第二百二十四話 拝啓、ダンジョン二十七階層より。
拝啓、皆様お元気に日々過ごしておいででしょうか。
皆様と別れて一週間、ヤマンバとも黒ギャルともしれない、筋肉質のエルフに追われ続けて、寝る間も殆どありません。
森の深い場所を誠に情けない事に、位置確認を怠って逃げ惑っていたお陰で此処がどこであるか皆目見当も付きません。
恐らくはダンジョン、只今二十七階層だと思われます。
嗚呼……エルフの雄叫びが聞こえます、どこか鍵の掛かる安全な部屋が欲しくて堪りません。
倉橋達也。
マジックバッグ経由で一日一通生存報告が届いていた。
随分と余裕のある文面ではあるが、追い詰められれば追い詰められるほど巫山戯てお道化る酔狂な性質を持った奴なのである、つまり大ピンチなので助けて欲しいと言っているのだ。
「探査魔法では見つからないけど、フォーチューンに見て貰ったから何処のダンジョンに迷い込んだのかは判明したわ。」
両手で頭を押さえつけながらユリがつっかえつっかえしながら答えてくれた。
"ひみつプラント♪"と書かれたプレートがフォーチューンが見せる映像の中央に鮮明に映っている。
無言でガラスボウルを簡易テーブルに乗せてセンパイに葡萄酒を注ぐ。
「にゃは♪、懐かしいねぇ。」
タクマとトモエは、「矢張りか」と言う感想を胸に深い溜息を吐いた。
「こ……いや、センパイ。今まで深く聞かないように心掛けていたが、状況が状況だ、思い出せる限りこの施設の話とそれに纏わる必要そうな話を聞かせて貰えないか。」
「プラント自体は珍しい施設じゃないよ、私を殺しに来た敵を更生させる施設と装置がある場所だからね。」
センパイは葡萄酒色に徐々に染まりながら訥々と語り出した。
パジョー島を根城に世界を支配……なんて簡単な事は出来なかった、拠点は分散してこそ身を守れるのであり、居場所を掴ませない事は大前提と言ってもいいのだ。
科学の協力者と魔法の協力者の二人を両腕に従えて、それなりに手広く人間の大改造と再構築を世界各地で行っていたから、地域ごとに隠れ家や施設が必要になった、と言う背景も確かにある。
今、後輩のタツヤ君が逃げ込んだプラントは割と中枢に近い施設だ。
そこにはEe細胞が、今でも魔法による封印で新鮮に、且つ厳重に保存されている筈だ。
単純に言えば私の身体を創る事が出来る。
尤も今の私は人の肉体と生に全く興味が無い、母から受け継いだ幻想種としての、そう、ドラゴンの意識が勝っているのだと理解して貰えれば幸いだ、ただそこにあるだけで全てが完結する雄大さは、人間には到達できない境地だろう。
邪神や破壊神としての生には、最早何一つ未練は無い。
この神格と器は永遠に私が使い潰して世の中に出さない方が幸せなのだよ。
タツヤ君には残念なお知らせがある、とても心苦しいが仕方が無いよね、その施設は地下五十階より下は無い。
自然にダンジョンコアなどが発生していればワンチャンあるだろうけどね、その施設はマッドなアレが造ったものなのでマナが流れ込む可能性は極めて低いのだよ。
ダンジョンコアの発生条件である”マナ溜まり”が出来ないのは流石に克服出来ないよね。
マナを外れた異なる魔法ならば、或いはなんとかなるかもしれないが、魔法の協力者以外の使い手を私は知らない。
上手く躱して地上に逃げられる事を祈ろう。南無阿弥陀仏。
魔法の協力者こと”リリイ・フレデリカ・グニルダ”は、私の参謀だけあって中々に素晴らしい魔法使いだった。
彼女が使う封印魔法は、対象の鮮度が劣化する事が無く、マナで構築されていないので外からの干渉が不可能な点が最大の魅力だ。
開封は合言葉で行う、簡単なくせに正規以外の方法では開けない代物だ、機密を扱う者には垂涎の魔法なんじゃないかな。
リリィと言う名前に反して彼女のイメージは黒だ、マッドサイエンティストなアイツのイメージは血の色より赤く禍々しい紅、んーっ乾いた血の色の方がより近いかな。
決して華やかなメンツではないことは理解できるだろう。
ひみつプラント♪の役割は最初に述べたように、お馬鹿さんの更生や再構成だ。
もちろん実験動物ならではの改造や遺伝子組み換えも行う。
今でこそ、このセカイは緑豊かな惑星にテラ・フォーミングされているが、それは我々の努力の成果だ、コスモ〇リーナーとして建造したモノリスの力無くしてはとても住めない星だったのだ。
