第三話 前門の象!後門の竜?
句読点、ルビ、多少の言い回しを追記、再読しなくても大丈夫です。
遥か遠くに見えていた戦象部隊に、盛大に爆裂魔法が降り注ぐ。
秋晴れの心地良い風が初夏の熱風に変われども、戦場を覆う血生臭さが吹き飛ばされる事は無かった。
左翼の騎馬隊の合流地点であった、ズウリ川の畔を僕たちは守っている。
戦象部隊の前進を妨げる拠点防衛だ。
敵騎馬隊と正面から渡り合い、時間を稼ぎつつ渡河を迎え撃つ算段らしい。
当然死人は出る。
気を抜けば死ぬ、抜かなくても死ぬ。
ズブリとした重い手応えに合わせて槍を抉るように回しながら外側に振り、斬る。
キッチリと腹腔内に空気を入れてやる事で、致命傷を与えなくてはならない。
出来得るならば太い血管を傷つけてやれば確実だが、勝手が解らないのであれば落馬した敵兵にメイスなりで頭蓋を割るか、心臓を穿つ一撃で止めを刺してやると良い。
奪った命の数だけ生き延びられると言うのであれば、なんと救いのないセカイであるだろうか、そんな感傷を抱けるのはきっと恵まれた生活を謳歌した人間だけであろう。
合流してきた仲間の騎馬隊と足並みを揃えて後方へと退き、僕たちの部隊は小休止を得ることとなった。
剣撃と言うにはあまりにも鈍く、斬撃と言うにはあまりにも強引に過ぎる。
巨象の進軍に大地は揺れ、進む先のモノはひしゃげて潰れる。
その中に一人だけ異形の何かが雄叫びを上げて突っ込んで行く。
象の進軍に抗しきれず引き揚げる、憐れな仲間たちとは逆に向かって突き進み、戦斧の一撃で象の行き足を断ち割ると、大男は振り被った戦斧で象の頸動脈をズドンと轟音を立てながら一撃で切断する。
のたうち回って暴れる象を無視して次の標的を求めて歩き出すと、彼の愛馬らしき巨馬がのっしのっしと駆け寄る。
無造作に馬に飛び乗ると、戦象部隊の中で一番華美な装飾をしている白象を目掛けて駆けていく。
戦象狩りのウィリアムと呼ばれ賞賛されている兵士であった。
象を殺すとその場に巨大な肉塊が残る。
工兵達に緊張が走る。
引き揚げてきた騎兵の隊長が横陣を組み、工兵達に撤退を命じた。
「出来る限り時間を稼ぐが期待はしないでくれ。」
「分ってる…無理はするなよ。」
騎兵隊の隊長と工兵隊の隊長が短い会話を交した後、下流から大質量の水音が聞こえるようになる。
軽食を終えたお客様が食べごたえのある肉をご所望であると騒ぎ立てているのだ。
遡上してくる何かから距離を取りながら、隊伍を乱さず引き揚げる歩兵との間に騎兵が割り込み続ける。
幸いにも血の匂いのする象に向かってズリズリとお客様は這って行く。
うねうねとのたうつ動きが、何時騎兵を襲ってもおかしくはないのだ、大振りの尾撃を見舞われれば騎兵と云えども一溜まりもない。
ウィリアムが象を殺す理由の半分は味方を保護するためである。
つい先程の戦場で難攻不落であった象を屠る方法を彼は手に入れたのだ。
戦場に死が満ちたとき、稀に異界への門が開き、ザイニンが召喚される。
黒衣黒馬の騎士がウィリアムの前にのっそりと顕われ無造作に戦斧を叩きつけてきたのである。
受ければ死ぬと判断し、長槍の石突きでもって戦斧の側面を力任せに突き弾いた。
黒衣黒馬騎士そのものには畏怖を感じていない自分に、若干の違和感を感じながらも戦斧からは目を離せない。
よろめいた筈の騎士から焔のような眼光が迸り、歪な角度に傾いだ体勢から、再び恐怖の旋風が巻き起こる。
―――打ち据えるのは戦斧であり、この騎士は只の人形……。
槍に仕込まれているマナストーンに魔力を流し、戦斧の軌道を撃ち込みで強引に逸らす。
そのまま流す動きに乗せて、黒騎士の手を切断する。
片手で重量兵器を担ぎ、騎士が咆哮し黒馬の腹を蹴り突進を開始した。
「穿て!!!。」
槍に掛けられた魔法が起動する、風を巻き風を凝縮し猛烈に回転する。
ウィリアムの手から爆ぜるように飛翔した槍は戦斧に激突し騎士の手から吹き飛ばされる。
突進してきた騎士は風船が弾けるように黒馬とともに霧散した。
ウィリアムが戦象部隊の近くに居ようとも、魔法師団にとっては与り知らぬ事であった。
広域殲滅魔法を詠唱し、励起させて魔力を汲み上げて形にする。
細かいことを知らない僕の頭を小突きながら、励起した魔法が、おいそれと止められない事だけ分ってりゃ良いと笑いかけられる。
遠くから魔法の発動を眺めていると、退却中の歩兵と殿軍を務めている騎兵隊が見えた。
「竜だ、三匹も居やがる。」
速やかに隊長に報告に走る兵士を見届けると、僕とノットは周囲の隊員達と共に取り急ぎ援軍へと向かった。
デカい竜との死闘が始まるのだと思うと、恐怖より先に蒲焼のタレの臭いを思い出して腹が鳴る、食い意地の張った身体に情けなさを感じざるを得ない。
とは言え少数の僕たちが出来る事は正しい逃げ道を彼らに迅速かつ精確に流布することである。
竜は我々よりも美味しい象の肉に向かっていた。
途中まではそうであった。
一匹だけ僕と目が合った、ぬるぬるとした体液を揺らしながらこちらに向かって進んでくる。
ウナギ職人さんの力を借りたい、凄まじくデカいが紛れもなくウナギだ、アレ。