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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百二十八話 南進①

申し訳ありません、アップロード失敗していたようです。

 馬蹄の轟きが地平線を覆い、シルナ兵が次々と追い込まれていく。

 シルナ兵は兎に角逃げる、地の果てまで逃げてから再編成することもあれば、民衆に紛れて背後を刺す様な事もしてくる。

 それが彼等の戦いのやり方だから仕方が無い。

 そんな彼等の戦い方は、時が経つにつれて通用しなくなっていた。

 隠れ潜んでいる内に奴隷紋や宗教紋で契約を結んでいる民衆が無意識のまま殺しに来るのだ。

 殺意も、そのために身構える様子も無く、夢遊病者のようにシルナ兵は民衆に殺されていく。



 だから草原で追われて殺されるだけ彼等はマシなシルナ兵なのだ。

 民衆に井戸端会議のついでに殺されるよりは遥かにマシな死に方だ、兵士としての矜持が保たれるだけのその一部分だけではあるが、マシなのだ。

 人によって多少の違いはあるが、兵士達を殺しにやってくる民衆とは、その兵士の妻や子などの、身近な家族や親族である場合が殆どだからだ。

 一番油断している場所で殺意なく殺される、そしてその記憶は奴隷として、信者として当然の行為として心に消化され、誰にも罪悪感として残らない。

 これを優しさと呼ばずして、何と呼ぶのであろうか……それすらも悪辣であると、創った本人が語る以上に優しさに満ち溢れていた。



 残党狩り。

 正直な話シルナ人は多い。

 純潔のシルナ人など既に絶えているので混血の者しかいないが、その数は億を楽々と超す。

 正確な人数は誰も把握できない、ただシルナ王国に属している、シルナ国籍を持っている、多少シルナ人の血を引いている、それだけで十分というレベルのいい加減な人口把握しかしていない。

 移民と流民でベースになった人種も文献を辿る事でしか判らない。

 国家としての体裁を破壊して、軍隊や或いは義勇兵と言う名前の野盗の(てい)を成せない程度に削って散らすくらいが関の山である。

 宗教紋と奴隷紋がちゃんとシルナ王国の隅々まで普及すればこのような手間も無くなる、なので今は地道に日々の改宗活動に勤しむ。

 殺すだけなら幾らでも出来るが、労働力と膨張させる予定の兵力を確保するためにはそちらの方がより近道であるといえよう。

 人権を無視できるシステムと命令がスムーズに強要出来て、尚且つ異論や反論も返って来ないとなれば為政者の地位や立場は盤石だ、文字通り兵の命を数だけで割り切って使い潰す事が出来る。