滅びるに任せて放置すれば良かったと今になって思うが、あの頃は邪神としての本能で信者の獲得に邁進していたと言う、恥ずかしい過去がある、若気の至りと言うやつだ、許しておくれよ。
初代勇者が私にしこたま核ミサイルを撃ち込む為に用意したものが前述のモノリスだが、建設当時の放射線量も結構致命的な地域が多かった。
だから、良いカモフラージュとして使えたのだろう、私をペテンにかけて協力を得る事に成功した初代勇者の交渉能力には敬意を払ってもいい。
私を倒す為に核を使う準備をしつつ、汚染されたセカイをなるべく早く再生させる準備も並行して行うと言う離れ業を成し遂げたのだ、私が核程度では死なない事を除けば────ではあるけどね。
そんな勇者を文字通り磨り潰した後、マッドな研究者は私に寝返った。
ミンチになった勇者を研究したいと言う理由だ、骨も残さず再利用とはマッドの呼称に恥じないヤツだ。
当然私はそれを許可したし、一緒に研究もしたよ、人間である前に私も科学者だからねぇ。
そうそう、実は核兵器なんて使わずとも、正攻法で挑んでくれれば、初代勇者は私に勝てたのだが、科学の世界生まれの常識が抜けきらなかった事が敗因に繋がってしまうとは、なんとも可哀想でかわいい子だったわねぇ。
母の愛に包まれた今生の私には通じないが、邪神であった頃の私には、ぶっちゃけ聖属性の攻撃が殊の外通じた。
後輩達の浄化を施した武器での攻撃であっさりと人生が終わるのだよ、ね、かんたんでしょ。
地上のプラントには最低限の物品しか遺していない、人に不要なものは全て倉庫に仕舞い込んである。
剣とか魔法でチマチマ戦っている方が人間と言う野蛮人には丁度いいのだ、銃火器を伝承した私が宣うのも可笑しな話だが、こう血の気の多い猿は、生身同士で殺し合えばいいと思うのよ、絶滅しない範囲で、ストレス発散程度で十分なはずだろうし。
国家間の紛争で数万人死のうとも、暫く待てば猿は増える。
発情期が一生みたいな生き物だからねぇ。
近未来小説などでは、プラント施設が暴走して魔物を生み出している───。
など良く聞くだろうけれど、私が造ったプラントは、このセカイの食糧事情を改善するために造った施設が大半を占めている。
そこで産み出されているもの、つまりは可食生物が略全てだと言っても過言ではない。
家畜化しやすいものや元の世界に住んでいた動物をメインに頑張って作った畜産プラントはそう簡単には壊れないように創ってある。
壊れれば餓える。
当時は肉とクロレラ錠剤が食事の殆どを占めたくらいに植物は家畜の食糧であった。
人が野菜を食う余力は無かった。
エルフの肉体は度重なる改造と遺伝子書き換えで光合成を獲得していたのも良かった。
飢餓状態は人を狂わせるものだから、克服するために手段を問うては居られなかったと言うのもいい訳としては及第点だと思われる。
野外の植物から汚染を抜き去る為に必要な時間はモノリスで短縮できたものの、それなりに水撒きやら分解線投射装置やらで、地上の浄化に掛けた時間も膨大なものとなり、エルフの知能を削って従順に働く奴隷造りにも拍車がかかる。
ここで人間を奴隷にしても彼等の寿命は短い、文明の発展速度を押し留めたい私の思惑から外れて貰っては困る。
エルフならニョキニョキ製造プラントから生えて来るし寿命も長く食料も少なくていい。
研究が進んで行くに従って海エルフやら山エルフやら川エルフやらと特化型を作って遊んでいたような気もするがとても良い暇潰しであった事は否定しない。
その間のお猿さん達は相も変わらず縄張りを巡って殺し合いしかしてなかったね、邪神を倒そうとか、魔王を倒そうとか、そういう気概のある者たちは多くが老衰でこの世を去った。
空エルフが人の世界に逃げ込んで我々に反旗を翻したのは、人間の老害が寿命を迎えた頃だった。
背中に翼が生えていれば宗教的に天使として扱われるなどとは全く以て困った事態である。
信仰と祈りが捧げられれば、魔王ですら神に至れるエラー塗れのこの星のシステムに、鳥の模造品である空エルフの肉体が何処まで耐えられるかは、研究者として興味の尽きない話であったからだ。
そして、経過観察の名において彼等は放置されることとなる。
皆、娯楽に飢えていたのだ。




