肖ミドウタケル名付けさせて頂きます。」
全身に冷や汗が駆け回る。もちろんそんな持ち合わせなどありませんとも。
梅、竹、松、蜜柑、檸檬?年齢を度外視しないときっと朝日は見れない。あるなら働け灰色の脳細胞よ。
さぁ、どうすると心の中で行われた複数の僕による会議が開催を待たずして解散。つまり引き出しが略スッカラカンなので直感を信じて名付けることにシフトする。
「メリッサ。」
ハーブの一種レモンバームの別名だ。本当に引き出しが無いにも程がある。頭を抱えるが、御姫様を薄目で見やると……割といい表情をしている…のか?。
「ギリギリまで不穏な空気が漂っておったが…良いの!。」
「残念…いえ、メリッサお嬢様御芽出度く存じます。」
蝙蝠の執事による一礼の後メイド達が整列し一斉に御姫様の命名を言祝ぐ。
「嬉しいのは、さて置いての。執事、タケル殿を送って差し上げよ。そろそろ時が動き出す故に迷惑を掛けてしまう。折角対等にまで戻ったのじゃ、これで神も文句を言うまい。」
「神?神がいるのかメリッサ。僕達をこの世界に連れてきたのは神なのか!!!。」
「おる、だがのぅ、ここから先は貸し借りが存在せねば我らは語れぬ。許せタケル殿。」
「転移門は自我があっては大怪我致します故ご容赦を。」
ブツリと何もかもが寸断された感触があった。多くて二百人少なくても百人以上の借りを返さなくてはならない何かがいる。それが神なのかは知らない、だがあの二人にはその糸口を掴む上でこれからも係わることになるだろう。
何れ、時が来たら語って貰うぞメリッサ。そう思う事で耐えるしかない。
超常の者が居ると言うならば、僕達を喚んだ何かも居るという事だ。それが神であったとしてもやはり仇を討たなくては、この血塗れの両手は何時までも血塗れなままだ。
翌朝、ベッドから目覚めて普段よりも調子の良い身体の具合を確かめる。
氷の宮殿で食べたものの効果だろうが、マナの巡りが恐ろしく良い。
新米兵士の朝は早い。
呼子の音が鳴り軍服を着用し寝具を折り目正しく畳み、歯磨きと洗顔、頭髪を整え着帽、帯剣又は帯槍。
宿舎前広場で集まり本日のパトロール地域の割り振りを受けて出発となる。
王都カラコルムは広い。驚くなかれ一日の仕事がこのパトロールだけで終わる。それ以外は指示がない限り何もない。
町の人に顔と名前を覚えて貰うのが一番の仕事であり、副次的に不穏な者を探す程度だ。戦闘と捕縛は新米の仕事ではない、捕縛術の訓練は勤務後にあるが未熟なうちは訓練のみである。
元々治安の良い場所を周っていても意味がないので裏路地を警邏しつつ繊維の荒い袋をもってゴミ拾いを行う。建国王が日本人だった影響だろう町の人たちは隣組という昔懐かしいシステムと回覧板を回して細かな事件・事象、住民会議の結果等々を周知と理解を得ている。
多民族の集まりが日本的な生活をしていると言えば判り易いかもしれない。
過去どれだけ多くの日本人がこの世界に連れて来られてしまったのかは調べて居ないから判らないが、可也多いのかもしれない。
街路樹にベンチ、据え付けの灰皿にゴミ箱。僕たちの時代にはテロリストが爆薬を仕掛けるとして撤去されたものが置いてある。食事を扱う商店では朝の仕込みと早朝営業の店から良い香りが漂ってくる。休みの日にでも順番に通いたい、ディルとローラでも誘って食べに来てもいいかもしれないな。
最終的に本部近くを通る度に異常が無ければ判を押し、異常と報告があればチェックシート方式の報告書に自由記載を行う欄がある。
凄く良く出来ている、効率を突き詰めて磨き上げた、良い意味でのお役所仕事だった。
新人は必ず見聞きして得たものを報告する義務があるので、必ず報告書記帳である、楽はできないのだ。
魔法名ミス修正
一人称ミス修正




