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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百三十五話 ひみつプラント♪デッドゾーン

自動投稿に失敗…

 縦穴を只管(ひたすら)に降り続けるだけの日々を乗り越えた。

 暗闇の中で気が狂わんばかりの単純作業の果てに、(ようや)く辿り着いた確かな足場に降り立った俺は、誰も見ていない事を良い事に五体投地で、足場がある幸せと感触を愉しんでいる。

 しかし、周囲には生命反応しかないと断言出来る程に命の鼓動に満たされた場所であった、目線らしきものは無い、無いのだが……。

 ここは見渡す限り生命の真っ只中であり、無機物と融合したフロア……異界であるのだと残念ながら先輩に与えられた要らぬ知識により()ってしまっている。

 拍動する壁に走る血管や、長い年月で浸食された天井など……それ等は先輩達、ようするに先人には想定の範囲内で起こりうる異常であり、即ち正常な変質であるのだろう。

 異常と言うには程遠い浸食度合いだと観察しながら、正常と異常の曖昧な境界線を、前述の与えられた知識を元にそう結論付けざるを得なかった。

 頭を殴って消し去りたい記憶と言うものの一つだろうか、俺は溜息を一つ吐いて肉の壁と天井をランタンの明かり越しに見回して、ギリギリ浸食されていないリノリウム張りの廊下の冷たさに安堵した。





 テントを設営して食事を作る支度を始める。

 サバイバルの基本……等と偉そうに講釈する気は無い、無いのだが人間は脆弱な生き物なのでその生命活動を円満かつ円滑に維持する最低限の物を用意するだけ、たったそれだけの事を行う。

 用意するものは、棲み処、食事、火、水だ。

 多少苦労してもライフラインを確保しなければ何も始まらない、鰻鞄(マジックバッグ)の持つ無限収納能力のお陰で全てを楽に賄えるが、ここまで恵まれた道具を持っている事等は滅多にないであろう。

 スプリンクラーの作動しない場所を天井を見上げながら確保して、さて煮炊きする訳なのだが、念の為ベヒーモスの皮を天井に向かって広げて傾斜をつけてハーケンで固定する、目に見える範囲に拍動する肉の無い場所を選んで簡易かまどを設置してまな板を置けばナイフを洗って準備完了だ。

 スプリンクラーの水が降り注いだとしてもベヒーモスの皮に落ちれば水を集められるが、その目論見は副産物を獲得できる可能性でしかない。

 あてにするのは辞めにして失望感を増さないように心を静かに保つ方が良い。





 肉色の世界の中で、肉に浸食されていない場所が多少なりとも安全な場所という理由は何度か捕食されかけたからに他ならない。

 縦穴は時々ズレて接続されており、ところどころ隙間から肉や歯が生えていた。

 捕食の危険性を感じたところで引き返せば良いものを、俺は行けるところまで進む事を選んだのだ。

 先輩も最下層へ行く意味の乏しさを示唆してくれていたが、残念なことに確認すべき事が出来てしまった。

 先輩との会話が無ければ逃げていた筈である事は言うまでも無い。



 意趣返しとして壁の肉を食う気は今のところ無い、原材料が魔物の肉である事を知っていても、ここはいわばその魔物の腹の中だ、余程の飢餓ないし絶食状態で無ければ、そのような行為は憚られる。

 冷やして異次元保存しておいた魚の中から半身だけ食して収納しておいた使い差しの青魚を鰻鞄(マジックバッグ)から引き出してまな板の上に乗せる。

 簡易コンロに焼き網を乗せて魚のカマの部分を切り取り塩を振りかけて網に丁重に内側を向けて火魔法を励起させ、カマを二枚焼き始める。

 カマというのは文字通り鎌に良く似た部位の事で、魚のエラに当たる半円形の部分だ、エラは鰓と書き機能としては水の中から酸素を獲得したりプランクトンを漉しとる事が出来る。

 魚の種類によってはこの鰓の部分も美味しく頂けるらしいが勉強不足なのでこの魚の鰓が食用であるかは良く判らない、残念ながら捨てる事にした。

 半身の魚の骨の部分をまな板に乗せて背鰭に一筋、腹びれに一筋と最初の切れ目を入れていく。

 残念ながら出刃包丁は牛車の中で干す為に置いてきてしまったので切れ味に難があるナイフで捌かざるを得ない。

 温かいまま保存しておいた食料は既に食い尽くしており、食べたくても食べられない。

 無限収納がバレ無いように他人に見られても弁当であると抗弁できる程度に配慮した非常食がある事にはあるのだが、十日程度掛けて降りてきた縦穴で、飽きる程連続して食べ続けた事もあり、非常事態は継続中だが非常食を食べる気が全く起きないのは、人として仕方のないことだろう。



