第二百三十九話 ひみつプラント♪封印消失
疲れ切った眼でこれを見た私は、いつも通りのミスをしたことを理解したのであった。
作成日:2018年 11月17日 00時04分
そして今日は11/30(´・ω・`)OK エタってる
正直すまんかった。
唯々、広い水平線が見える平野の只中を、真っ直ぐに駆けている孤影が、夕陽に照らされて長い影を伸ばしていた。
周囲を睥睨し、微塵の異常も見逃すまいと油断の無い目をした女が、口元を真一文字に結んで辺りを探る。
キシキシと何かがこすれ合うような音が微かにする方角を、眼球の動きだけでチラリと見るや、一切の恐れや逡巡も面に顕す事無く、彼女の操る騎馬が誰が見てもあからさまに怪しい場所へと、重い空気の層を押し退ける音を僅かに鳴らし、呑み込まれるようにその姿を現世より消して行く。
厚い枯葉の層が降り積もり、しっとりと濡れて固まった、小路にすらなっていない森を奥深く分け入ったかのような場所に出たようだ。
未開にして未踏破であるかのような、昼であっても暗く深い原生林の只中に騎馬は佇んでいる。
常世よりホンの少し外れた、異次元の境界、その真上に立っている。
俄かには受け入れるに無理のある現実を、それでも曲げて受け入れる覚悟を求めて、一つ鋭い深呼吸を彼女は丹田に叩きこむ、非常識を呑み込む覚悟が決まり、それはスルスルと胃の腑に落ちてのち、一息吐く時間を経て平常心が静かに着席する。
確りと十分な時間をかけて気を取り直すと、何時しか放置していた手綱を手に取って見つめる。
太陽の位置と樹木の並びから森の深部に至る方角を大体読み解くと、手紙に認められた脚色過多の悲劇的喜劇の痕跡を求め、枝葉のより繁った方角へと、先ずは馬首を巡らせる。
約二時間、刻限に言い換えれば一刻少々で逃走劇が行われた舞台と思しき───。
大地が抉れ、草木と倒木が散らかり放題の獣道を発見する。
人とゴリラが追いかけっこしたかのような────いや、強化魔法で足そのものをスパイクにして大地を抉りながら遮二無二疾走した決死のマラソンの痕跡……求める痕跡としては最上のもの、それを発見出来た彼女はさしたる感動も示さず、馬腹を軽く蹴ってその荒れた獣道を馬並みの速度で駆けさせる。
ダート路面よりも腐葉土化した濡れ枯葉は滑りやすく不安定だ、無理をさせては元も子もない。
一本の巨木を間に挟み、恋人同士が戯れ合う様に「ここだよ」「あはは」……と拳と槍を打ち交わして抉れて穴だらけの大木を発見する。
大木に拳で穴を穿つ黒エルフとは何なのかと思いつつ、倉橋達也が認めた手紙に記述されていた───それはまるで、ゴリラのように猛々しく、ゴリラの様に美しく、ゴリラの様に貴い。の一節を思い返して納得した。
ゴリラならば仕方がない。
そう、詮方ないのだ。
猛烈に荒れた獣道に遺された逃走の痕跡を辿り、三日ほどの野営を経て、陽射しの中に聳える某県庁に酷似した建物を発見する。
但し地上には五階層程度の部位しか残っておらず、その殆どが地下にあると理解できる埋もれ具合であった。
周辺の山が何らかの攻撃で崩れてなくなったのだと仮定すると、こんな感じに埋まるのだろうかと暫し黙考する。
建造物の保護をしているバリアー的な形に土が天へと登る形で遺されている。
不安定であるはずの土砂や堆積物が山なりにならずに犬歯のような牙状に反り立っているという景色など自然には発生しないものだ。
爆風で飛来したものが降り積もったのだとすると、バリアーは傘状に展開されており、下に存在する都市を保護する事を最初から考慮していない形状をしたバリアーであると言う結論に達する。
全てが終わりを告げた今となってはバリアーの真相なぞ知った事ではないかも知れないが……。
