第二百四十五話 物語、そして・・・その始まり③
国民的動物アニメの続編を見てしまい長期入院する羽目に……
退院した今も精神的ダメージから立ち直れそうもありません。
これが本物の憎悪の描き方なのだと……凄いや人間。
目覚めた機構が次々とレッドアラートを表示している。
停止していた暦を示すデジタルが目まぐるしく進み、微調整を行うように緩やかに進んでは戻りを繰り返し、正確な時間を求めて明滅を繰り返す。
それでも艦内の赤ランプの回転が停止すると、自動修復を完了したとの報告がディスプレイに表示され、センサー類が一斉に起動し、あらゆる文句を並べ立てて、各種戦闘行為の許可や家畜掃討許可を求めてウィンドゥが開きだす。
「不許可である。」
指先で目視出来る限りの×ボタンとラゼルが格闘し始めたのはこのあたりだったか、コーヒーを飲みつつ、サブディスプレイのエルフ語を読み流しながら不穏な語句を苦味を感じつつ記憶していく。
新旧の報告データーが錯綜しているので精確さには疑問が残る。
騒がしい警告やサイレンに叩き起こされてから束の間。
僚機、護衛艦、指揮系統の全てを喪失したものであると認識したのち、ラゼルに完全敗北を認めて降伏を受諾してから、船は混乱から勝手に脱した。
"いいかげんで適当な判断を下しても構わないから、機械は機械らしく人に迷惑をかけるような勝手な行動を選択しない。"と、言うファジイ機能が働いたらしい。
もっと早く働けよと言う言葉は何度も吐いた、飽きるほどに。
目覚めのコーヒーを危うく吹き出しそうになる程度には衝撃的な出来事であったものの、船が戦闘行動を完全停止した理由を聞いてそれなりの納得を得る事が出来たのは有難い話である。
「魔神の置き土産ではなく忘れ物と言うべきなのかな。」
溜息交じりにコーヒーを飲むラゼルも、この不可思議なコンピューターの判断基準に困惑している様子だった。
電子音が態々下手糞な言葉を無理矢理紡ぐ様に一言呟く。
「ライブラリとの同期に成功しました、各種アップデート、並びに年代、時刻調整をおこないます。」
小さなキャラクターが画面の隅でネギを振りながら進捗状況を伝えてくれる、現在三パーセント程をグラフで示している。
凍える様な寒さの中で耐え忍んでいるはずの格納庫にいる人々を収容することは出来ないかと隔壁開放指示を出しては見たのだが。
─────【検疫を行っていない畜産物の搬入は許可されません】
相変わらず彼らは人として扱われてはいないようであった。
状況は好転するわけでもなく、艦が垂直姿勢を取りゆっくりと発射台へと下降していく姿を外部カメラの映像から確認するだけの時間が過ぎていく。
南方都市カポの中心部に屹立していた高層建築の城であったものは瓦礫と化し、城下町は瓦礫に姿を変えてスラムへと撒き散らされた。
バリアの内と外で、ターミナルと南方都市カポは隔離分断され、中心部には巨大空母がゆっくりと下降する別方向のカメラからの画像が映し出される。
左上に写るLIVEの四文字を見てジョーは蟀谷から走る頭痛に困惑しきりであった。
『あれが打ち上げユニットか』
見れば良く冷やされた二つの増槽と多数のエンジンからの噴射ノズルの姿が確認できる。
「魔法の世界で科学を見る事になるとは思ってなかったよ、宇宙防衛軍のSDF規格を忠実に再現してるのは下手に魔術的に弄ると上手くいかなかった……って事なのか?。」
何とは無しに漏れる疑問を他所に状況は進んでいく。
オーバーテクノロジーの塊のようなユニットが自動的に取り付けられる様子を見ていると作業終了までマイナス十八時間などと言うカウントダウンが開始される。
「十八時間以内に彼らを地上に下ろさなければならなくなった。」
そんなことラゼルに言われるまでも無い、二人と思念体は逸る気持ちを抑えて艦橋を後にする。
───── ・ ─────
地上までの距離は発射台までのちょっとした高さしかない。
「じゃあ行ってくる。」
ちょっとそこまで出かける様な気軽さで飛び降り、地面に激突して金属音のような疳高い音を立て、潰れて絶命する。
すぐさまラゼルの異能による蘇生が発動し巻き戻しのように潰れた身体が元に戻る。
幾つかの壊れた機能はゴールディの魔導により修復され、血塗れだが健康体のジョーが起き上がる。
空間魔法でラゼルの傍に集中治療室のドアが開かれる。
これで宇宙船と地上を繋ぐ通路が開通する。
