第二十二話 心に焼きつけて
風光明媚とされるダン・シヴァお勧めの景勝地を巡り初めてそろそろ一月が過ぎようとしていた。
旅は馬で行われ、ローラはタケルかディルの後ろに乗る事で旅路を満喫していた。
魔物除けの焚火の明るさ…ではなく。
夜間照明機能搭載型、小範囲暖房魔法 温熱炉である。
「ま…また変な魔法創ってる。」
「これはだな、工事作業員や警備員が寒い中で暖を取るのに適した有難い代物だぞ。」
誰がどう見てもダルマストーブなのだが、判らない人が見れば何の事だか判るまい。
魔物除けの焚火としての機能も大切なので煌々と夜を明るく照らす力も兼ね備えている。
ディルが寝てしまったのでローラの髪をブラッシングすることになったのだが触ってみると軽く脂が着いている。
盥に魔法を用いて空気中の水を集めて石に熱魔法を付与してお湯を沸かし、頑張って開発した粉石鹼を小鉢に溶かす。
「洗ってやるからそこに寝ころびな。」
椅子が無いので寝姿勢での床屋さんである。
「どうやって水を出したのか先ず其処から聞きたいわ。」
そういいながら素直に寝ころび頭髪が洗えるようにする素直な娘に小難しい魔法と科学の理論を詠唱し始める。
「ちゃっちゃと洗いあげましょうね~。」
あっさりと寝てしまったローラの髪を洗い上げてバスタオルで頭を包み軽く放置する。
その間に盥を片付け、道具も片付けて新しい魔法を詠唱する。
携行温風魔法と言うお手軽乾燥機である。
直接髪の毛に温風を当てないようにバスタオル越しに温風を当てて乾かすのだ。
本人が寝て仕舞っているので助力を得られないが夜は冗談抜きに長い。良い暇潰しであった。
ちなみにこの魔法は家電のドライヤーと違って音が無い。当然だ、モーターが無いのだから。
ローラを毛布にくるんでディルの傍に転がしてからお茶を煎れる。
緑の茶葉である、旅の途中にお茶の産地があり譲ってもらったのだ。
当然、ディルとローラには不評な苦いお茶である。幼いころから緑茶に親しむ民族である日本人にはカフェイン耐性がついており、外国人の様にカフェインで酔うことが少ない。
カテキンなどの苦味にも強い。まぁ、そんな事より故郷の味で一服しながら暖を取る。
故郷で元気にしているはずの妹を思い出しながら飲む緑茶の味は、やはり懐かしいものであった。
早朝、交代で眠りに落ちたタケルを確認すると、ディルムッドは妹をその横に並べる。
気が効く兄であると自負している。
周囲の探索をしながら朝食になりそうな獲物が居ないか確認をする。
捕らえた鹿の背からヒレ肉を二本だけ取り出すと土魔法で土を掘り下げ埋葬し、聖魔法で浄化する。
狩猟に関して彼には一切の無駄が無い。
三人が食べる分だけあればそれで良いのだ。ストーブを確認して熱い場所に鍋を置いて見るとちゃんと調理できる温度であると確認する。
タケルの魔法は近寄ればある程度の機能が説明されるのだが初見は流石に解り辛い。
食べられる野草と塩、胡椒、調味料でスープを作り、フライパンでスライスしたヒレ肉を焼く。
焼いたヒレ肉を更に短冊状に刻みながら焼いてゆく。
焼きあがったらヒレ肉を鍋に投じてまた火にかけて煮込む。香ばしい風味がアクセントとなったスープとなる。
後はアクを取りながら暇潰しをして、目覚めた二人と美味しく食べるだけである。
小高い山のホテルに到着した三人は、道すがら倒したドラゴンスパイクボアを引きずりながら厩舎の前で馬を止めた。
ホテルの女将に予約を確認すると先に走らせた伝令から預かっている割符と合わせて照合する。
またもやダン・シヴァ様の感覚で予約された部屋は貴族用の個室であった。
料理長曰く、ドラゴンスパイクボアは捨てるところが無いと言う。
大旦那曰く、ドラゴンスパイクボアの牙で宿泊料はチャラであると言う。
女将曰く、とても美味であるとのこと。
速い到着でもあったので早速僕たちは街に散策へ出かけることにした。
宿泊料はそもそも御館様もちだから良いとして、どの位美味いのかとても気になるところであった。
露天商巡りは良い物からダメな物まで余す処無く楽しむのが作法である。
婆ちゃん達が売っている漬物とかカリコリ食ってるだけでも十分であるが、普段食わないようなものを試すのが粋だと思う。
ディルと二人でチャレンジャーとして露店を満喫しているとローラまで参戦してくる。
ディルの手元には甘辛く煮付けた虫がある。
刹那───ローラの身体が疾風の様に回転すると、虫を持ってローラに差し出したディルムッドの左頬が爆ぜる!!。
裏拳が見事に決まった、ディルムッドの手から虫が離れて飛び立ち、まるで命ある存在であるかのようにローラに向かって飛翔する。
ローラはそれを認めると、全身の力を移動に費やし、紫電さながらの身のこなしで避ける。
食べ物を無駄にしてはいけません!。
悪鬼羅刹と化した我が母からの憤怒の神通力が僕を奔らせる。爪先が大地を掴み爆発的な加速力で身体を前に押し出す。自然…突き出した左手が虫を掴み、接近…伸ばした手がローラの後頭部に回される。
見事にローラの口中に捻じ込まれるかに見えた虫だが!
危機を察知したローラが寸前の処で五体を大地に落とす。タケルが空振りした左手を回避するためにローラはタケルの右側へとその身を翻す。
しかし、虫は既にタケルの右手にあり、ローラは甘辛い味わいを口の中に感じる事となった。
「はーい、食べ物は粗末にしてはいけませーん、よーく噛んで食べましょうねー。」
泣きそうな顔になったローラを見ながらディルはパクパクと虫の佃煮を食べていた。
挑戦者は泣かない!。食べ終わったローラの頭を撫でながら白ワインを薦める。
「美味しいおつまみには美味しいお酒を飲まないと。」
ひったくるようにグラスとボトルを持っていくローラを横目にディルから新たに渡されたワインを戴く。
この後食べる肉には赤ワインが出てくるだろうから今呑むものは白でいいんだと二人に説明しながら乾杯する。
この地を立ち去るときが休暇の終わりだ。
家路につく鳥たちを見送りながら掛け替えのない今日、この日を心に焼きつけていた。
誤字と字下げ忘れです。申し訳ありません
文微修正。虫の下りです




