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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百四十四話 物語 そして・・・その始まり②

 震災から助け出された町内会の人々が収容された教会を尋ね、重症患者や知人を見舞う。

 ローポーションレベルの濃度まで薄めたポーションを段階的にミドルやハイと呼んで良さそうな濃度を探りながら、臨床試験とばかりに飲ませ、塗り、燻蒸して回るタツヤとトモエ。

 見慣れぬ機材とポーションは基本的には目立たぬように扱い、二人は多くの場合血飛沫舞う外科治療を受け持って回っていた。

 血を吐いている患者には燻蒸したポーションの蒸気を吸わせると落ち着くし、縫うまでも無い外傷や打ち身、縫合痕等にはポーションに油脂を混ぜた塗り薬を塗布する。

 重症患者には輸血同様に飲ませて用いるが、意識の無いものにはそのまま振りかけて良し、傷口に注いで良しのファンタジー仕様である、つまり非常に雑な使い方で効果が出る。

 ただ効果が出ると言うのも良し悪しだ、いい加減な縫合をした傷口にポーションを掛けると非常に面倒な引き攣れを遺した状態で繋がって仕舞う、なので流石にズブの素人に使わせるには色々と難のある薬剤だという結論を持って二人は教会巡りを終える。

 山盛りのカルテと臨床結果は今後に生かす事になるだろう。





 ───── ・ ─────




 製造方法を教えられたユリがタクマと二人がかりで、大ぶりな鍋と釜の前で幾つかの材料を細かく刻み、裏漉しし、煮込み、灰汁を取り、水に晒して灰汁抜きした薬草と揉み合わせ、血を混ぜて壺に詰めている。

