第二百四十三話 物語、そして・・・その始まり
プロローグ最終節ですかね…
シルナ王国がその屋台骨を喪い、トリエール王国が台頭する。
大小様々な小国がそれぞれの持つ利を生かして周辺諸国を呑み込もうと立ち上がってもいた。
だが、其れは、何れの国も些細な出来事からバランスを崩し、持ち上げられ、やがて決起に至る。
動乱の時代、戦国への一歩を踏み出す切っ掛け等は、何時の時代も前置きすら存在しない場合が殆どであり、それの証左であるかのように、大体がくだらない理由を後付けで華美に装飾するだけの事なのだ。
後世の者達が調べ尽くした後で、ああ、これが発端だったのかと振り返って確認できるものがどうしようもないものであれば、物語を紡ぎたい者達や吟遊詩人等は盛りに盛った英雄譚を謳い出し、歌い継ぐ。
史記編纂者等は、地味に真実のみを書き残すのだが、遺せる環境があるだけ運の良い方なのだ。
後世に全てをゼロから創作して捏造に捏造を重ねた、"一次資料の無い歴史書"というふざけたものも確かにあったりもするから油断は出来ない。
異世界であっても学生達にとっては迷惑至極なお話である事は言うまでも無い。
歴史が口伝のみで語り継がれる民族に至っては記憶違いが重なればとてもとても哀しい事になるであろう。
トリエール王国は四竦みであったシルナ王国、タキトゥス公国、デモルグル国との軍事バランスが崩壊した事から一気に情勢が平穏から戦乱へと傾いた。
其れも奈落に落ちるが如き落差であったという。
小競り合いの類で済んだはずの小規模な戦争で、タキトゥス公国の精神的支柱であったピーシャーブディ2世の呆気ない戦死の後、当然の如く催された後継者の座をかけた弔い合戦……その末に、まさかの大敗を喫する、そして、その事が周辺諸国間の軍事バランスを崩壊させ、乱世招来の発端となったのだ。
後継者争いがもう少し陰湿なもので宮廷の外を出ないものであったならば、滅亡などする事も無かった、であろうとは後世の歴史家の言である。
まず、近在の小国や力を持ち過ぎた為に辺境に押し込められた貴族による挙兵が相次ぎ、シルナ王国の中央都市チキンから西南の沿岸、河口は小さな戦争が絶えず行われるという、実に気の休まらない激戦区と化した。
シルナ王国の支配下から脱した諸侯や領主達は、さも当然の如く、"隣国弱し"と見るや嬉々として攻めかかっていた。
疫病が蔓延して食料と財貨を奪い合い、疫病が治まっても尚、略奪と領地の切り取り合いが続き。
また、兵士たちの遺骸は放置され、再び疫病が蔓延する悪循環が繰り返されていた。
トリエール王国軍が正式にシルナ王国の北限から南進を開始する頃に至っては、調略や謀略の類が横行し、混乱に拍車が掛かり、事態の収拾などつかない日々が何年も続く事になった。
その最中、新たな疫病が猛威を振るい新種の疫病が生まれては変質し人々を次々と冥府の門へと押し込み続けた。
小国の王政が転覆しクーデターが勃発、流離した王族が再び旌旗を掲げて立ち上がるなど、世間は躓いてひっくり返したおもちゃ箱の様相を呈していた。
タケルが懇ろに支援した民主主義運動家達も、この時クーデターに成功し、新国家を樹立するために自らの王を八つ裂きにして町の広場を赤く染め上げていた。
民主共和制の萌芽とも言えそうな国家も幾つか存在しているのだが後ろ盾のない小国が何処まで生き残れるのかは微妙なところであった。
トリエール王国が着実にシルナ王国の版図を蚕食し、己の旗色に塗り替えているその間、周辺諸国はそちら側を省みる余裕が、何故かなくなっており、混乱と混迷に陥った自国の立て直しに追われる日々を送っていた。
ある国は老王が急死し、後継者である息子たちが殺し合いを始めて見たり。
またある国では重税で喘ぐ領民たちが、そんな金銭を得る当てもないのに無いのに何処からともなく湧きだした出所不明の資金により十全たる武装を整えて徹底抗戦の構えを見せてみたり、場合によっては領主や代官、徴税官が討伐されるような事件が相次いだのである。
当然、未然に発覚した一揆も殆どは、村落丸ごと消滅するような鎮圧によって防がれたりもするのだが……。
俯瞰して見ればおかしな事だらけではある、だが当事者たちは目の前の地獄を沈静化しなくてはならないし、その忙しさでそれどころではなくなって仕舞うのも致し方ないところではある。
領内で暗躍する何者かに気付くことが出来た者達は、まだまだ幸運な方で、それと気づかずにあれよあれよと云う間に城門に懸けられて夕陽を眺めながら絶命する者達には、真実は理不尽な事この上なかった。
暗躍させていた者は?と、言えば、昼間から酒を飲みながら大地図を見下ろし、彼是と手の者に指示を出しているだけであった。
余談だが、酔いに任せた思いつきで滅ぼされた国もあったのだと言うのだから堪ったものでは無い。
旧中央都市のチキン城跡地では、シルナの王族達が貯めに貯めこんだ財宝の発掘と、デモルグル国が墳墓を暴かれて奪われた先祖たちの遺骨と副葬品の捜索が行われていた。
これらの判別はデモルグル国の各氏族から複数の代表者が選出され鑑定にあたっている。
そういう事情がある為、彼の地は封鎖され、チキン城周辺に住んでいた者たちは何も無いだだっ広い草原でテント生活を強いられながら、少ない食事を与えられつつ区画整理のための土木工事や街道設営、木材の伐採、石材の採取、ありとあらゆる街建設の下地作りの作業に従事させられる事となった。
