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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百三十二話 背景、真っ白な世界より②

 溶けたエルフたちが癒着して繋がり、一本の大樹として聳え立っている。

 役目を果たせ無かったどころかユリ・ニシダの気紛れな行動により命拾いしたエルフ族の成れの果てだ。

 透明なアカシアならずとも世界樹ともリンクしている俺が、この不愉快なエルフの樹であっても支配下に置いていないなんて事はなかった。

 一つの樹として一体化して世界の支えになろうとか、世界平和のために心を一つにしようなどと殊勝な心を持った種族であればここまで醜悪な生きる事に縋る肉の大樹になどなりはしなかっただろう。

 数多く存在するファンタジー世界に住む、高潔で自然を愛し、慈しみ、やがて世界と一つになり森や世界を循環し、清廉なる凛とした存在としてのエルフとして還ってくる高貴なる存在……であるのならばこんな醜態を晒すが如き変異体に姿を変える事などあり得ない事態であったに違いない。



 俺が断腸の思いで世界樹の根の一部を武器として与え、汚名返上の舞台を整えてやったのだが、結果はこの体たらくだった。

 偏に未熟な判断を下した俺の責任であると思わざるを得ない。


「センパイ、エルフの本質は食虫植物だと思っていたんですが、やはり間違いだったのですか?。」


「その因子はあるけれどね、どちらかと言えば葛やミントの因子が強い生き汚さがエルフの本質だよ、尤も戦法自体は間違ってはいなかったよ、寧ろ良く気づけた方だと思う。」


 センパイが世界樹の根毛を手にして、二・三度刺突を行う。


「計算が狂ったのは世界樹の帰還命令に取り込まれるほどに、精神が弱化していた事が原因だね、普通のヒトであれば、気をしっかり持てば大丈夫って代物だけれども、エルフ族は既に虫以下の精神力だったらしい、こいつらコボルト相手にも完全敗北するんじゃなかろうかね。」


 言葉の最後は肉の大樹に根毛をザクザクと刺しながらのボヤきである、なかなかに辛辣なご意見だった。

 世界樹の根の槍(ユグドラシル)の構成材料である”世界樹の根”そのような世界の至宝をエルフが手にすればあっという間に液体(栄養剤)化してしまう。

 エネルギーのサイクルへの帰還命令に抗うのは死を拒絶する事と等しいので普通はそう簡単に負けたりはしない。

 エルフの姫やら女騎士などではないのだから、あっさり負けてもらっては困るのだ。

 それを危惧して世界樹の根毛程度の拘束武器を授けたのだが、それすらもエルフには過ぎた物であったようだ。

 自然を尊ぶ事も無く、世界を愛する事も無く、神に感謝する事も無い。

 聖なる物への耐性を磨く機会すら放棄した者達に、俺は異世界の人間たちが漠然と抱く”理想のエルフ像”を全力投球でぶつけてしまったのだ。

 そんな素晴らしく輝かしい理想像など受け止めきれずに崩壊しても仕様がないだろう、そんなもの親が子に抱いて押し付ける理想の息子育成(教育ママのエゴ)計画と同じ水準の余計なお世話だ、だから追い込まれたエルフは寄生樹として生まれ変わった。

 そう、なにも不自然なことはなかったのである。


「完全に俺の思い違いでした。少しくらいは精霊と交流を保っていると思っていたんです。」


「後輩君は、良くやった方だと思うよ、うん。」


 精霊との対話も忘れて世界樹の森に引きこもっていた楽園の寄生虫に、世界を救う歯車になれとか土台無理であったのだ。

 ジオルナードを抹殺するために温存されていた生体兵器が勝手に兵器を辞めていた。

 ぶっちゃけると、この時点で本来はセカイの終わりが確定していた筈であった。

 更にメタな話だがエルフ族は、その長寿を買われてワクチンとして遺されていた種族だ。

 センパイが配下を使って血眼になって滅亡させた元来のエルフは腐った貴族やら何やらに置き換えてもいいくらいに醜悪な精神を持った生物であった。

 死体から採取した細胞を元に、都合のいいように加工と調整が施されたクローン体が今のエルフである。

 当時猛威を振るった魔人から神の座に至った神帝ジオルナードが、遠い未来に万が一復活した際にワクチンとしてエルフを打ち込んで抹殺する、そんな意図から遺された使い捨ての生体兵器である。



