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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二十七話 異世界漂流七日目

 男子二名女子三名の我が班は、川沿いを上り続けるだけと言う至極簡単な旅程で女子一名を失う事となった。

 用を足すにせよ、水を汲むにせよ必ず棒などの武器を携帯して決して一人で行動しないように何度も言い含めていたのだが、恥ずかしさが先行して一人で水際に行き鰐に喰われたようだ。

 死体の惨状から推測しただけではあるのだが、鰐は度々見かけていたので、事あるごとに警告していたのだが、この女子にはウザがられていた為に親や教師の説教程度の軽い扱いを受けていたようだ。

 そうでなければ掛け替えのない己の命を粗末にして鰐に喰わせてやろうなどとは思うまい。


「鰐の危険性と命の危機を説明しても聞く耳を持たないとこんな姿になるんだな。」


 肉片を摘み上げて深い溜息を吐きながらひとりごちる。幾つかの骨片をタオルの切れ端に包み名前を書いた紙で包んでナップサックの底に仕舞い込みながら手を合わせる。

 成仏出来れば元の世界に帰れるのかなと益体も無い事を考えていた。


「彼女の遺骨はここにある、下流に血の匂いが流れているし、残念だけど遺骸の埋葬は諦めないと死肉を漁るやつに見つかって二次被害だ。」


 たっぷりと血が流れたあとなのだろう、鰐が集まる水音が派手に聞こえてくる、そのうえ黒い何かが遡上してくる、悲しみはさて置いて逃げなくては非常に拙い。


 泣きながら歩く女子二人を石岡君が宥めている間に、三人が嫌がりながらも空腹に負けて食べる蛇と昆虫を道すがら捕獲していく。

 五人分の腹を満たす日々が四人分に減ったとは言え元々大した量を確保できていない。

 集落や村落を見つけて潜り込み、最低限の生活基盤を確立しなければ、どの道飢えて死ぬ。


 コミュ障などと言うなら狩猟で生きるといい、やりたいなら教えてやる。そう嘯いていた叔父の手元では鹿や穴熊が捌かれていたのを思い出す。普段は寡黙な叔父が獲物が取れた日だけは上機嫌で語ってくれた。

 叔父にとって俺はどんな存在だったのか知らないが、叔父の持つ全ての財産の相続人にされていた程度には大事にされていたのだなと思う。

 山奥での狩りの際に獲物を待ち乍ら息をひそめて過ごす小屋の近くで、叔父は熊に襲われて死んだ。

 叔父の遺品を発見した猟友会の竹來さんから手渡された壊れた漁銃と血染めの鉈は、相続した下らないものよりも形見として最上のものとなった。

 異世界転送された今でもあの鉈だけは持ってくるべきだったと猛烈に後悔していた。鉈は大自然で生きるなら絶対に必要なパートナーだからだ。生きたまま熊に喰われたと推測される叔父が自らの命を断つのにも使われた筈の文字通り最期を看取った相棒と言える。

 俺の死生観はおかしいと父に言われた事がある。命など不意に失うもので身体などは最後に遺していく始末が面倒な生ゴミ程度のものだと本音を漏らした事があるからだ。

 叔父からは苦笑されて頭をわしわしと撫でながら、


「罠漁で獲物を絞めてみろ。」


 そう言われ、背中をドンと叩かれた。

 その時に叔父から贈られたナイフが今、俺の手の中にある唯一の武器だ。



 口数の少なくなった女子二人の限界が近い。ここらで力の付く飯を食わないと絶対にもたない。

 危険な賭けだが数日留まれそうな洞穴に枯草をたっぷりと敷き詰めて石岡と俺の二人で火の番をする狩猟拠点を設営する。

 一つ所に滞在すると臭いを追われて殺される危険性がどうしても増すが、賭けに出る時が来たのだ。

 魚を捕るヤナは鰐と一騎打ちになるが仕方が無い。

 木の反動で足や首を縛る鹿と猪を獲る幾つかの罠を仕掛け、途中で得た無難そうな野草を茹でて餓えを凌ぐ。

 罠猟は基本待ちだ、空振った時の絶望感が同行者の精神を確実に折ってしまうから拠点を獲得するまで手を出したくなかったのは隠す必要も無い本音だ。

 喰っても生臭すぎて美味くない魚でも野生動物にはご馳走だ、俺たちは食べたい気持ちを押さえてそれを餌にしたわけだ。

 女子二人の「え?食べちゃダメなの。」と言った顔には大層心を抉られた。

 獲れるか判らない獲物より目先の獲物という熱い気持ちは胃が痛くなるほど判るが耐えて欲しい。



 石岡とは長い付き合いだがコイツも割合精神が強い。

 黙々と縄を綯いながら仕掛けを作って明日に備える。焚火の前で交互に眠り、朝日を待つ。

 幻覚が見えて仕舞う前に獲物がかかれば良いのだが…、焚火の光を見つめて明日を占う。

 ナイフで自害する覚悟もそろそろ決めなくてはならない。



 初日、大物の獣狙いの罠は何も掛かっていなかった。だが魚は一匹で鰐も一匹だ。

 長い木を一晩掛けて加工して、ナイフが固定出来る簡易な槍を作った、ナイフを失うわけには行かないので寄り合わせた紐を解けば取り外せる。

 細かな事態には対応できないが鰐を遠距離から殺すことは出来る、ただしここの鰐はかなり獰猛な部類であると肌で感じられる。

 ヤナにかかった魚を獲ろうとして縄の罠に拘束されて鰐が捕獲される、仕掛けとしては単純だが縄の柔軟性が高くないと絡めとるのは難しい。

 心臓の位置を正確には知らないため三度突いて漸く仕留める。川に血が流れるため警戒しつつも何時でも投げ捨てて逃げられるように鰐を引き摺り疾走する。

 久しぶりの食事に歓呼の声が出るが俺も石岡も感情を押さえる事など出来やしない。

 槍からナイフを外し、鰐革剥しに取り掛かる。その後ろで石岡は穴を掘り始める。事前の打ち合わせは済ませてあるが、内臓と皮を仕掛けて更なる大物を捕縛する罠の準備だ。

 上手く首に掛かれば首吊り状態で木の上に吊るされる仕掛けで、危険を冒して止めを刺さなくても良いタイプのものだ。ただし、血抜きをする前に逃げようと暴れてもがくので血が回って全体的に美味しくなくなる。

 だからと言って選好んでなぞいられない。

 わかるだろう俺たち全員途轍もなく腹が減ってるんだ。


 石岡と二人で、狩りを行った者の儀式として鰐の心臓を分け合って生で喰う。

 これは命を糧として奪った者の覚悟と権利である。

 叔父に指導されて初めて獲物を獲った時に行った儀式で、俺と石岡を一人の狩人として世界に紹介するようなものだった。



 俺を選んだ理由など知らないが、選ばれていないはずの者まで連れてきた大馬鹿野郎の顔を拝むまでとりあえずは死んでなどやれない。

 鰐から内臓を引き摺り出しながら


 俺は、そう決意を新たにした。

字下げと何時も拙い文章の手直しと漢字変換のミス修正。

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