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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第三十話 グラディエーター

 村に着いたのは狼との戦闘を三度乗り越えた朝であった。

 全部毛皮として戦利品となってはいるが、無様な事に左腕を噛まれて骨まで折られた俺は石岡に背負われたまま熱にうなされていた。

 言葉の通じない村人にも俺たちの窮状は伝わったらしく見るからに神父さんといった姿の中年男性が慌ててやってきた。

 飯を食べるジェスチャーや入浴のジェスチャーを石岡が身振り手振りでしているのを認めてから、俺は手に持った毛皮を神父に差し出し合掌して意識を失った。

 女子二人の声が聞こえたがもう意識を保ってなどいられなかった。



 俺が意識を取り戻したのは五日後の昼だった。枕元で居眠りしている樋口さんから漂う石鹸の香りが妙に印象深い。

 見慣れぬ天井を見上げて左腕を上げると”噛み砕かれた痕跡”がキレイさっぱりと無くなっていたのである。これには大層驚いた。

 五日やそこらで治る様な怪我では無かったはずだが、これも魔法なのだろうか…。

 土間に帰宅した石岡がやってきて、隣で眠っている樋口さんに配慮して小声で俺が眠っていた間の事を話してくれた。


「そうか、これは何か獲物でも獲ってきて礼をするしかないな。」


 トロトロに煮込んだ野菜のスープに鹿の干し肉を入れたものを味わいながら今後の予定を立てる。

 予定通り神父さんや村人から言葉を教わっているとの事なので、俺もキッチリと追い付けるように学ぶ旨伝えて欲しいと遺志を伝えるとまた眠る。

 病み上がりに無理は効かない、身体があっさりと起きている事を拒否するからだ。



 西田さんと樋口さんは村の女性たちと共に洗濯や野良仕事をしていると言う。

 神父さんに言葉を習いながら、毎日狩猟を続けていると二日に一度くらいはなんとか獲物を獲得出来るようになった。



 そんなある日、ティシフォンさんとこのエセルちゃんが狼に襲われていた。

 黒星を付けられた恨みもあり村で備えられている槍を手に駆け足で助けに駆けつけた。…御免、足元に縋りつかないで、負けちゃうから。


 重厚な殺すための穂先がついたL字の刃がこの槍の特徴だ。

 軽く振り、しなりを試すと狼が唸り声をあげる、あら?怯えてるのかな。

 それはたぶん俺が腰に巻いている同族の毛皮が原因かもしれないが申し訳ない、コイツに付けられた黒星で左腕が疼くから相手してくれ。そして石岡早く来てくれ、エセルちゃんがしがみ付いてて俺動けない。



 上半身だけで狼の攻撃をいなさなくてはならない。

 いや、難易度高いからね!。

 槍の穂先を常に狼の進行方向に向けて行き足を殺す。

 攻めに回るのは今は難しい。左足を後ろに右足を前に、エセルちゃんを庇い乍ら槍を回して機先を制す。

 力任せに左足を跳ね上げエセルちゃんを吹き飛ばして左手でキャッチする。

 猛ダッシュで後ろ向きに下がると狼が追い縋って来る。背を向けたらやられる。

 エセルちゃんが頭にしがみ付いてきて視界が半分失われる。ヤバい、マジ石岡早く来て!。



 他の村人が俺とエセルちゃんの修羅場に気付いたのは村の近くまで狼を引き連れて撤退し続けて半刻くらいであろうか。

 エセルちゃんに村まで走る様に頼んでみたが頭をブンブン振って離れてくれそうもない。

 ままよと槍を二度突き出し狼の出足を突く。外れてもいい、行動の起点を潰せば睨み合いが続けられる。



 待望の待ち人が来たのでエセルちゃんを剥して石岡に張り付かせる。

 気心知れた彼は脱兎の勢いでエセルちゃんを担いで逃げていく。

 追いかけようと飛んだ狼の阿呆な隙を逃してやる気など俺にはさらさら無かった。

 心臓を一突き。

 着地に失敗して転がる様に大地に落ちる。逃げるものを追うのは楽しいだろうけど今戦ってる相手を忘れて貰っちゃ困るよ。



 狼の死体を担いで村の水場まで運び解体しようとするとおばちゃんたちが笑顔でその作業を替わってくれた。

 エセルちゃんに顔面に抱きつかれ視界ゼロになったまま盛大に笑われる。


「その状態で狼に勝てそうか倉橋。」


「無理だわ。」


 村長に槍を使わせて貰った礼をすると逆にお礼を言われる。片言でも意思疎通ができると言う事は素晴らしいと感じる。

 お礼をさせて欲しいと言う健気なエセルちゃんには言葉をもっと教えて欲しいとお願いすることにした。

 我々四名の言語能力は残念ながらエセルちゃん以下なので丁度いいのである。





 度々狼との戦闘を行っていたので石岡にも、狼との戦いを経験させようと試みる。

 叔父の指導で身に着けた槍捌きを村人数名と鍛錬しつつ石岡にも教えていた。

 槍が己の牙であり、徒手空拳もまた牙である。

 牙と爪をひけらかす相手に、こちらも堂々とひけらかすのである。自信のある方が勝つ、慢心まで行けば俺の様に左腕を噛まれるだろうが、良い緊張感の海で泳げるくらいまでは鍛えたいところだ。


 槍を持った村人に村を守護できる位置に待ち構えて貰う。

 俺たちが死んだら彼等が集団戦で仕留める手筈だ、その時は全力で頑張って欲しい。

 石岡の肩を叩き力が入り過ぎている事を伝える。


「いいか、アレは唯の犬だ、貸金業の犬だと思え。」


「どんな喩えだ。」


 無論叔父からの受け売りだ、昔そんなブームがあったのだという。

 まずは思い切り良く踏み込んで畳みかけるように一撃一撃を重く突き込む石岡。

 質実剛健を地で行くますらお振りである。物凄い振り回し速度で左右から槍を振り、狼の前に死をチラつかせる。

 まずは挨拶のようなものだが、石岡は槍よりも剣を持たせた方がいいんじゃなかろうかと思う。

 再び突きを放ち恐ろしい振り下ろしを狼に見舞う、横回りに飛び掛かってきた狼を袈裟斬りで叩き落す。

 剣なら今ので上半身と下半身がオサラバだ。



 結論として石岡が戦った狼がどうなったかと言えば、決定打はなく刀傷の無い全身打撲と骨折で息絶えた。

 毛皮がとてもきれいな戦利品となりましたとさ。


 何処かに剣は無いものかと村長に聞きに行った際に料金として毛皮を預けることにした。

 石岡にも異論は無く、剣の方が向いていると言う俺の言を大層喜んでいる。


 後日、穂先を取っ払った棒で狼を殴り殺す石岡を見て、自分自信の存在意義を見つめなおしたい倉橋達也であった。




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