 そもそも宙ぶらりんの縦穴で、難燃性とは言え燃える可能性のある素材で出来たテントの中で火を起こすのは死と隣り合わせだ、間違って火が燃え移れば、確実……ではないだろうが、落ちて死ぬリスクが跳ね上がる。

 ユグドラシルを持っていなければ間違いなく死ぬのでリスクなどと言える分だけ幸せな状況であると言えよう。



 鰻鞄(マジックバッグ)の異次元連結をもっと拡張して大きな物品を遣り取り出来るように改良したいところではあるが、残念なことにそれは皆に止められていた。

 戦争利用するならさせて置けばいいじゃないかと思わなくはないのだが……いかんな厭世的(えんせいてき)な捨て鉢思考が俺を染め上げようとしている。





 魚のカマの焼ける香りが周囲に広がる。

 この香りが鬱鬱とした俺の思考を一気にクリアーにしてくれた。

 激しく鳴る腹の虫に耐えてくるりと網を返してもう片面をゆるゆると焼く。

 食べ頃になるまで僅かではあるがこの激しい空腹を抱えた身で、この暴力そのものの香りを嗅ぎ続けなくてはならないのは激しい誤算であった。

 皮を引き血合い部分を切り取って刺身を造り乍ら、わさび醤油で既にパク付いている己に多少情けなさを感じつつも癒えて行く空腹感に思わず深い安堵の溜息を漏らして眼を閉じる。



 眼を開けて壁などを凝視すれば不愉快極まりない……。





 ───・───





 脈動する。

 フロアが丸ごと揺れ動く。

 蠕動を繰り返す肉の壁が一階層上に溢れかえる殺人的な香ばしい香りに周囲を焼く酸をまき散らす。

 生命の根源を揺さぶる……とは烏滸がましい限りであるだろうが、ここに封じられている初代勇者は日本人である事を忘れてはいけない。



 それは、焼いていたカマに醤油をかけて、仕上げとばかりに火で炙った矢先の事だ。



 充満する醤油の焦げる香りに周囲の肉が拍動する。

 遠くに見える襞付きの肉壁からはヌメヌメとした輝きと噴き出す汁の音が聞こえた。

 当たりに浸潤している肉を自ら溶かしながら壁全体が揉み崩れて肉の壁があらわになり、コンクリートを溶かして消化して行く。


「旨い……。」


 ホロホロに崩れるカマの身を箸で摘まんで口に運ぶ……咀嚼する……嚥下する。

 噛み締めるように自画自賛して一口日本酒もどきを口にして膝を打つ。

 小気味良い打撃音がコンクリートの残る通路側に響き更に一口、おまけにもう一口と晩酌は続く。

 身体の奥底から絞りだすように呻きながら猛烈に旨いカマを味わう。

 合間合間に刺身を摘まみながら一杯呑(いっぱいや)っていると、明らかに肉の血色が此方向きに良くなっている事がわかる。



 質量だけで言えば牛に換算して五千頭程度の内臓に匹敵するサイズがワンフロアーだとして、浸食されているこのフロアーはその半分サイズであろうか。

 そんなものが持ちうるであろう胃の容積を満たせる程の魚……それに限らず食料は持ち合わせていない。

 なので肉塊(にくかい)など悉皆(しっかい)無視して刺身を、カマを、日本酒を堪能する。



 食いきるまでは現実逃避を決め込んだが、揺れ動く階層と浸食を果たしきれていない部分との切れ間から舞い散る砂埃やコンクリート片がここに在る初代勇者の慟哭であると理解している。

マテやお預けを食らった犬が飼い主の食べ終わりを待つ心の音であるだろうか。

だとすれば初代勇者は駄犬と評するべきだろうか……いやいや待てよ倉橋達也、少なくとも初代勇者は千年単位でマテが出来る優秀な犬であるだろう、そりゃもう訓練の行き届いた血統書付きの名犬ではないか。

益体も無いヒトリゴトを脳内で行いながら日本酒を味わう。

意地でも慌ててなどやらないと荒れる肉の壁を肴にしながら。


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