 主原料がほぼ毒物で構成されたこの薬品がポーションの原料になるなどと誰が気付こうかといった風情であった。


(ドラゴン)の血と肝を、月光草をサッと湯がいた物と混ぜ合わせて一か月寝かせる……これは毒罠用の瞬殺毒だよな。」

「ラボの裏の小屋に備蓄してる【いつもの猛毒】がこれよね。」


溜息を過分に含んだ呆れ顔の二人がフラスコ瓶の中身に怪訝な表情で向かう。

 殺人蜂の毒袋から抽出した毒液を器に絞り出し、蜂蜜の搾りかすを混ぜて寝かせたものを湯煎して溶かしながら静かに【いつもの猛毒】混ぜ合わせる。


「小麦粉を加えて練りこんで冷やせば、甘いものが好きな巨大蟻やら油虫殺しの殺虫餌だな。」

「【ゴキブリキラー爆殺団子】って酷いネーミングでお馴染みの私たちの味方……。」


 ゴキブリ嫌いでなくとも飲食店の味方とも言えるだろう、近隣の飲食店の人たちも偶に買いに来る、知る人ぞ知るウチの副業商品だ。

 小麦粉を加えていない液状のどろりとした毒物に一斗缶サイズの容器に入った手のひらサイズの蠍の毒袋をボウルの上で破り、毒液を絞り出し毒に更に毒を加える暴挙に出る。

 沸々と化学反応を起こして滑らかになっていくそれに回復聖法のスカルやスカルミを掛けていくと紫色の液体が徐々に赤い色へと変色を始める。

 ここからはギルドでも良く見かける薬草が十五種類、摺ったり煮たり水に晒したりと、適切に扱われた生薬の出番だ。

 これが中和剤の製造にあたる部分で、素材として失格なものが品質に与えるダメージを甚大にするらしい。

 なにしろこの中和剤も効能過多な毒劇物なのだから笑えない。

 そして臭いのキツさが飛んでもない、密室でこの作業を行うのはどんな拷問よりも効果がありそうである。

詳しく語るならば、特濃の和漢方薬から迸る得も言われぬアレな部分を厳選した地獄の薬缶が湯気を噴く姿を想像して貰うと……。

 常温になるまでゆっくりと冷ます事が大切で、急冷すると臭いと苦味が飛ばず、恐ろしい不味さと臭いがが溢れだす回復拷問ポーションになるのだ。



 ユリが魔法を行使してやんわりと冷えていくように温度を調節しながら不快な臭いを大気の流れに指向性を与えて室外に逃がし続けている。

 ユリがここにいる理由の殆どがこの仕事を行うという一点に集約されていた。

 タツヤが完治したその日、この薬液の臭いで喜びも半減したからである。

 下半身不随の病み上がり直後の患者が完治したという喜びよりも、やらかしに対するツッコミが優先されたのである。

 色々と感動のシーンのようなものが台無しになった瞬間であった。





 晒しのような布を袋状にしたもので薬缶の中の薬液を濾して丁寧に絞り出す。

 薄布を笊に貼り、静かに中和剤を落とし猛毒液に混ぜ合わせていく。

 色々と混合物の混ざった赤黒い液体は暫く寝かせると色合いが禍々しさを失って落ち着いて行く。

 濾し笊に月光草や毒腺、鰻の肝などをのせて箆を用いて裏漉しして、布巾で濾し滓を絞って薬液自体を落ち着かせる。

 あとは沈殿物を残すように上澄みだけを綺麗に洗った釜に注ぎ、低温で程よいポーション色……綺麗な薄赤色に変色するまで温めれば完成だ。


「あとはこの柔らかい石の欠片を大瓶に入れて……一日寝かせるのね。」

「その石には嫌な予感しかしないのだが、隠れて大量に作ってやしないか心配だ。」

「黒エルフから毟り取ってきた、って言ってた言葉通りじゃないかな、錬金術の最終到達点"賢者の石"の一つだし、こんなものを作れる程、命を弄んで無い筈よ。」


 倒して奪った黒エルフが持っていた記憶から再現されたポーションと副原料の柔らかい石は今後封印されるか活用されるか現在のところ未定であった。





 カルテの山をセンパイの前に積み、タクマとユリにポーションの効果の報告と被害規模や傷病人の数等、把握できている範囲の情報を共有する。

 王都カラコルムは広い、城壁を土魔法で復旧させ、家屋の瓦礫を急ピッチで片付けて遺体の収容と埋葬を進めているとは言え、落ち着いているとはとても言い切れない状況であった。

 それでも戦場から脇目も振らず引き返してきた、国王ネア・イクス・トリエールが王都に帰還してからは、その混乱は加速度的に沈静化しつつあった。

 しつつある、だけであって軽いケガを負った者を除いても傷病者は二十万をくだる事は無いだろう。


「魔法でポーションの霧を王都全体に散布して、大気中に充満させる事で軽いケガ人を全快させようと思う。」


 カンテラの形をしたポーションを過熱して霧状に撒き散らす魔道具をテーブルの中央に置き三人の少女とその師匠たる人物の前で事の仔細を明らかにして協力を要請する。

 彼女たちの師匠にはポーションの製造段階から既に協力を要請しており、ポーションの安全性や魔道具の出来についてお墨付きを頂いている。

 普段用いている飛行媒体の先からぶら下げて飛んでもらうだけの簡単なお仕事である。


「結構重いですね、この魔道具。」


 素材として手に入れたカンテラが余りデザイン的にも機能的にも洗練されておらず、無骨な御屋敷を深夜に見回るために照らす道具のままのフォルムで魔道具化した弊害であった。

 その上ポーションを燻蒸するために窪みのついた小皿に点滴ボトルに満たされたポーションが重さを増している、過熱部分は魔道具らしく魔法陣で稼働するのだが残念なことにポーションを装着する事で元のカンテラの重さを遥かに凌駕している。


「濃度の高いポーションの霧の中に居れば疲れ知らずでいられるから、いつもより心持ち強く魔力を籠めれば飛べると思う、ただ幾らか練習は必要だろうし、かなり手間が増えてしまう事は本当に済まないとしか言いようがない。報酬も後払い、店舗の復活も何時になるか判ってもいない状況だが、新作スイーツ食べ放題でなんとか勘弁してもらえると有難い。」


 壁際で晩酌をしているタクマの眉がピクリと動く。

 風呂上がりの洗い立ての髪を生活魔法のドライヤーで乾かしているトモエの手が止まる。

 エミルちゃんと大精霊達、その友達の二人であるロゼッタとアシュリーもまた止まった時の中で師匠とタツヤの顔をチラチラと見ている。


「言質は取ったわよ、クラハシ君。」


 颯爽と師匠……ユリが立ち上がり高々と右拳を天に突き上げると、タツヤ以外の全員がまだ見ぬスイーツに向かって歓呼の雄叫びを挙げて吠える。

 その咆哮は眠っていたタロウを目覚めさせ、その野獣の血潮を無駄に沸騰させたようだった。





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