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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百三十一話 南進③

 ウィップシュラ伯爵、ゲーベンドリス侯爵の二人の領軍による新統治準備部隊は至って順調に第三軍の後塵を浴びながら略奪の限り……もとい、収奪の限り……さらにもとい、布教活動支援並びにシルナ王国民総奴隷化政策を順調に行っていた。

 彼等ばかりに甘い汁を吸わせてなるものかと門閥貴族が挙って王に出陣を乞うも宗教紋と奴隷紋の押印を中々受け入れなかったため、ウィップシュラ伯爵、ゲーベンドリス侯爵の両家だけがブクブクと肥え太る事態に発展した。

 王の臣下ではなく王の奴隷になるだけの事を受け入れる者は、やはり少ないと言う事だろう。

 貴族達とは対照的に、国王直属の親衛隊は、元来より鉄の規則と鋼の忠誠で成り立っていたが故に、些細な抵抗も無く奴隷紋と宗教紋を押印される事を受け入れた。

 奴隷紋と名付けられてはいるものの、その効果は粉骨砕身、王に忠誠を誓い、決して背かない事を誓う契約紋である。

 細々(こまごま)とした誓約はあるものの、列挙したところで模範的な兵士や国民ならば守って当然の美徳に満ちたものばかりだ、偽善と嗤う者達が槍玉に挙げる”正しき行い”を契約で縛るだけのものである。



 ”汚した場所は軍務等の火急の事態以外は自ら清掃する。”


 ”王命の無い略奪、並びに無辜の王国民を悪戯に殺傷せしめる行為のその全てを禁ずる。”



 理想や馬鹿げた夢物語とされる規律を強制する条文ではあるが、国民のその全てが奴隷化したときに、その真価は如何なく発揮される事であろう。

 高度なモラルを”再現”して維持しようと言う意地の悪いタケルからの贈り物と言うヤツだ。

 その支配力を背景に、圧倒的な死をも恐れぬ強兵に仕立て上げられたトリエール兵。

 彼等に蹂躙される栄誉を与えられたシルナ兵達は、タケルたち八氏族連合軍と、トリエール第三軍の混成部隊、そして捕まる端から戦列に加えられた旧シルナ兵改め、奴隷兵に昼夜の別なく襲われ続けていた。

 砦もドラゴンスレイヤーの理不尽な破壊力に晒され、城壁も崩されてはシルナ兵がゴミで隙間を埋める。

 作業が間に合わず、作業員も死体も何でも隙間埋めに用いて城壁の体裁を維持している。

 血も涙もない防衛戦であると言えるだろう。



 木材の伐採と加工の音が遠くから鳴り響き、広域殲滅魔法が惜しげもなく街に、村に、砦に、関に、戦場のありとあらゆる場所で、兵が駐屯する場所を目掛けて正確に炸裂する。

 夜間の逃避行は常に察知され、必ず先回りされて手痛い打撃を受ける。

 起死回生を賭けた夜討ち朝駆けも、必ず察知されて撃ち滅ぼされる。

 夜闇に意味が無く、行動が天空から監視され、至る所に間者が隠れ潜む。

 そんな状況下で逆転の一手が打てる者は、間違いなくタケルと同じ魔法を幾つか生み出していなくてはならない。

 同種であれば精度の高さがモノを言うだけに最低でも同等レベルの人材が必要だ。


「あとはイノに任せて氷の離宮へ向かってもいいな。」


 望遠鏡から目を放し遠見魔法(クレアボヤンス)の魔法を解除しながらタケルは笑う。


「はっ、追撃と追捕の手を緩めず追い込み猟を完遂させて見せます。」


「任せたぞ、お前の指揮をこれより、国王陛下が直々に御覧なさるのだから無様だけは晒すなよ。」


 イノの中の時間が停止する、思考も勿論停止する。

 突然の国王陛下による閲兵を告げられた下士官が己の裁量で閲兵に備えよと唐突に告げられるのはいかばかりのストレスであろうか。





 戦象の牙を、丘へと向かう階段に沿って豪華に飾り付けを終えた工兵達、それを監督していたのは戦斧を手にした偉丈夫、ウィリアム。

彼は国王陛下の訪れの準備に奔走していた先駆けの部隊の一人である。

 南進の先鋒部隊を装って戦略的にも十二分に価値のある丘を、物見台として造成し終えて、久しぶりに一息ついていた。

 砦として形を整えるのはずっと先の事になるだろうが、一先ずはこれから催される戦場を一望できる場所の確保を遣り遂げて、先ずは一安心といった風情である。

 丘の山頂を平地に作り替えて階段を造り見晴らしを良くしただけの観光地の成りそこないのような其れは、敵からすれば遮二無二破壊したくなる要地であるだろう。

 閲兵が済めば更地にしてもいいし、砦にしてもいい、だがそれは”但し物流が上手く回る事”が前提だ。

条件を満たすことが困難であれば、出来損ないの観光地で良いとされている。



 階段の土留め兼、装飾兼、滑り止めの象牙は勿体ない使われ方をしているが、国王陛下が使われた後は只の丸太に差し替えた後、金銭に換えて宴会の資金にする旨、届け出が出されている。

