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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二十九話 ダンス・ウィズ・ウルブズ

 干し肉の山を各自の鞄に詰め込み、ベースキャンプ最後の食事を終えて旅にでる日が来た。

 周囲には獰猛そうな魔獣らしきものがチラホラ集まって居るらしく偶に唸り声が聞こえる。


「住み慣れればどこも名残惜しいものだけどさ。」


 曲がりなりにも屋根と壁のある生活に安堵を感じていた西田さんの頭をポンと叩き歩くことを促す。

 間違いなく石岡が居なければこの二人は生きてはいられないだろう。


「倉橋はさ、どうして何時もそう冷静なの?。」


 不意に食い意地の張った女子…樋口さんに当たり前な質問が投げ掛けられる。


「冷静じゃないと死ぬからな。」


 情緒的に色々と欠けていると父親にも言われたが、今この場を生きているのはこの性分のお陰だろう。

 彼女の身体を持ち上げて段差を超えて坂を登る。


「わひゃあ!。」


「おーい石岡、結構な段差があるぞ。」


 そう後続の石岡に報告すると明朗な返事が返ってきたので川沿いを歩く事を速やかに継続する。

 涼しそうな水音と周囲に吹く風が、歩き詰めで火照った身体を冷ましてくれる。



 これが命の心配がここよりは断然に薄い日本での沢登りならもっと楽しいんだろうなと思いつつ食えそうな野草などを吟味して確保する。

 一日一種なんでも味見する事にしている。余程危険そうでないものであってもスズランの様に多糖体の心臓毒をもった恐ろしいものもある。

 野草のレパートリーは干し肉を戻した時の相棒として味の幅を増やしてくれる大切なものだからだ。

 いくら美味くても同じ食い物を一か月近く食ってみると良い、飽きるまでそれほど時間は掛からず、拷問と感じるまでも大した期間を要さない。間食等とは話が違うのが日々の食というものだ。



 川向うに切り立った崖のような小高い丘が見えたので渡河を敢行する。

 浅い処を見つけ出し女子を背負って駆け抜けるしかない。

 ナップサックを身体の前に回して樋口さんを半ば強引に背負う。

 靴に巻いた縄のグリップ力に些か不安があるもののコケで滑らぬように用心してさっさと渡るしかない。

 石岡も西田さんを背負い危なげなく渡河を果たす。

 川の向こうの平原で火を熾し四人で焚火を囲んで眠りに就いた。異世界漂流十五日目はこうして幕を閉じたのである。



 翌朝、なんとか生乾きになった靴を履き、昨日見つけた半分崖になった丘を登る。

 登り切った先はそんなに高くなくとも俺たちは上った”甲斐”と言うものを目視で得られたのだ。

 可也の距離があったが小川の流れる村落が其処に見えていたのだった。



 逸る気持ちを押さえ、あの武装集団との相違を探らなくてはならない。

 同じ民族でなければ安心して交渉に望めそうなのだがそんなものは推論でしかない。心情的にあんな奴らとは交渉したくない事は理解できるであろう…そう信じたい。


 確かに村はある、俺たち四人は目的と言う大切な指標を得たと同時に浮足立っていた。

 何度も三人に落ちつけと指示しても俺ですら微妙にムズムズしているのだ、説得力がない。

 野営準備のタイミングも進みたい気持ちのせいで遅れがちになっていた、注意力も散漫だ、これではいけない。

 その日の夜、満月の月明りの中、俺たちを延々と追尾し続けてきていた獣と目が合う事になる。




 そっとナイフを片手に持ち、杖代わりに使っていた槍として使える棒を手元に手繰り寄せる。

 目は逸らしてはいけない。

 強く強く結び付けナイフの固定を試みる。落ちつけ、何度も練習したじゃないかと己を励ましながら高鳴る鼓動を押さえつけるのに難儀する。

 全長五メートル、白銀のような体毛を月明りで黄金に輝かせた狼の眷属。

 槍を構えて対峙して見たものの勝てる気なんてさらさらしない。

 叔父が熊に喰われた夜もこんな夜だったのだろうか?。

 獣の動きに付いて行けるかどうかだの御託を並べても仕方が無い。俺が負ければ皆死ぬ。そんな結論だけを背中に置いて、俺は自分と言う存在を軽々しく捨てた。



 鋭い爪が縦に振り下ろされる。

 軽く後ろに飛び槍を突き出す。

 俺と狼のファーストコンタクトは双方様子見であった。

 踏み込みと同時に狼の鼻面先に槍を突き、再踏み込みで距離を詰めて横っ飛びに避ける。

 噛みついてきた首を横から突き刺し血を飛沫かせる。

 女子が俺の名前を叫んだ様だが、残念、これは浅かった様だ。

 踏み込む振りを見せて後ろに飛び下がると爪が俺の眼前にあった。

 胸元に槍が割と深く刺さる。折られる前に下がりながら抜く。

 槍を突き出していなければ今ので死んでいた。軽く振って血を払い姿勢を低くして狼に…飛び掛からずに槍を横薙ぎに振り狼の出足を挫く。鼻柱に強烈なサッカーボールキックが入った。手ごたえありだ。


「怒らせたかな。」


 槍を身体で隠して爪を誘う様に踏み込み動作のフェイントを入れ続ける。

 野犬相手に何度もやってきた技だ、身体が覚えている。

 狩猟対象動物にも指定されている牙持ちて危険な賢い獣だ。叔父に鍛えられてなければ俺は確実に死んでいる。

 狼の突進に息を合わせて俺はそれを回避…せずに口の中に槍先を突っ込もうとした。

 勘が良いなコイツ、躱しやがった。躱されたついでに回し蹴りをお見舞いして石突で頭を縦に強打する。

 硬い頭蓋骨に驚きつつ静かに距離を取る。

 俺から漂う捕食者の気配とかないもんかね…叔父にはあったようで野犬なんて飼い犬同然だったのだが。

 狼の突撃に合わせて俺も突撃し真上に飛んで背中に槍を突き刺す。

 骨が邪魔をして心臓を外した。そう悟った瞬間、不意に笑みが零れ落ちる。


 誘うように槍を回してから三度突進と共に狼を突く、二度躱されたが三度目は顎の下に突き刺さる。

 咽喉だ。

 縦に切開された咽喉から空気の漏れる音がする。いい音色だろ?。

 左右に槍を振り乍ら狼を挑発する。不意に武器を背後に隠し、無造作に間合いを詰めていく。

 不意に狼の前で倒れ、その反動で槍を突き出し心臓を貫くと、即座に立ち上がり槍を抉りこむように突き刺して止めとばかりに頭を蹴り飛ばす。


 決着が着いた瞬間、俺はその場に大の字になって倒れ伏す。

 叔父さんほど華麗には仕留められなかったが、昔よりは幾分かマシにやれた手応えを感じ拳を空に突き出す。

 狼のような俺の叫びが夜の草原に木霊した。

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