 元の世界からしてそうじゃないか、なんて言う事実はこの際心の棚の上の方に仕舞っておこう。

 罪悪感が無くなるだけ、メンタルケアの一面だけは完璧なのだから。



 日陰の闇に執事が一人立ち、タケルの指示に従ってシルナ人を馬車に積めて契約書に判を押す。

 改宗も奴隷化も受け入れなかった者達をアルヒローン公にお任せしたのだ。

 冷気を纏った死神の御者が、グレイトフルバッファロー四頭立てで牽く牛車を駆り走り去って行く。



「血のように紅いワインでも公主閣下に差し入れようか。」



 覆面姿の者がタケルの背後で静かにしゃがみ、右拳を地面に突き立てて片膝に左手を乗せて待機していた。



「御意。」



 そう短く一言遺して姿を消す。

 気の利く部下をもって幸せだなと、呟くタケルであったが、果たしてその言葉は彼等に聞こえたであろうか。





 満天の星空の下、テーブルと肴と酒を用意して妻との優しいひと時を過ごす。

 ここが最前線でなければ非常に華やかな雰囲気になるのだろうが、贅沢も言って居られない。

 既にこの行動自体が暴挙であり贅沢なのだ。

 蝙蝠の執事と氷精の姫、吸血鬼の王と妃。

 ゲストを招いての月を愛でる酒宴、この無人の荒野に昵懇(じっこん)の間柄である二組の人外たちの領域を割譲する手土産付きの酒宴である。

 対価は死体の後始末と転移の門の設置、三者にとって先ず理のある話であった。



「死体の血肉はアルヒローン公、魂と怨念は妾達、成る程のぅ魅惑的な提案じゃの。」


 ケーキのカット方法を相談するような軽快さで話は進む。

 戦争を続ける以上死者は出る、ならばそれすらも無駄なく活用しなくては罰が当たると言うものだろう。

 ブランデーを傾けて首肯するタケルと、殊の外ワインが美味であったのかアルヒローン侯爵夫妻は給仕に御代わりを頼んでいる。



「宜しければ三樽ほど差し上げますよ。」


「それは有難い、ここ数年我が領では葡萄が不作でしてな。」



 葡萄酒の取り扱いについては後程別に商談の席を設けると決めて雑談に興じる。

 ローラとアルヒローン妃ミシュテは、花についての話題で盛り上がっているようだ……ローラ、彼女は花の生気の味について語っているぞ……と思っていても教える事は出来ない、若干ズレてはいても会話が成立しているのは何よりであった。



「成る程、我々は既に多数の怨念を前払いされているので否やはありませぬが、何処に転移の門を設置なさいますかな。」



 蝙蝠の執事は珍しく燕尾服を着込み、時折氷精の姫の脇腹に肘鉄を撃ち込みながら会合を恙なく進めようと必死であった。

 この中で一番苦労していそうな男である。



 給仕の娘に新しい氷と酒を用意させつつ場を取り仕切っているのはディルムッドだ。

 ローラが致命的な勘違い発言をする前に、菓子やらケーキやらを絶妙なタイミングで給仕する、その神がかったサポートの御蔭で終始和やかな空気が場を支配する。



 南進の為の足掛かりとして獲得した小高い丘に一夜のうちに輝く氷の宮殿が建設された。

 その片隅に造られた転移門がタケルが得た何にも代えがたい戦略通路である。アルヒローン公国も氷の宮殿敷地内に転移門を造成し何時でも新鮮な獲物を運べる物流体制を整えつつあった。

 南方都市に燻っているシルナ最後の王族を片付ける為の最初の布石が打たれた訳だが、人外魔境の出現以上にそれらの情報が知られる事は無かった。

 普通の行軍も並行して行われていた事もあるが、その行軍が只の道路工事であると露見するまでかなりの時間稼ぎが成功した嬉しい誤算もある。

 弛まぬ情報封鎖が成し遂げた成果ではあるが、それを喧伝する愚かさは誰も持ち合わせては居なかった。

 敵が情報を重視しない間抜けである、という屈辱的な評価が市井に流れればそれで十分なのだ。

 警戒させても益は無い、その程度の話である。



 アルヒローン公国領から連なる山脈沿いに骨人兵が南進し、ゾンビや死霊の類がシルナ人の越境を妨げる。

 屍鬼達が下級バンパイアの指揮の下、骨人兵と共に昼なお暗い大森林に隠れ潜む。

 人間に入れるような隙は無い、ましてや非武装の人民に踏み込める余地などは無い。

 喰われて死ぬか、南下して南方都市に逃げ込むか、引き返してトリエール軍と戦うかのどれかを選ばざるを得ない。

 恭順の意志を示さなかった彼等にトリエール兵は笑顔を見せて王都の南門を開いた。

 北側に故郷のある者たちは王都外縁を迂回して北に向かおうとしたがその全てが阻まれ、あるいは捕獲されてアルヒローン公国へと送られた。

 逃げ延びた者達は恭順の意思を示し従う事を承諾しようとしたが、トリエール兵は笑顔で彼等を門外へと蹴り出した。


「刻印付きの者は残念ながらトリエール王国民にはなれない、お引き取り願おう。」


 門の外には漆黒のグレイトフルバッファロー四頭立ての牛車が鼻息も荒く佇んでいる。

 シルナ人達はその威容に息を呑むが、其処に或る純然たる恐怖には、今一つ気付くまでに時間差が生じた。

 背後の跳ね橋が閉門と同時に持ち上げられ、牛車の陰から湧き出す者達が、カタカタと音を立てて歩いてくる、その姿を視認するまで、彼等はその異常事態に気付かなかったのである。

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