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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百二十話 トラップ×トラップ×トラップ

 其処に一本の百合の花が、その花の傍に白い杖を携えたユリが、その足元に(かしず)く……否、平伏す矮小なる少年。

 春の花が咲き乱れる元・沼地の真ん中で熾天使が周囲に控えている。



 陽光大地照らす麗らかな午後、伝説に伝わる少女の亡霊と、大魔法使いの邂逅である。

 恐怖に震える子猫のような姿をした少年は、さて置き、ユリと少女の間にはテーブルと椅子が喚び出されミカエルが紅茶を淹れルシフェルが巨大な日傘を担いで二人を饗応するが如く微笑んでいる。


「いろんな方向から記憶が飛んできて可笑しな事になってるから、間違っていたら訂正お願いね。」


 白い花の模様をあしらった白い椅子に座り、少女にも座る様に薦める。

 ほんの少し躊躇った後、姿が薄れかけてる少女の亡霊が促されるままに着席する。

 このお茶会は然程長くは保たないであろう事は明白であった。


「貴方がこのセカイに一番最初、誘拐された人で間違いない?。」


 頭痛に顔を少し引き攣らせながらユリは尋ねる。

 苦痛に片目を瞑るユリに少女は静かに顎を引く事で肯定の意思表示を行う。

 前後不明のマーブル模様の記憶がユリの脳漿で荒波のように巡る。


「単純にこれは疑問ね、私には記憶は無いけれど、私の────には貴女が居たのよ。」


 鈍痛が言葉を幾らか奪う。

 ユリの様子に戸惑いながらも歪み行く景色の中で少女の亡霊が輪郭を削られて行く。


「ジオルナードは貰っていくわ。」


 凍てついた言葉とその空気にビクリとジオルナードが撥ねる。

 薄れていく少女の手が延びるより、ホンの少しだけ早く、ネコミミ少女……ではなく少年が駆け出す。

 瞬間移動した少女の亡霊の手から、脱兎の如く飛び撥ね、まんまと逃れ(おお)せたのである。


「意外と素早い……ごめんね拘束しておくべきだったわ。」


 ユリが結界を張るよりも早く音速を突破して吹き飛んでいったのだから無理も無い。

 人がノーリスクでゼロから音速で飛行する事など不可能だという先入観が邪魔をしたのだ。

 実際はノーリスクでは飛んでいないのだが無理もない。


「腐っても魔王ね……。」


 その体が()()()存在になった事を知ってか知らずか少女は呟いた。


「ええ、こんな事になるなら綺麗に()()()()()()()ば良かったわ。」


 二人がシンクロして笑う。

 意味は全然違うのだろうが妙なところで波長が合っている。


「全部()に任せて、()()はこのセカイへの嫌がらせだけを楽しめばいいわ。」


 首から下の姿を失った少女はユリに向かって微笑み、ユリは少女を静かに見つめる。


「また会いましょう、次はもう少し長く話せる筈よ、私もそろそろ目を覚ます時が来たみたいだから。」


 にこやかな笑みと少女が消えるのは同時であった。

 伝説に伝わる少女の亡霊と、大魔法使いの邂逅は紅茶に一口も口を付ける事無く終わった。



「あーあ、時間切れかぁ……、幻想が現実と接続して仕舞えば魔法式も空転するのかしら……んっ…痛っ……知らない未来の記憶が邪魔だなぁ。」


 痛む頭を両手で押さえながら記憶の統合からくる鈍痛で膝の力が抜ける。


「うっとうしいったらないわ……、こういう時は経験者に聞いた方が速そう……ね。」


 後始末なり後片付けを終えた熾天使達が一人づつ一礼して姿を消していく。

 そんな彼等に軽く挨拶を施して、ユリはこの場に来た時と同じ方法で空間を飛び越える。

 取り敢えず経験者を締め上げて、この頭痛の解消法を問い質すのだ。





 一方その頃、腐った肉体に改造された元魔王は、強靭な肉体を持っていた頃の力でもって、全力離脱を図ったが、海に激突して全身複雑骨折の末に死に掛けていた。

 いや、厳密には最初に音速の壁に激突して一度死んでいるのだが、そんな些末事はこの際どうでもいい。

 物体が超音速で水面に叩き付けられれば、その水の硬さは鉄をも凌駕する。

 彼は、残念な事に不老不死を与えられているので死にはしない、何度死のうと痛覚が与えられる状況がそこに存在する限り彼は死ねない刑罰を負っている。

 それが喩えば、撒き餌のような駒切れの襤褸布のような酷い状態で海面を漂っていたとしても、彼は蘇生され治癒が為されると言う有様だ、当然そんな状態の肉には色々と群がってくる者達が居るのである。