生き残った元カポの住人達をそのまま発射台に降ろせば瓦礫のように吹き飛ばされるだろう事にラゼルが気付き、住人たちの下へ駆けだそうとするジョーを止める。
「人間が排除されるなら、たぶん俺も排除対象になるんだろうな。」
「もしそうならば人間として認められたと前向きに受け止めるといい。」
笑えそうで笑えない神の御使いジョークにほろ苦い笑顔で返し集中治療室の扉を開ける
瓦礫の壁がそそり立っている場所まで結構な距離がある、平坦でフラットな発射台周辺ではあるが、空から見た"自らケーキカットを繰り返す死のウェディングケーキ"さながらに城や街を粉砕して破壊し、遠心力で吹き飛ばす悪魔のような機構は記憶に新しい。
空間魔法による移動でジョーが地上に降り立つと、ブレードのついたワイヤーが通電し、磁力により浮き上がり大蛇の如くのた打ち回る。
フードプロセッサーよりも数段えげつないシステムにジョーは捕捉されたようだ。
ここは寧ろ迷わず前へ駆ける。
大蛇のようなワイヤーブレードを紙一重で躱すも、その磁力にクラっとくるような眩暈を覚える。
人体に悪影響を及ぼすレベルの磁力は何ガウスなのだろうか?と言う細やかな疑問はさて置き、膨大な治癒力の波に体の内側から揺り戻しが起きる。
つまるところ、それだけ身体が一瞬で壊れたのだ、触れてもいない距離で、である。
ラゼルの異能頼みで恐縮だが、粉々になる前に発射台外縁に辿り着かなくてはならない。
心の裡に沈んでいる其れに手を伸ばし、形なき力に存在意義と明確なイメージで形を与える。
彼方に在りて今は無きもの、記憶に在りて此処に無きもの。
概念として其れは在る、故に想像の数だけ其れはそこに顕れる事が可能となる。
「────────クォイス。」
名を呼ばれた武器は使い手のイメージのままではなく、記憶の海から最適解を得て、不明朗な部分を自己補正して顕現する。
長大にして軽く、強靭にして柔軟。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
棒高跳びの棒と化したクォイスは地面の凹みに突き立てられて撓み、使い手をその反発力でもって空高く打ち上げた。
本来は滞空時間も短く、人は重力に思っているほど抗えるわけではない。
だからこそ競技にはマットが敷かれており落下してくる人間を可能な限り優しく包み込むようにキャッチする形状とそのための科学が詰め込まれているのだ。
『浮遊魔法常時発動。ジョーの魔力量では持って数分、途中休憩は挟めないぞ。」
屹立した三本の鋼刃纏いし大蛇が電気の膜を帯びて此方に横薙ぎで迫ってくる。
高さがそれぞれに違う不規則回転する極太ワイヤーの鞭をクォイスの形状と長さを巧みに変化させながら躱し、回避不能と判断すれば短距離跳躍で極太ワイヤーの鞭の向こう側へと飛びぬけて、クォイスを如意棒の如く伸縮させ高跳びを繰り返す。
魔力的限界値も高くはないところに体力的限界値も高くはないと言う、全く有難くない状況で、国民的電子アスレチック配管工の真似事はもう出来ない。
高さも時間差も一切揃っていないワイヤーの回転に加えて回転式テーブルのように地面が回転し、表層に乗ったゴミを遠心力で排除する為、螺旋状に渦を巻いてブレードが横並びに回転を始める。
城や城下町を瓦礫に替えて外側に吹き飛ばした悪夢の機構である。
「やっと脱出できる、ゴールディ予定通りだ。」
『相変わらず最悪の手段を待ちかねたようにやるんだな、ジョー。』
脳漿をブチ撒けながら錐もみ回転でジョーは飛ぶ、否、吹き飛ばされる。
失われた脳細胞を硬膜が包み直すまでの間に先程ジョーの頭部を吹き飛ばしたワイヤーが一周して襲い掛かる。
勿論ただ空中にいるだけの存在がそのワイヤーの攻撃を避けられる訳もなく、裂けるチーズのように股間から身体を割られ、捩じれるように回転して丸盆のような発射ステーションの敷地から大地に落下する。
土煙の中、歪な形で捩じれていた死体がグルンと回転して元の位置に身体を戻して整えるとドス黒い霧を纏って立ち上がる。
失った眼球に瞼が覆い被さり、失われた表皮と毛髪が生えてきた辺りで血を吐きながら咳き込む。
「着地成功……。」
『エレガントとは口が裂けても言えないがな。』
「口どころか股間が裂けたぞ。」
当然だ、痛覚もあるし記憶もある。
無慈悲な死を無かったことにできる訳ではない、確かに死ぬのだ、死んでいるのだ。
蘇生させられてしまう、されてしまうのだ。
其れならば慣れるしかない、受け入れるしかない。