凡そ五十階層分もの高層建築物が埋もれて仕舞う程度に厚い土のが降り積もった都市───と聞けば考古学のロマンではある、ただ、ここにあるものは数万年前等ではなく彼女たち転送者からすれば見覚えのある建築様式ばかりだ、ともなるとうすら寒い想像しか湧き起らない。
バリアーの周囲をぐるりと回り出入口の無い事を確認して薙刀を一振りしてバリアを切り開いて素早く馬ごと中に入る。
人間技ではない事をサラリとやってのけた彼女からは緊張や気負いは一切感じ取れない。
ごく自然体である。
バリアーの内側から外を窺えば落ち葉すら落ちてこない、今立っている場所は隔絶した空間であることを嫌でも理解せざるを得ない。
あからさまに怪しい建物の中に馬を降りて侵入する事にしたようだ、敵らしきモノの気配一つしない場所でバリアーもある、馬は暫く自由にしたところで逃げる事も無いだろう、そして逃げたところでバリアーがそれを阻む、何しろこの場所は隔絶されているのだから……。
内部に入ってみてその無駄な広さに笑いが込み上げてくる。
そりゃあ、市民なんちゃらさんが新庁舎など不要!とお怒りになられる訳だ。
絨毯が敷き詰められたフロアを歩き、割と素直に階段を発見し、迷うことなく階下へと足を進める。
ここまでは然したる妨害もなく、誠に順調である、と言えよう。
フロアプレートから察するにここは地上四十四階、降り積もった土に埋もれた建物の入り口にあたる場所まで階段を降りるとなるとかなり強烈な運動を強いられる事になる。
冷たいコンクリート製の壁に触れて暫く彼女は瞑目する。
偽装に偽装を重ねた建造物に多層化させた別次元をパッチワークのように繋ぎ合わせた建物。
借り物の魔法で精査した建物の階段の位置を割り出した辺りで彼女の身体はガクリと力を失って崩れ落ちた。
静か過ぎる静寂の中で目覚めた彼女は己の迂闊さを呪った。
何も起きなかったし何者にも襲われてはいない。
ただ、無防備に魔力切れで寝てしまったのだ、これは普段の彼女であれば絶対にやらかす事のない痛恨のミスだ、このセカイに放り出された頃のような真っ新で初心な時期であるならば兎も角、殆ど記憶を取り戻した彼女にとって合ってはならない失態というやつであった。
「それもこれもアイツが悪い……。」
責任転嫁、そもそも彼女が冷静では無くなっている要因が彼にあるのだから転嫁先としては大正解であるが、それを認めてしまうとなんとも居た堪れない気持ちになってしまう。
自分が立てた音以外は聞こえない静寂だけが辺りを支配する場所で失態の目撃者は居なかった。
そもそも、外に居る筈の馬の気配すらしない。
気を取り直して立ち上がり進むしか、取り敢えずやるべき事も無い。
薙刀の石突きを時折カツカツと鳴らしながら彼女は通路に遺された血糊や擦過痕、槍で削ったと思しき黒エルフと馬鹿者のデートコースを歩いて行く。
生身の拳打で拉げた防火扉の厚さは三十センチはある。
「機密扉とかそういう類だよね。」
唖然としながら生物としてタガが外れまくった絶対強者のご乱行の数々を行く先々で確認するとその都度呆れ返ったような深い溜息が漏れる。
こんな規格外のバケモノに追われながら送ってきた手紙は陽気極まりない真剣味に欠けた内容ばかりだったのだ。
しかし、現場を見て色々と判る事もあった。
努めて事実を捻じ曲げて現実逃避し続けなければ、魔法障壁越しに狂乱する黒エルフを観察して隙を窺うなど無理難題であっただろう事は想像に難くない。
各階層の医療器具や薬品を拾い集めて自分で治療を行い、時には鏡を用いて背中側を縫ったと思しき血痕のついた壁を発見する。
実に物騒極まりないデートコースで血痕を指でなぞる。
「乾いてる……か。」
それは安堵だろうか、其れとも諦めであろうか。
彼女は溜息を一つその場に遺して粛々と破壊の痕跡を追うのであった。




