第二百三十八話 ひみつプラント♪デッドゾーン④
結論から言おう。
鋼同士が激突して火花が散る。
うっすらと輝くダイオードの緑色の光の中、俺は少し大きめな部屋の隅に世界樹の根による物量で追い詰められていた。
詰みである。
ゴボゴボと排水溝から固形物が水と共に溢れるような不愉快な音が聞こえて、一つ、また一つと瓶詰の初代勇者のご遺体が並べられて行く。
気味が悪い、結界石で封じた筈なのによくぞ持ち出して来たものだと半ば感心しつつ様子を見守る。
内心は『えーっ、面倒くせぇなーこんなところで復活して対決とか今日日流行らねぇよ』などと考えていたが……。
しかし、復活する様子はない。
あれだろ、自分じゃ割れないから瓶を割れって事だろ?。
「オマエ ヲ コロス」
「判り切った事は言わなくても良いんだよ。」
小火炎魔法で火炎瓶に火を付けて五本ほど投げつける。
一応樹木なのだから燃えると期待させて貰おう。
風魔法を背後から発生させて水魔法で身を守る。
魔力がズンズン失われるが世界樹の槍を世界樹の根に突き立ててマナを吸い上げながらの反撃なので無限に戦える……まぁ燃料が尽きるまでの間であるが。
投げつけたワイン瓶からナフサが火を噴き上げる。
伝説の霊木であろうとなんだろうとマナ由来ではない燃焼には慣れている筈はあるまい。
慣れるほど燃やされたナナカマドには敬礼せざるを得ないが、漫然とセカイの支配者ヅラしてただけの寄生樹にそんな耐性が身に付くほどの労苦の積み重ねは出来ていないものと思われる。
斧で根を断つなどと言う勇者タクマのような真似は俺には難しい。
自転車のチェーンを高速回転させる日曜大工の極みのような道具の試作機を取り出して魔石を放り込む。
エンジン動力ではなく魔石を用いた電動アシスト自転車のモーター部分のようなもので単純な構造をしており、回転方向は一方向のみ、スイッチ機構などは存在せず魔石の力が尽きるまで延々と回り続けるデンジャラス仕様である。
試作品であるが故にこの一台しか無いが槍で根を断つなどという不可能事に挑むよりは幾らかマシな道具であった。
武器と呼ぶには抵抗のあるそれに強化魔法を付与して耐久と攻撃力を高めていく、ただの金属ではこの大樹の根の硬さに敵うまいという判断からだ、金属同士が金切り声をあげるような音が鳴り響き世界樹の根が一本切断出来た。
「───────────────────。」
世界樹の絶叫と共に根が急速に退いて行く。
鰻鞄の異次元空間に初代勇者を詰め込んで、世界樹の根を回収して縦穴へと移動する。
恐らく暫くは追いかけてこないだろうが今のうちに縦穴エリアを登り切りたいところだった。
先程詰みかけた局面を打破する事に役立った、この火炎瓶の中身はナパーム弾の出来損ないである。
風魔法が無ければ酸欠で死んでいたであろうし、水魔法の防護が無ければ熱さでヤバい事になっていたのは疑いないところだ、そして大金星の威力を発揮したチェーンソー擬きは残念ながらあの一度きりの輝きの後壊れてしまった、切り札の中でもジョーカークラスを失ったのは正直痛い。
ハーケンを壁面に打ち込み、ザイルを手繰って登る。
縦穴と謂う奴は降りるのは楽だが登るのはキツい。
だからと言って注意力はどちらも必要不可欠な要素で気を抜くことなど許されない。
逃走三日目、寝ずに逃げ続けた弊害で狭い部屋の片隅で意識を失うレベルで迂闊にも眠ってしまった。
寝起きで迫りくる怒涛の根の衝撃に血反吐を吐きながら障壁魔法を構築する。
世界樹の槍からマナの供給を受けてあり得ない濃度で構築した障壁魔法の箱の中で治療開始だ……。
セルフ開腹手術の末、腸を丁寧に仕舞ってドレーンを突っ込み、整腹の後縫合を済ませたあたりで意識が飛んだらしい、右手には持針器が握られており傷口には消毒薬どころか布すら当てられていなかった。
周囲は根だらけで身動きは取れそうもないが、障壁魔法で押せば押すだけ領域を広げる事が出来そうだ。
