第二百四十一話 ひみつプラント♪封印消失③
地獄のクリスマスを越えた兵どもよ、サンタをケーキにおっ立てる日々を乗り越えた仲間たちよ。
年末商戦はまだまだ続くぞ(チーン)
世界樹の根に包まれながらも辛うじて結界を張り巡らせ、九死に一生を得た俺は、貴重なセラフの羽で傷口と腹腔内の浄化、縫合不全で壊死していた腸を鋏で切り取り再縫合する、言い換えれば生き残りを賭けた戦いを一人で行っていた。
血管の縫合をミスれば壊死部分が広がってまたやり直しとなるので、飛びそうになる意識と仰け反りそうになる痛みを堪えて腸を縫合する。
麻酔を使い過ぎれば意識が朦朧となるし、感覚が鈍麻しすぎれば果たして針はきちんと等間隔で腸壁を縫えているのか不安になる、よって麻酔となる麻薬は必要最低限の分量しか使えない。縫合不全を防げる治癒魔法を併用する事によって肉自体を早めに薄皮程度でも繋ぐ事が出来るのは僥倖であると言える、腸の内容物の詳細など説明するまでもなく、感染症のリスクを究極的に減らせるメリットは計り知れない。
吐き気と眩暈にアロエを齧りながら耐えて、腸を目視で確認してセラフの羽で浄化を行い丁寧に腹の中に戻して腹膜を縫い、ドレーンを固定し腹筋を縫う。
表皮を縫ったところにアロエの肉を貼りガーゼを乗せて油紙、貼り付け用の蜂蜜と古典的な治療を済ませて意識を手放す。
結界の向こう側の世界樹の根にユグドラシルを突き立ててマナを吸い上げて輸液やらなんやらの代わりにする。
無闇矢鱈と吸い上げているようだが、ユグドラシルの素材は”根”なので正直仕方がない特性と言えよう。
副作用は世界との同化。
様々なパスが開いた結果ではあるがどう転んでも元の人間には戻れそうもない。
異変は唐突に訪れた。
彼女の姿を見た瞬間、俺は世界樹からユグドラシルをそっと引き抜いた。
身体は癒え切っていないので殆ど身動きは取れないが、見る事だけは可能だ。
センパイの化身である黒エルフが製造されるプラントとは何であるか。
その答えに辿り着いた彼女の奮闘を見守る。
其れしか出来ないのは辛いことだったが、気を抜けば意識を失いそうな俺には成す術もなかったのだ。
──── ・ ────
プクリと膨れた風船のような、果実によく似た何かが、ジャガイモの実の様に地面に転がっていた。
その実の薄皮の向こう側を透かして見れば、生き物の形、それもヒト型の何かが液体の中でプカプカと浮かんでいる事を確認できる。
生体プラント。
言ってしまえば何の事は無い、人工子宮と人工孵化器。
センパイはエルフを思うさま研究し大量生産し、そして大量消費していたのであろう。
生物を生み出す為に必要なものは子宮だけであるだろうか?、答えはノーである。
色々と裏の部分を推察すると世界樹を弄り回した際に多くのエルフが素材として用いられたであろうことは想像に難くない。
エルフは判りやすいほどに悪であったのだろうか?、答えはイエスでありノーである。
人間だったのかと問われれば、確かにエルフは人間だった、人間過ぎるほどに人間だった。
其れゆえに相容れなかったのだ、力無き人間であったセンパイと、種として完全無欠であったエルフと言う人間とは、出会いの失敗を挽回する事無く、行きつくところまで行きついてしまったのだ。
搾取の限りを尽くす為に一切の逡巡が無いエルフからその全てを搾取し返すのだから、並大抵の搾取では足りなかったのであろう。
嘗て、天空をも支配したエルフは、一人のコモンクラスの召喚者によって打倒された。
謂わば此処は、その物語の続きのページ。
隠されたアナザーストーリーにあたる場所だったのだ。
