第二百三十七話 ひみつプラント♪デッドゾーン③
目覚めた時間が朝であり、今が夜であったとしても気にしてはいけない。
そもそも確認する方法が無いのだから体内時計と腹時計にそのあたりを任せて納得せざるを得ない。
脇に逸れる様な話ではあるが、機械式時計を製作する時間的な余裕はタツヤ個人には無い、無いのだが懇意にしている魔道具工房に無理難題レベルの精密部品を試作させる程度の無茶振りはやっている、もちろん産業機械の無いこちらの世界で出来るもの等、たかが知れているので精度を期待などしては絶望の溝が崖レベルに為り替わるので一ミリも期待などしてはならない。
現代科学繋がりで昭和の家電三種の神器の一つであるところの洗濯機も彼ら現代人には恋しい機械の一つである。
簡単に一晩程度で洗濯物は乾かない、その上乾燥機付きの洗濯機など望むことすら許されない、当然の事ながら、迷宮アタック中の貧弱過ぎるベースキャンプにそんな文明の利器は存在などしていない。
簡易の物干しロープを設営して、丁寧に洗濯物を干す事が出来る事の限界である。
タケルが開発した温風系列の生活魔法を習得していれば多少なりともマシだったろう。
寝巻を鰻鞄に畳んで仕舞い、作業着に着替えて一考し、今回は帽子を被る事にした。
血糊で髪が固められた反省を踏まえての決断であった
「内臓で働く、何らかの名前でも書けばウケるだろうか……。」
俺は帽子を見つめながらペンを片手に独りごちる。
書いたかどうかは秘密である。
ユグドラシルの根を展開させて浄化魔法を掛ける。
負の方向に傾き過ぎた聖なる槍を更生させるのは何時も一苦労する、消費する精神力が尋常ではないのだ。
世界樹に幻想を抱いてはならない。
デカい"冬虫夏草"のような寄生植物だと考えて貰えば世界樹の本質がわかる。
その世界に巣食う病理のような大樹であるという理解を軸足にして考察を進めていけば幻想など途端に吹き飛ぶ悍ましい正体が露呈する。
エルフは古来より世界樹から漏れだすお零れを頂いて不老長寿を得て、無駄に年を食ったハイエルフによって蛇口とポンプを取り付けた、寄生樹に取り付いた寄生虫である。
正にお似合いのカップルだったのだ。
当然相思相愛の頃にエルフは絶頂期を迎える。
世界を完全に支配下に置いた、文字通り支配者となったのだ。
聖遺物と呼ばれる世界樹を切り刻んで創り出された武器や魔法具の数々、取り分けユグドラシルは世界樹には物凄く痛い部位を用いて造られたらしく、伐り出した時点で世界樹に貼り付いていたエルフは壊滅状態に陥った。
しかし、世界樹の傍のエルフが減ったとしてもまだまだ追い出されていた氏族が蛆の様に群がり、瞬く間に世界樹への寄生が続行されたのは世界樹にとって誤算であったに違いなかった。
この事件から世界樹とエルフの蜜月が終わりを告げたのだが、この寄生虫はとんでもなくタフネスであった。
一方、激痛を伴って伐り出されたユグドラシルの根幹を為す世界樹の根はエルフを呪うエルフの至宝と云う難しい素材となり、ドワーフの手に渡る。
野垂れ死んだエルフの商人の死体の傍に転がっていた世界樹の根をドワーフが拾ったのは偶然と言うよりも作為と必然の濃度が濃厚であったように思う。
製造過程でドワーフの母子と刀工の命が失われたが、無事ユグドラシルは完成を迎える。
世界樹の槍の使い手は冬虫夏草のような植物に寄生されて自然に還る形の最後を迎える。
肉の壁を片付けたタツヤの前には真っ直ぐにフロアをブチ抜く吹き抜け構造……では無いものを無理矢理ブチ抜いた大樹が露になっている。
根の張った大地部分以外は、元来の構造体の形を維持してはいるものの、このフロア自体が大樹の根本である事は間違いない。
ひみつプラント♪はプランター無いし植木鉢のようなものであった。
「要するに、ここが本物の世界樹の根本、この世界を完全に消滅させる事の出来る急所ってわけだ。」
