第三十二話 剣の英雄ロック
村に不定期で訪れると言う行商人を村人総出で出迎え、棒闘士は念願の剣闘士へのクラスチェンジを果たした。
彼自身が獲得した無傷の狼の毛皮二枚と可也値の張る一振りだが棒より絶対マシだ。
今や魔獣狩りの風格を見せる村の若者達と共に俺たちは試し切りに相応しい狼か豹を探しに出かける。
呆れながらも見送ってくれる西田さんと、食いしん坊ではなく樋口さんの声援を受けて石岡が剣を掲げる。まっこと益荒男振りが見事也。
魔力を込めて槍を振るう方法を小学生くらいの村の悪ガキに教わった俺は、草を払い倒木をなぎ倒しながら隠れ潜む魔獣の気配を掴み脅しながら追い立てる。
身体強化の基本とも言える肉体一点強化のお陰で足の親指の踏み込みが増すが、靴を痛めるので禁止だ、そこで握りを強化してちょっとした倒木なら吹っ飛ばせる程度にはそこそこ鍛える事が出来ている。
さて、剣の英雄の様に、剣を鞘ごと杖の様に付き乍ら獲物の到着を待っている姿がサマになっている石岡に魔物が向かっている事を示す魔法弾を打ち上げる。
小物は俺たちが仕留めて今夜の宴で戴く。祭りなので逃がしてはいけない。
剣の英雄とか書くと大げさなように聞こえるだろうが、石岡には剣の才能がある、眩しいくらいの才能だ。
本当に何処かに聖剣なり名刀なりがあれば是非揮って頂きたい…ただもう一つの才能”人斬り”を持っているかは別なのだとか…叔父の受け売りだから良く判らんけどな。
どれだけ強くても人を斬れなきゃ宝の持ち腐れと言われてもあっちの世界じゃ必要なかったじゃん…。
飛び掛かってきた狼の頭が一刀両断で石岡の後ろへスッ飛んでいきゴロゴロと前転して血だまりに沈む。
首から下は売り物である、お見事。
猪の心臓を穿ちながら石岡の戦いを見物する。切れ味はまぁまぁだろうが棒きれよりは重量感があり攻撃を受け流したり弾いたりすることに不安はないように見える。
お次は魔獣化した狼で身体強化を使ってくるタイプだ。試し切りには丁度かやや不足と言ったところだろう。
逆袈裟斬りで吹き飛ばされた狼の左前脚が空を飛ぶ。噛みついてきた狼を鞘で弾いて距離を取る。
鞘を腰に戻し剣を両手で握りなおすと迷う事無く狼に突っ込み脳天を唐竹割にする。
やっぱり物足りなかったか。
さて、ここ最近滅多に獲れなくなったと言われる大物を石岡に倒してもらうとしましょう。
「真打登場だ、相手にとって不足はないだろう。」
「一寸前ならご遠慮願いたい大物だったなぁ。」
その巨体を前にゆったりとした構えで正対する。
角と牙と巨体と黒い体毛、そして成長途中の翼。
ベビードラゴンと呼ばれるこの辺りで結構強い魔獣の王である。そして美味い。
牙と剣が激しく火花を散らす。
俺は要らんチャチャを入れる尻尾を効果前に弾き返すのがお仕事だ。下らん行動をしたら翼を斬り落とすつもりであるのは何度か吐こうとしたブレスの起点で翼を滅多撃ちしたことから気付いて頂けている筈だ。
俺は言っている「力だけで戦え」と。
マナを用いたしょうもない無粋な攻撃を放とうとする度に一枚づつ鱗を剥ぐ。槍の穂先を隙間に差し入れてベリッとひっぺがす。
石岡と力と力でやり合う分にはそんなことはやらない。
また雷撃を放とうとした矢先に首周りの鱗を三枚戴く。ついでに真面目に戦えとばかりに石突で延髄を突いて意識を飛ばしてやる。
「そろそろ殺るのか?。」
「いいや、お仕置きだ、それよりどうだその剣の使い心地は?。」
「可もなく不可も無くってとこか。」
「いや、人が斬れるかを念頭に振ってみてくれ。」
無言で俺を見つめる石岡に返事をする前に、ベビードラゴンが目を覚ましたので笑顔で目覚ましの鱗剥ぎを敢行する。
多少怯えの混じった目でこちらを見るが、俺の笑顔に一歩後ずさりする。既にこのベビードラゴンを呑み尽くしたがお前の相手は此方に控える新進気鋭の剣闘士様だ。
試し切りの的になって果てろ。
雄叫びを上げて数度剣戟が響き、斬光が血の飛沫を曳いてヘビードラゴンの首と共に転がった、まだこちらを見ているベビードラゴンの鬣を掴んで首を抱えて石岡に渡す。
「そろそろ戦争が始まるみたいだ。」
遥か遠くを見つめながら一つ溜息を吐く。
いつしか青年たちが集まりベビードラゴンを部分部分に解体して手早く持ち去る。
今宵は宴、美味い肉を食べて祝う事は最も正しく尊い。余所者ではあるが村のしきたりを守って生きる上で、全体への貢献は必須なのだ。
行商人から仕入れた酒を酌み交わしながら、そろそろ始まる戦争について行商人の方から皆に告知があった。
村を捨てて王都に逃げよ、タキトゥス側には受け入れる気が無く、既に川向うの村落は襲われて跡形もない。
要約すると内容はこんなところだったが、俺は腑に落ちるものを感じて得心した。道理で道中に村が無いわけだ、と。
ベビードラゴン肉の串焼きを絶賛する行商人からあれこれ取り留めのない話を聞き出し、調味料になりそうなものを買い、その場で試してみる。
名前と味をメモして鰐や鹿にもスープにも入れて味見をし続ける。
クジングナグに行けば、この世の全ての香辛料が手に入ると聞き、それは何処にあるのかと要所要所の地名を聞き出しメモを取る。
行けば多分作れる。俺の得意料理カレーライスが、だ。
宴も酣、俺と石岡が延々と呑み交わしていると村長が一緒に王都へ行かないかと誘ってくれた。
当然と胸を張り道中の警護を買って出る。
余所者の俺達から村長に故郷を失った俺たちの出身地をこの村にさせて欲しいと願い出る。
交換条件というかこれを報酬として金銭の類を受け取らない事にしたのだ。
この国風の名前に改める事となるかも知れないが、剣の英雄ロックはコッソリと広めてやりたいものだ。
俺の嫌な笑顔に何かを察した石岡が俺の盃にトクトクと酒を流し込む。
「悪い事を考えるより呑んで寝てしまえ。」
西田さんと樋口さんを差し招き俺の盃に交互にお酌をさせる。
これが世に聞く「嵐のお酌」かと気付いた処で俺は限界へと達した。
誤字修正
最後の最後に誤字…。
初期プロットでは岩谷でした、改名理由は言わずもがな…。
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