シルナ王国民総奴隷化計画の一つである中央都市周辺居住者の奴隷化は殆どが完了しており、中でも奴隷紋の打たれていない人間は一人としてこの建設予定地には入り込めなかった。
それもそのはず、奴隷でなければこの地の四方に建設された関所を通る事は出来ない、故に奴隷紋の無い者が居る筈も無いのだ。
搔き集められた奴隷たちは既に一千万人を越えており、死ぬものはあっさりと死に、生きる者は死に物狂いで生きる事となる。
食料も衣料品も乏しいのだから仕方が無い、そもそも人減らしや口減らしに理由などない。
逃亡も暴動も無く、逆らう事も不平を鳴らす自由も封じられた従順な労働力として、手作業での都市建設が進められている。
動けなくなればアルヒローン公国や氷の宮殿からのお迎えがやって来る、火葬要らずで埋葬要らずの処分と処理が確立していた事はこの計画の背骨の部分を支える上で必要不可欠の事であったに違いない。
だがしかし、書類上は労働中の死で彼らは片付けられる、家族があれば雀の涙程の遺族年金が支払われる予定である。
あくまでも予定である。
給料の要らない労働力を確保出来る国造り、それは働き蟻にすら居る筈の、サボり組が居ない純然たる労働の姿。
忠実な犬にすら許される甘噛みの自由すらない秩序ある非道。
新都市建設の間に死んで行った奴隷の数は、トリエール王国が保有する奴隷の総量から見れば微々たる人数であった。
アルヒローンの国民が数倍に膨れ上がった点から目を逸らせば気にしなくて済む数字である。
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地揺れにより崩れ去った城郭や都市区画の整理、そして再建による活気が街を再び勇気づけていた。
そんな街の片隅、ラボと名付けていた倉庫に仮にではあるが、改めて生活拠点を築く事となった。
営業再開には店舗が復活しない事にはどうしようもないが、仕込んだ料理を、馬で引く屋台での移動販売形式に切り替え、商業ギルドに許可を得てなんとか口に糊する手段の確保を急ごうという事になった。
手続きが通るまでの時間は、焼き台を備えた屋台と、煮物を煮れる屋台の製造に費やす事となる。
喩え許可が取れなくても、屋台を用いての炊き出しに使えるとあって、どちらに転がっても無駄にはならない事は明白であり、結果を待たずに製造しても問題は無いだろうとの結論であった。
崩れ去ったアルディアス食堂の瓦礫の中から奇跡的に掘り出す事が出来た機材などは財産であり直して使えるものは再生して使うことになった。
意識不明の重体であったタツヤが意識を取り戻し、下半身不随の状態から歩ける程度にまで回復するには二か月程の時間を必要とした。
いや、表現に間違いはない。
「多分だが、これで完成だ。」
真っ赤な液体が入った瓶をテーブルに置き、木製の車椅子の背もたれに身体を預けながらタツヤが深い溜息を吐く。
「なんだこれは。」
「今飲んでみた、だから何れ効果は解る……キタキタキタァ。」
ぼんやりとタツヤが光って見えているのは一体何の冗談だろうか?。
「成功だな。」
車椅子から立ち上がり健康そうな足取りでタツヤは歩き出す。
なんとなく嫌な予感がしつつもその赤い液体が満たされた瓶の中身をスプーンで一掬いして軽く飲んでみる。
うっすらと身体が光り、波が引くようにその現象が治まると身体の芯に残っていた疲労がスゥーッと抜けて行くような感覚があった。
「おい!、コイツはもしや……。」
「もしかしなくてもポーションだ、喪われたアーティファクトの一つ回復ポーションだが、正直原液のまま飲むのはお勧めしない、いい感じに希釈しないと俺のように下半身不随まで治ってしまうからな。」
取り敢えず一発だけ縦に突き上げるように殴っておいた。
車田飛びをキッチリやってのける余裕があるのは流石としか言いようがない。
「コレコレ、このツッコミがないと調子が狂う。」
そう言うと清々しい笑顔でスックと立ち上がり、最早不要となった車椅子をラボの隅の方へと転がして歩み去っていく。
メゲないヘコまない、そして懲りない。
暗鬱とした数か月の間、シリアスモードにどっぷりと浸からさせられた俺達三人と少女たちの心配を返せと言いたいところだが、治ったのであるのならば、それは確かに良い事であるに違いない。
だがしかし、また軍に知られてはならないモノがここに出来上がってしまった事による、新たな心労をそっと黒鞄に仕舞う事で先送りにする選択を、俺は極自然に選ぶ事にした。
「「なんで歩いてるの?。」」
女性陣二人の驚きに満ちた声を遠くに聞きながら、二か月前に瓦礫でザックリ切った脹脛の深い傷跡があるはずの場所を何気なく確認して又驚く羽目になった。
縫合痕すら消え失せていた、ツルツルの卵肌がそこにあった。
この効能は、恐らくローやらハイポーションなどと言う次元を明らかに通り越している。
多くのアイテム大好きプレイヤーが最後の最後まで使わずに道具袋の肥やしにしてしまうであろう存在、その名称こそが、この薬液に相応しい名前では無かろうか。
こんな雑な造りの瓶に入れて置いて良いようなシロモノでは絶対に無い筈のものだろう。
「見せて。」
いつの間にか目の前にやってきてテーブルに両手を置き前のめりで肉薄してきた彼女の態度を見ればそれは明らかである。
エリクサー。
そりゃあ、下半身不随も治るでしょう。