 公文書にはその宴会は大規模な戦勝祝いを兼ねたものに発展したとも添え書きされていた。

 後日大量の始末書がウィリアムから提出されている事から見て、ある種の大規模な祭りに発展したあたりで、ウィリアムが腹を括って破れかぶれになったものと察することができそうだ。

 七日七晩の乱痴気騒ぎを越えての物語は、今現在は語る段階にない。



 落成式などやる暇は当然ながら彼らに与えられなかった。

 こういう息抜きの時間や達成感を噛み締める時間を奪われると言う小さな鬱憤は、爆発力を伴いながら蓄積されていくものである。

 時間と共に不平不満も醸造されていくのだから溜まったものでは無い。



「後方は将軍に任せて、ウィリアム隊と付いて来る気のある馬鹿傭兵供は、武勲を勝ち取れる場所まで連れて行ってやる!、命と金銭を秤に掛けて納得出来る輩からついて来やがれ!!。」



 ウィリアム隊三千と傭兵二千五百余が真正面に陣取るカロン丘攻略に出張ってきたシルナ王国軍南方都市カポ所属第十七軍へと突撃を開始した。

 右翼も左翼も展開する前に本陣を衝かれると言う衝撃が南方都市カポ所属第十七軍に襲い掛かる。

 気配遮断、広範囲迷彩等の初の実戦投入を迎えた魔法の巻物(スクロール)が燃えて消し飛んだのを皮切りに、突如姿を現したウィリアム隊にシルナ兵が驚愕する。


 当然だ、いきなり本陣に敵の主力部隊が一気呵成に突撃を仕掛けてきて即応出来る練度の国がどれほどあろうか、ましてや軍人が兵士全体の一割、多くて三割の、ほぼ民兵が多数を占めるシルナ軍が敵の進撃を支えうる程の防衛に対する心構えなどあろう筈もなかった。

 数を嵩に着て戦うスタイルの大国が、普段通り小国を襲って潰すだけの戦いならば、職業軍人の割合など給料の査定と戦況の管理と運営、物資を滞りなく回せる程度の人数だけでいい。

 職業軍人七割、冒険者・傭兵等の各種ギルド所属が一割、そして新奴隷兵二割のトリエール軍との戦いはシルナ軍全体にとって天敵レベルの不利な戦いを強いられる、実に相性の悪い相手だと言って構わない。

 血に飢えたウィリアム隊とそのウィリアム隊の足を引っ張ることなく付いて来た傭兵達は文字通り南方都市カポ所属第十七軍の中枢をズタズタに引き裂いた。

 華美な装飾を纏った名も知らぬ将軍やその副官、武将の首が次々と野辺に打ち捨てられていく。

 回収よりも抹殺を重視しているかのように、敵陣の中央に逃げた民兵と兵士の死体だけを遺し、敵陣にはポッカリと大きい穴が開いた。


「今日は敵左翼部隊のド真ん中を通って帰るとしよう、全員突撃ィ!!!。」


 命令が号令と化し、槍先が敵左翼へと揃えられ、背後から射かけられる矢を無視してウィリアム率いる五千五百余の兵士たちは突撃を敢行する。

 生きて帰る為には殺して突き進まざるを得ない。

 戦斧は肉厚な刃を旋風状に三枚円を描くように並べられた、筋力馬鹿が使う化け物斧である。

 両手で持っても振り回せない様な超重量鈍器をウィリアムは片手で振るう。

 横薙ぎに振るわずとも斜め前に敵を置いて突き出すだけで首も腕も槍の柄も、場合によっては剣すらも切断してしまう。


「鈍らな武器ばかりだ、お前ら恐れンなよ!。」


 周囲の兵から笑い声が聞こえる、それは存分に鍛え上げられた命知らず達には極普通の共通認識であるようだった。

 笑いながら敵を殺す彼らは、ノット・ハウリオンと何処となく精神性が似通っているのかもしれなかった。

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