 目下のところ、洋上で再生と捕食されるサイクルに突入した猫耳メイド(ジオルナード)に、嘗ての脅威の残滓すら残ってはいない。

 その猫耳メイド(ジオルナード)を創り上げた大魔法使いは旅の帰り道にタクマとトモエにあの巨大生物を猫耳メイドに創り変えたことをサラリと言ってのける。

 その時彼女は自分の彼氏がユニフォームフェチである事を知るだろう。

 ついでにトモエも知る事になるが、実害は無い筈だから……まぁ、いいや。





 どこまでも白く、どこまでも続いていそうで果てが見えない、その白い世界をセンパイと漫ろ歩く。

 バラバラになった人間が部位ごとに保管されている。

 ホルマリン漬けなどよりも鮮やかな色合いの肌と今にも脈動しそうな程に鮮やかな色をした内臓などは、関係者が見ればその保存方法が気になって仕方がなくなるレベルの標本であるだろう。

 ここは多分、俺の記憶では無い。

 目線の合ったセンパイが顎を引いて答える。

 初代勇者がラベルを張られたガラス容器の中で保管されていた。


「他人の深層心理にまでリンクできてどうするよ、俺。」


「それはアロエドラゴンの眷属としてのリンクだから気に病まなくていいぞ。」


 ポンポンと俺の頭を叩きながら、センパイは足元を見降ろしながら呟く。


「ほんの少し下の階に行けば実物を見る事が出来るけれど。正直なところ、お勧めはしないよ復活させちゃならない(たぐい)の人格破綻者だからね。」


「人格破綻者……酷い言われ様ですけど元々なのかこのセカイの被害者なのか気になるところですね。」


「君の妹さんの能力を増幅するために脳髄を取り出すような人間だけど。」


 前言撤回、人間じゃねぇ。


「それでこの初代勇者をカットして瓶詰にしたのはセンパイですか。」


「合作だね、容器は狂気の科学者、活性阻害の魔法薬液がアタシで、戦ったのは妹さん、封印は魔法の協力者さね。」


 そこまで言われて初代勇者が不死の存在であると理解する。

 狂気の科学者が何を求めていたのか良く判る、陣営をあっさりと鞍替えして初代勇者を研究したいと考えたのも随分と前からであったのだろう、恐らくは初代勇者との最初の接触から解体(バラ)したいくらいの思惑があった筈だ。

 ()()()()()()()()()エルフの肉で出来た大樹にこの薬液は必要ではないかと思い至る。

 生を貪る性が剥き出しになったようなあの樹は、やがて世界を覆い尽くす未来を内包しているように思えるからだ。


「製法を教えるのは問題無いよ、元々が食品に使う防腐剤と大差ないからね。」


 アイが戦う羽目になった、その経緯を知りたいとは思う、だが知ったところでどうなるというのだろう。

 脳髄を取り出された……でも其の後戦っていると言う破天荒な話の裏にはSF(すこし 不思議)な何かがあるのだろう。


「封印には魔法生物の臓器を用いている、えげつない景色だけどこういう場所でなけば生命は眠りに就けないのさ、胎児レベルにまで無理矢理抑え込んで力を発揮させないようにコントロールしなくちゃいけない。」


 壁や床が鼓動と共に微かに揺れ動く。

 何本か傍で脈打つ血管から肉に埋め込まれた容器に薬液が循環している。

 薬液の鮮度を保って、復活を阻害するシステムが生体部品と魔法、そして科学と魔法であって魔法ではない魔法で創り上げられていた。

 この魔法、いやマジカルな力は普通の者には弄る事など不可能な物だ。

 魔法の協力者とやらは転送者に間違いないだろう。


「ここで後輩君、いいや……タッちゃんに選択肢を託そう。肉の大樹と初代勇者を会わせて世界を滅ぼすか、肉の大樹を先に滅ぼして初代勇者と戦うか、全部放置するか、肉の大樹だけ滅ぼすか。こんなとこかな。」


「肉の大樹だけを滅ぼして後は未来を歩む者たちに託しますよ、このセカイに恨みはありますが、帰れそうもないんで保留します。」


「判った、活性阻害の魔法薬液よりアレには除草剤が一番効果があるだろう、さて、黒エルフは死んだみたいだし、そろそろここから出てユグドラシルに誰が主人か徹底的に教えてやるといい。」


「手間のかかる後輩で済みません。」


「ホントだよ、でもまぁ、後輩のピンチに颯爽と現れられないセンパイに価値なんてないからねぇ。」


 背中を向けて手を振るセンパイに深々と頭を下げて一呼吸置き、静かに周囲を見渡す。

 永いようで短い旅の終わりを知覚する。

 主従関係を履き違えたユグドラシル(大馬鹿者)に一喝し、白い世界を粉砕して、俺は意識を取り戻す。


「いいから従えユグドラシル!!。」


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