初代勇者の頭部が納められた瓶を足蹴にしながらタツヤは世界樹の根元を眺める。
根を枯らしてしまえば、この胸糞悪い物語はあっさりと終わりを迎える事だろう。
魔法とマナの力で浄化を行っているシステムが停止してしまえばこのセカイは再汚染の憂き目にあってサクッと生命が絶滅する。
センパイ達が血の滲む様な努力と、文字通り粉骨砕身して魂を転写可能なチップに替えてクローン体で凌ぎながらセカイを維持してきた歴史が水の泡になる。
その上でどうするかは俺の勝手だと言ってくれた、つまりは……そういうわけだ。
「封印されし初代勇者、チート塗れの異世界転生者、さぞかし楽しく異世界を堪能したことだろう。」
壊れた機械群が世界樹の根に押しつぶされたり浸食されたりしている中、無限増殖していた肉片の取りこぼしがプルプルと震えている。
センパイの言っていた食料生産プラントが壊れて肉だけを培養していた。
その肉が細胞分裂を只管繰り返す。
世界樹根元に大きな機械があった、初代勇者を封印する装置は世界樹の槍を伐り出した場所に当てつけの様に設置されている。
封じられているものは記憶と魂で、彼の肉体は瓶詰でそこいらじゅうに放置されている。
転生者である初代勇者を封印する為に魂を取り押さえると言うのは良い手だが、恨みを買うと言う点を考慮していないのはかなり杜撰であると思う。
「ユルサヌ……。」
地の底から絞り出すような怨嗟の声が聞こえる。
実体持たぬ魂の声が周囲の空気を振るわせて声として発生している、要するに空気多めの声だ。
世界樹の槍を似たような周波数になるように振動させて声にぶつけてみればとても静かな部屋に逆戻りする。
ツカツカと歩き、遺されていた端末や機械類を鰻鞄に収納してゆく。
初代勇者の処遇については俺よりも当事者たる妹が殴りたい事だろうと思う。
初代勇者は年上なのに年下を見捨てたと言うゴミクズのような子だ、そんな輩を女子が許す訳が無いだろう?。
俺がここに何をしに来たかはやってることを見れば一目瞭然だが、科学的資材や部品の回収だ、封印だの初代勇者だのは二の次である。
「そりゃあ妹を殺した輩のツラを拝みに来たと言う理由も無い訳じゃないがな。」
俺は妹に関する記憶が吹き飛んでいる。
少しはある、あると言えばあるのだが、両親からの虐待で肝心要の記憶が無い。
だから平然と生きていられるのかもしれない。
闇の中の真相を知るものは妹か、記憶を取り戻した俺だけだ、出来れば何も知らないまま死にたくはない。
妹にとって俺が原因なら殺されてやっても構わないが、それがどんな理由かも知らずに死ぬ事は一寸だけ勘弁して欲しいのだ。
世界樹の根が一本うなりを上げて俺を打ち据える。
世界樹の槍でその一撃を受け止めて遺物回収作業を続行する。
妨害が激しくなる前に片付けてしまいたいところだが、さてどの程度時間的余裕があるのか計り知れない。
天井の腐食したコンクリートがパラパラと砂の雨を振らせている。
割と大きな壊れたディスプレイのガラスを切り出していると世界樹の根が二十本ほど立ち上がるように動き始めたところであった。
色々と調べ回り、回収に値するものを回収し、丹念に物色を終えた俺は四十九階層の階段を昇っていた。
馬鹿正直に相手すべきものと、そうでないものがこの世に存在する事は皆も承知の事だろう。
五十階層の揺れは階段を昇り切った瞬間に収まり、階下を覗き込んでも最早階段すら見えなくなった。
要約すると四十九階層と五十階層は別の場所と言う不思議な構造であると言える。
この場所は恐らくエルフの秘伝……いや秘密の場所なのだろう、だがしかし座標は別でも繋がってはいるので音だけは聞こえるし何かが這い出てきて周囲を探る姿も見える。
ベースキャンプを片付けて縦穴を登る前に、静かに振り返ると触手のような動きを繰り返す世界樹の根が見えた。
ハッキリ言って気持ち悪いわアレ。
俺はザイルを握る手に力を籠めて確かな足元と暫しの別れを告げた。