「いよいよお手上げとなりました、皆様如何お過ごしでしょうか……。」
久しぶりに手紙などを認める心境に達したタツヤは意識が朦朧と仕掛けた辺りで鰻鞄に書き上げた手紙を投函した。
──── ・ ────
王都の片隅、ここは研究所と言う名前の倉庫である。
「不味い事になったねぇ。」
ふるふると揺れるセンパイとタクマとユリの三人が角突き合わせて見つめる手紙の内容は、どう楽観的に読んでも遺書そのものであった。
「世界樹の槍の支配者が世界樹に幽閉されるなんて思いもしなかったよ。」
表情は読めないが先輩は呆れ顔なようである。
「効果的な助言を求めても?。」
「手はあるけど魔女の力を借りなくてはどうにもならないってとこかな。」
「「魔女?。」」
センパイに注視しつつ互いを見遣る二人。
「グニルダっていう協力者……いやまぁ共犯者だねぇ、そいつに頼んでひみつプラント♪の保護魔法を止めて貰うのさ、そうすれば異次元的空間接着が全部剥がれてジャミングされているタッちゃんの位置がわかるようになる。」
後は貴女の魔法で助けられるでしょとセンパイが眼で語る、ユリは黙って頷く。
「わかった、それでそのグニルダって魔女は何処にいる?。」
「封印兵器の中にジオルナードの嫁と一緒に眠っている筈だよ。」
物騒な単語がタクマの耳を打つ。
「封印兵器ってどんな奴だ。」
「今は空を飛んでいる筈、ここよりずっと南の……スペースターミナルだった街の辺りかな、牛車に揺られて二十日ほどの距離だねぇ。」
「空飛ぶ兵器って……空中空母クラスの話なのか?センパイ。」
「大きさはアレの半分くらいだけど宇宙に行ける巡洋宇宙艦に近いかねぇ。」
タクマは左手を額に当てて深い溜息を吐く。
「センパイ、貴方って人は……。」
異世界転送前の世界に存在していた宇宙軍所属の艦名をチラホラ呟きながら頭の痛い会話が続く。
「あんなので世界戦争していたの?……良くこの星、形を保ってるわね……。」
ユリも呆れ顔で水を軽く飲む。
「兵器は雑な物ばかりで出力も弱いからね、エルフの空中王城と空中都市群を叩き落とすのにどうしても必要だったから必要な分だけしか建造していないけどねぇ、まさか潰さずに封印しただけ……とかどう考えても杜撰よねぇ。」
後任者の杜撰な兵器処理を思い、遠い目になって沈み行く夕陽を眺めるセンパイ。
「俺達はそのグニルダってのに協力を要請すれば良いのか。」
「提案しておいてなんだけど、条件として貴方を欲しがるから、やっぱり辞めておいた方がいい。」
フルルとセンパイが揺れる。
「ツムギちゃんの手足が生え揃ったけどそろそろ起こす?、精神を少し弄って安定させないと暴れそうだけど。」
さらりとセンパイは飛んでも無い事をのたまう。
「そうね、本物のお荷物からお客様になって貰う頃合いかしらね。」
対するユリも泰然自若と言った風情で頷く。
麻布に包まれて培養液の中に頭まで浸かった女性が樽の中に入っていた。
タクマが彼女を引きずり出して湯を張った風呂場に運んでから、後の作業をユリとセンパイにバトンタッチして台所へと向かう。
「火傷のケロイド状態も完治、手足の欠損も回復、流石母上様だねぇ。」
「アロエがドラゴン種だったとか、本当にビックリなんですけどねー。」
「ワタシでさえ更生出来ちゃう母上様に、マジリスペクトよ、マイマスター。」
オチャラケ気味に使い魔らしい発言をするセンパイに苦笑する。
とうに使い魔の縛りから自らを解き放っているアロエスライムを突く。
ぷに。
「病んでる部分の治療は任せるわ、カツラは昼間買ってきたこれで良いわね。」
白井紬に聞きたいことは山ほどあるが、同様に聞かせたい事も山ほどある。
一先ずは手足の対価として拘束してやらざるを得ない、そうしてやれば多少なりとも冷静になるだろうし。
もう一人の冷静になり切れなかった友達を思って一つ溜息をついた。




