第二十六話 異世界漂流二日目
察しのいいラノベ愛読者やアニメ視聴者が、寄り集まり異世界漂流について語り合っていたり、前日薪を集めて火を熾してくれたボーイスカウト経験者達が食べられる蛇や虫を捕まえ、皮を剥いたり後ろ足を毟ったり、日常ではそう見られない工程を含む調理法でお菓子の空き缶を集めてスープを作っていた。
蔦をロープの代用品として集めていた笠木君に乞うて幾らか分けて貰い、ナップザックに巻いて置く。
太くて丈夫な樹が多く無駄な枝が多い。それは即ち人の手が入っていない手つかずの森林であるということだ。
周囲の捜索を続け奇妙な生き物を発見するに至る。
その異質な存在は絶滅したはずの肉食獣であり、正確な名称など好事家に聞く必要があるだろう。
緑が配色的に一番多い羽毛に覆われ、尖った歯が大きな上あごと下あごにズラリと並ぶティラノサウルスっぽい恐竜だった。
恐竜に興味があり、マニアか何かの類であったのだろうか?、市橋君が興奮した様子で安全かどうか知れたものではないその謎生物を調べて触り始めた。
彼と同じ班であった者達が小声で止めるように説得を試みているが、俺は班の全員になるべく足音を立てないようにこの場を立ち去るように指示してゆっくりと距離を置く。
まだまだ安全とは言い切れない距離から更に逃げるように指示をだし、市橋たちの班のメンバーにも逃げるように促す。そこにある見え見えの恐怖からどうして逃げようとしないのか呆れて仕舞わざるを得ない。
パクリと市橋君を齧るそいつを見ながら”恐竜”と言う言葉の字面を想起して「ですよねー。」と納得して一目散にメンバーと逃走を図る。
「おい!、あれが市橋に夢中な内に逃げろ馬鹿!!。」
衝撃の光景で硬直していた市橋君の班のメンバーの凍結した時が動き出す。
後ろになんて振り返っては、いられない。転びそうになっていた女子二人に足元への注意を促して、足場の悪い枯草だらけの密林を駆ける。
一般道と比べるとただ歩いているような速度なのだから立ち止まってなどいられない。
羽毛と硬い表皮を持ち、鳥のような足でザクザクと悪路の様な道を突き進む肉食獣は、原付のような速度で密林を走り、容易に追い付いてくるのだ。
踊り食いとでも言えば判り易いのだろうか?、名も知らぬ女子生徒が一人捕食された。ジタバタと足掻く足が、咀嚼音と共にピクリとも動かなくなる。
別の女子生徒が田口さん!と絶叫していたので、そういう名前の女子生徒であったのだろう。
立ち止まれば次のターゲットは高確率で貴女であるのに、何故呑気に級友の死を悼んでいるのでしょうか?。
俺は?と、言えば語彙を無くし、逃げろ以外の単語を先程から発していないのだ。
そして重ねて警告しなくてはいけない。多くの肉食獣は群れを作り集団で狩りをする。狩猟する群れのお零れを奪うのがライオン等の大型肉食動物である。
今見たアレは市橋君とサイズ的には変わらなかったが、さてアレは成獣なのであろうか?。疑問が尽きない。
俺たちの班は市橋君と田口さんが所属していた班を挟んで恐竜から逃げている。必ず直線上に彼等が入る様にルートを選択して逃げる。己の命が一番大事であるという、不動の大原則を守れなければ惨めに捕食されて死ぬだけだ。
武器一つ無い人類が何故生き延びて発展する事が出来たのか?、それは持久力と言う頭一つ飛びぬけた神様よりの贈り物がその答えだ。
何も逃げる事に限定していない。狩りをする群集団として延々と獲物の体力が尽きるまで追い続けて仕留められると言う事は、常に、最終的な勝利者たりえるのだ。
身体のサイズから見て二人くらい食べれば満腹になってくれるだろうかと予測を付けていたが、追いかけてくる気配が無いので俺は走り続けて息が上がっている班のメンバーに休憩を提案する。
問題は幾つかあるのだが、あの肉食獣に集団で狩りをする習性があるのか?と、近くに家族がいないのか?と言う二点が目下のところ非常に気になる関心事であるといえる。
整理運動をしながらグッタリとした皆にも薦めたが、完全にグロッキーになったメンバーは息を整えるのも無理な相談のようだ。
観光のために持ってきた双眼鏡で周囲を見渡し、慌てないようにゆっくりと内ポケットにしまうと、一言も声を発さず班のメンバー全員の肩を叩き、自分の口元に人差し指を立てながら、密林の更に奥を指差して、市橋君達の班が動く前に静かに移動を開始する。
メンバーは声も上げられないほど疲弊しているがそれでも懸命に俺の指示を聞いて無言で付いてきてくれた。
結論から言えば、肉食獣は家族連れであった。
市橋君の班から距離を稼げば稼ぐほど生存の可能性が高まる。発端は市橋君の愚行ではあったが、彼の御蔭で恐竜の初動は遅れ、俺たちの班は多少なりとも安全マージンの獲得を果たせている。
田口さんにも感謝せざるを得ない。彼女の存在無くして市橋君達の班の今の生存はあり得ないのだ。
随分と距離を離したが、まだまだ油断は出来ない。四倍ほど大きい夫婦と最初の肉食獣より大き目の肉食獣が臭いを嗅ぎながら彼等の班へと真っ直ぐに向かっているからだ。
小ぶりの枝を左右に振るって下草を除け乍ら道を創り、高い方高い方へと突き進む。
低い方に逃げてしまえば彼等が俺たちを見失って誘導出来なくなる。当然善意などではないが、露悪的に説明することも無いだろう。
偶に手を振って答えてはやるが歩く速度を緩める気は無い。待てと言われて待ってやれるほど彼等と肉食獣の距離は遠くないのだ。
休ませて欲しいと懇願する女子三人にある方角で繰り広げられている晩餐会を双眼鏡ごしに無言で見せてやる。
「ここで立ち止まれば、ああなるけどそれで良いなら休んでいいよ。」
家族仲良く夕食を楽しむ姿を遠くから拝見する事によって、女子生徒達にも生存への欲求が芽生えたようだ。
何としてでも着いてきてくれると言うのなら、不肖この倉橋達也、全力で持てる限りの知識でもってサバイバルさせて見せる。
密林の出口を発見した俺は、修学旅行の団体に戻る事を諦めた。
この森は歪な化け物だらけで安全からは程遠い。そして何より、ここは絶対に日本などではない事に確証を得てしまったからだ。
日本の国土は殆どが山で、こんなだだっ広い大草原を手つかずの自然のまま遺して置ける余裕など絶無だからであった。
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