黒く逞しい体躯を持った黒エルフが、水音を伴って果実から生まれ出で、世界樹の根を毟り、剛力を持って形を整えて闘気を纏いながらゆっくりとトモエに向かって歩き出す。
生後数秒で戦いに赴く戦闘狂仕立ての黒エルフの壊れっぷりに舌を巻く、必要に応じて促成栽培出来る生命への冒涜ぶりにも容赦なさを実感する。
センパイの黒歴史は流石に年季の入った、深く真っ黒な深淵であるようだ。
ミシミシと世界樹の根と薙刀の柄が激突時の勢いを表すように悲鳴を上げている。
一歩も譲らない膂力に黒エルフが不思議なものを見る様な目でトモエを見遣る。
「憤ッ!。」
トモエの腕が薙ぐ様に右へと奔り、がら空きの黒エルフの顔面を殴り貫く。
一瞬の出来事に黒エルフも其れに合わせようと動くが薙刀で軽く押されてバランスを崩してたたらを踏む。
即座に振り下ろされる薙刀の一閃を世界樹の根で受けて頭蓋を守るも、間髪入れずに鼻柱に左足の踵が炸裂する。
「ガァッ!。」
もんどりうって後方に蹴られた勢いのまま黒エルフが飛ぶが、其れを予期していたように薙刀が黒エルフの首を刈るように突き出される。
噴水の様に左側の頸動脈から血を迸らせながら黒エルフは転がりつつ間合いから離脱する。
頸動脈を押さえながら治癒魔法を展開する黒エルフを観察しながらトモエは魔法をじっくりと読み解く。
元居た世界ならば確実にあの世送りになる致命傷を治癒する魔法という存在はどう考えても自然の摂理に反している。
受け入れ難い存在である魔法も、自身に有益であるのならば興味も沸くし使えるのならば使えるに越した事は無い。
あれ程バッチリな手ごたえで椎骨まで達した切断面は黒エルフの手が離れた今、血糊は残っているが完全に塞がっていた。
使われたマナの喪失量も結構な分量である事から生活魔法程度の簡易な魔法ではないこと等一目瞭然だ、ではそのラーニングは可能なものであるのかという点が非常に興味深い。
トモエも感心しつつその妙技を鑑賞していたが、タツヤもタツヤで早速実践してみようと思う程度には感心していたのである。
喪われていた魔法か何かかもしれないが、トモエはその魔法への褒美であるとばかりに黒エルフへの攻撃を行わず薙刀を静かに構えた。
黒エルフには何者かの人格なり知識が備わっている。
ただ、対話を望めるほどの人格は持ち合わせていない事、言い換えればタツヤが邂逅した地上最強の生物染みた脅威は持ち合わせていないようだった。
蟻に例えるならば働き蟻であり、兵隊蟻では無いと言う具合だろうか。
テリトリーに踏み入ったトモエの方こそこの場合は異物であり敵性生物だ、だから黒エルフは世界樹の根を構えてトモエに襲い掛かる。
もし黒エルフに生物が持つ才能の一つ、恐怖心があれば生き残る事は可能であっただろう。
捩じ切られた首が恨めしそうにトモエを見上げるような事だって無かった筈である。
囚われの王子様を救けにやってきた。
字面と絵面が正にそんな感じの二人が対面を果たしたのは強力除世界樹剤Mk-2が猛威を振るった後の枯れ果てたフロアの片隅であった。
「ありがとう、助けに来てくれて。」
「これでも借りは返しきれてないけどさ、満身創痍だね。」
タツヤを背負ってトモエは笑う。
満身創痍、確かに重症だ。
軽く担ぎあげられておんぶされている今の姿の方こそ辛いのだが、黒エルフの命を奪ったトモエの最後の一撃を思い出すと抵抗する気も失うと云うものだ。
心配かけて世話まで焼かせた身の上に何かできる事など一つしかない。
素直に従って減点をこれ以上増やさないように徹底して心がけることだ。
「ごめんね一人にして……。」
朦朧とした意識の中、背中越しに遠い言葉が聞こえた気がした。
「俺の誇りだから、いいんだ。」
誰に答えるでもなくそんな言葉を呟いて俺は意識を手放した。