 最初は小魚が啄み、捕食者が捕食者を呼ぶ食物連鎖が小さいながらも形成される。

 食べても食べても再生される餌に捕食者の数は一向に減る気配を見せない。

 腹が膨れるまで食べられる餌の周囲に、大量に集まった小魚を、さらに大きな魚が食っていく、それは彼の姿が一時的にこの海域から姿が無くなるまで続いた。



 悪夢であった、生きたまま喰われる、生きたまま消化される、巨大な何かの腹の中で目覚めた彼は、全身の体表組織全てが溶けた異様な人間として内臓の中で少しだけ意識を取り戻した。

 胃酸で溶かされる責め苦がこれから彼を襲うのだが、語る必要性は何処にもないであろう。



 溶岩が冷えて固まった海岸にネコミミメイドが流れ着いた。

 あれから何度死んで、何度蘇ったのかは数えても際限(きり)が無かった、メンタルが削られ過ぎて壊れた筈の部分が、摩耗したはずの部分がユリによって修復されたせいで彼の心はズタズタに引き裂かれた新品同様の恐怖に染め上げられている。

 男であった頃の記憶と意思と、魔人であった頃の獰猛さと苛烈さ、神の器を持っていた頃に注がれた神格と人々の願いの残滓、今また注がれる神への祈り、その全てが今与えられた心と体と肉体に全てマッチしない、あらゆるエッセンスが矛盾と乖離に彩られている。

 ジオルナードは自身の名前すらも嫌悪し始めていた、何故可愛い名前ではないのかと。


「い、いかん。」


 今、私は何を考えていた?!。

 取り返しのつかない事を考えていた事は間違いない、理解し難い己の感情を、腐った魂が蝕んで行く。

 己の身体を抱きしめて海辺から引き摺るように陸地へと歩く。


「私は探さなくてはならない……。」


 そうだ、失った物は数知れない、神によって奪われた人によって与えられた屈辱も返さなくてはならない。


「ご主人様を!!。」


 ジオルナードの精神と魂が喀血し、のた打ち回る、これを汚染と言わずして何というのであろうか、己が己でありながら己で無くなって行く言語道断な過程がゴリゴリと推し進められていた。

 あれだけ死を繰り返したと言うのに服が滅びていない、服も再生されている、その異常性にジオルナードは胃液が逆流せんばかりの衝撃を受けた。



 猫耳メイド服 

 ランクA 魂にリンクされた不滅の衣装、ご主人様の全てをサポートし全てを守る魂を具現化した聖遺物



 そう、それは奇跡の祝福を受けた神の聖遺物。

 着用者の魂が滅びるまでその存在が失われる事は無い。

 何故男に着せた!と言う魂の叫びがタクマから聞こえそうな聖遺物である。

 これは余談だが、ウサミミナース服が存在するとしても恐らくそれはタクマが独占するものであろう。

 どうして等と言う質問には答えるだけ野暮というものであろう。



 空から飛来した岩石がジオルナードを襲う、二個程には対処出来たが、両腕が吹き飛んだことで三個目は顔面に直撃した。

 見覚えのある異形の者達を見て、嘗ての仲間達を思い出し、過去を懐かしむがその隙も新たな一撃で物理的に吹き飛ばされて血の味で染め上げられる。

 空を飛ぶ魔人達に魔人語で呼び掛けるも、同族である主張は人間として生まれ変わった今は只の繰り言や戯言の類いにしかならない。



 耐久力が全然無い人間の体で魔人族の数々の技法を行使すればどうなるか……。

 身体どころか魂も精神も爆破四散させながらジオルナードは魔人相手に戦い続ける事になる。

 それが結果として大きく人類を利する結果となるのだが、ただ彼は必死であったとしか今は言いようが無かった。

訂正 いくつか

致命的 話数


すまぬ すまぬ

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