第三十一話 厄介な商品
その日、奴隷商人組合の商会窓口長アレクセイは、訳アリ難アリの奴隷として売られた百人の女達に辟易としていた。
言葉が通じないのは良くあることだが誰も判らないと言うのは珍しい事であった。確かに言葉も文字も書けているが我々には判らない。これは奴隷商人組合としても過去に1.2例あるかないかの珍事である。
取り合えず身に着けている物が高価そうで統一感溢れるものであり、化粧品や宝飾品、遺物、等々と金目のものも合わせて査定せねばなならないので一先ず全員裸にして水をガンガン掛けて巨人族の女等に洗わせた。
洗浄代金をさっ引いてオークションの際に着る簡単な上着と腰巻を用意させて次々と着せて大部屋に放り込む。洗ってある石牢とは言え中はアンモニア臭い、嫌がるのを無理やり放り込むと怪我をするので沈静魔法で抵抗を薄れさせて次々と奥へ送り込む。
各査定品はそれぞれのギルドへ送られ、金の到着を待つばかりではあるが言葉が通じないと言うのは性奴隷か単純労働奴隷しか使い道がない。
教育を施すにしてもそれぞれのご主人様の裁量に委ねられる事となる。
売り注文を出されたお客様の素性は詮索はされないが略間違い無く軍人であろう。しょうもないごまかしなどすれば自分が奴隷に落ちる。
組合としては国に幾らか恩を売れる程度の事なので多少不満の残る取引ではあったが、査定に良い結果が巨人族による股開き目視検査で発覚する。
査定額が高い女たちは別室へ、その中でも顔立ちの整った女たちは別室へ、通常の部屋で見目宜しくない者達はより環境の悪い地下牢へと振り分ける。
組合の査定官たちと細かな打ち合わせを行い、病気の有無を魔法師に検査して貰う。これが一番時間がかかる。マナが減ったら寝なくてはならないからだ。
非常勤の魔法師に高めの追加料金まで添えて健康診断結果を纏める。あとは財務課とギルドマスターの裁可が降りれば無事お支払いとなる。
見てくれが悪くキズものとなれば不良在庫になりやすい、おまけに言葉が通じないとなると下女の仕事も在りはすまい。
脱走の相談や不穏当な発言があった場合施設全体が赤く光る。建国王の御代に作られた警報魔術の一つでもあるがあの訳アリな女どもの言語を知っている…つまり古い時代には当たり前に存在した古代語か何かなのだと推測できる。
痛いが傷の残らない針付きの棒で刺された女たちの悲鳴が聞こえる。どうでもいい事と断ずることが出来る程度の良くある日常の一コマである。
この魔術式は口に出してはいけない単語に反応して、口に出した当人を光らせるという意地の悪い代物だ。
謎の部分が多すぎて今では複製すら出来ない失われた多層魔法のお宝の一つでもある。当然と言ってはなんだが厳重な警備でギルドマスター諸共守られている。
綿密なボディチェックが行われマスタールームへ続く道のロックが解除される。
古代の捕虜収容所と古い文献に記されていたが今ではここ以外の施設の至る所が穴だらけで、崩れた壁にドアが設置されていたり、増設された牢屋や商品紹介所、奴隷紋刻印サービスや各種届出窓口などが立ち並び、面影は殆ど残っていない。
「すまんなアレクセイ出発は明日だと言うのに。」
片手に書類を持ったまま出迎えてくれるギルドマスターに慌てて背筋を伸ばし深く頭を下げる。
さっと目を通すと秘書官に手渡しチェックのあと承認。と言い置いてソファに座るように薦められる。
「今回クジングナグにお前を派遣するのはザン・イグリット教団への牽制のためである事は聞いていると思う。」
同じ人身売買でも宗教教化するかしないかの違いだけしか無い、生臭教団である。
猛烈にキナ臭い厄ネタであるが、そういうところに金や商売の糸口が転がっているのだ、行かないなどと言う愚か者に掴める成功などは在りはしない。
天に向かって口を開けて食い物が与えられるのは赤ん坊の内に卒業しておいて欲しいものだ。
古の都クジングナグ。
太古の昔、神はここに宗教の芽生えを知る。六国相争う世界に降臨し一つの国にその統治権を与えた。
内乱によって滅んだあと多くの文献が燃やされ灰になり、口伝で経緯が遺された為に殆どの事象や歴史が物語と講談と融合して原型が残っていない。
今、クジングナグに住まう者達は世界各地から集まった、旅する者たちが寄り集まって出来た商人国家であった。
活気ある町並みには幾つもの露店が並び、露店協会ギルドの警備員が迷子の世話や諍いごとの仲裁に当たる。
治安を守るために私兵を持ち回りで提供し商業ギルドが国を運営する。
場所的には僻地であり地理的には戦闘には不向き。優位性の確保は全て金で補われる。
聡い者しか生き残れない、勤勉であり俊敏な者しか勝ち残れない。そして、全てを捻じ伏せる豪運無くしてのし上がれない。商人たちの憧れの地がここクジングナグであった。
陽気な音楽と良く冷えたフルーツドリンクに焼き小麦に包まれた肉料理を齧る。
最先端のファッションとギラギラした目が街を練り歩く。
当然夜には歓楽街が嬌声と怒号を上げて観光客と商人達をお出迎えしてくれる。半刻だけ泊れる宿や特殊な風呂であれこれ楽しむ事だって可能だ。
その中でも美味い酒が呑めると評判の赤い風車の描かれた淫売宿が人気ナンバー1だ。
ただし、今は真っ昼間。健全な時間を過ごそうではありませんか。
クジングナグは古都の様式がそのまま残っているため、三段階の階層に別れた町並みを形成している。
だが四階層目について紹介することにしよう。
まず一番大外の貧民街。誰でも住めて何時でも死ねる。命の値段も犬以下の、使い捨て労働者と魔法治療の実験はまずここで。何もかもが即断即決、速くて安くて軽いがモットーの掛け値なしの地獄である。
続いては一般商人と市民の居住区で、安宿ならココがお勧め。鉄工所などの騒音の厳しい施設もここに集中している。
第二階層は食品や織物などの生活必需品を多く取り扱っている。貧民街からの窃盗が酷かったので一階層上に設置された。その結果は貧民街で大量の餓死者が発生した程度であったそうな。尚、歓楽街もこの階層にあるので一番人が多い階層だ。
最後はギルド階層だ、ここでは国賓や途方もない商売が行われるため、小汚い者は職員であろうと入れない。エリート中のエリートの階層であり高級娼婦街もここに存在する。
麗しの商人の都クジングナグは遥か遠い。