第二百十九話 神の矜持と大魔法使い
絢爛豪華な輝きが”暴走する殺戮の奇形龍”から溢れ出し、荘厳な音楽と共に数々のギミックが楽し気に稼働して周囲の大気を震わせる。
唖然とする異世界転送者御一行と遥か遠くから視る事しか出来ない者たちは、その余りにもブチ壊しな光景に呆ける事しか出来なかった。
否。
その刹那、彼女は跳んだ、点と点を空間を折り曲げて距離を無かった事にして”暴走する殺戮の奇形龍”に近付き魔法を行使する。
陽気な音楽に爆音と無粋な衝突音が重なり、ギミックの隙間にあらゆる物質が挟まり異音が混ざり出す。
笑顔のまま固定されている龍の表情は変わらないが、全身から血を噴出しながらキラキラと七色に輝いていた。
どの様な角度から見ても悍ましい。
内部から金属が擦れ合って火花を散らす音が聴こえたかと思えば神帝ジオルナードらしき男性の絶叫と、フードプロセッサが異物を破砕するような、あの独特の回転しながら色々と壊れて行く、破滅的な重低音が辺りに鳴り響く。
神帝ジオルナードの声は、絶叫とあらゆる何かに謝罪するような悲鳴を幾つか残して絶えた。
黒煙と白煙と血飛沫と肉飛沫を撒き散らしながら”暴走する殺戮の奇形龍”は名前の通り暴走し続けている。
「天帝の障壁!。」
ギシギシと”暴走する殺戮の奇形龍”を包んで圧縮するように琥珀色に輝く障壁が螺旋を描いて伸び上がり、包んで捕らえた。
最終的に球形となって浮かんだその障壁の珠は、スズメバチの巣のようなマーブル模様をしている。
バリアの中で激しい魔法が炸裂しているのだろうか、天帝の障壁は常に脈打ち、時折色々な属性の魔法が噴出しては空に大きな穴を穿っていた。
オゾン層すら吹き飛ばしたらしく、天に開いた穴を塞ぐように幾つかの魔法陣がペタリペタリと絆創膏のように貼られて……展開していた。
「良い事思いついた!!。」
何時も使っている杖などとは比べるべくも無い、白く美しくも禍々しい狂気で創り上げられた凶器が彼女の手に握られている。
「魔王なんて、人間にしちゃえば丸く収まるじゃない♪。」
残念ながら彼女の声を俺は聞く事が出来なかった。
いや、全員彼女の決定を知る事など不可能であったのだ。
地平線に近い場所で彼女は歴史改竄を開始したのだが、物理的な距離の問題で俺達はそれを知る事も議論する事も出来やしなかったのである。
実際のところ浄化が楽しくなってきてヒャッハーしていた事は内緒だ。
俺達がその事実を知ったのは、夕飯のシチューを皆で食べた後だった。
織り上げられる魔法陣は、あらゆるものを浄化で焼き尽くす煉獄の劫火で織り上げられたマナが物質化した化物であった。
アレスに使用されたものが霞んで見える程の完成品とでもいうべきか……。
因果に絡んだ魂の叫び声と慟哭が彼女の周りで吹き荒れるが、ユリは動じることも無く、カードを一枚杖に当てて銀色の壺を召喚する。
何名かの魂をペシペシと叩き、壺の中に落としていくと、諦めたように神帝ジオルナードに纏わりついていた魂たちが列を作って壺の中に身投げしていく。
やがて空であった壺が満ちると、熾天使が一人現れては壺に封をして持ち去って行く。
するとまた新しい壺が現れて魂を集め始める。
魔女の儀式のような神の御使いが現れ出でる祝祭で、魔王が丸裸にされ、その身体を微塵に摩り卸して行く。
血の一滴までも浄化せんとばかりに積み重ねられた劫火の魔法陣が執拗に神帝ジオルナードを焼いてゆく。
それは宛ら濾過装置のように聳え立っていた。
「神格の正体って呪いと大差無いのね、確かに私達全員に植え付けられているけど、これとは呪いの質が別格だわ。」
神帝ジオルナードから神帝の部分を取り外して手元で遊ぶ大魔法使い、今やただのジオルナードになってしまった彼は、姿すら得ていない生命のスープへと還っていた。
「ミカエル、ルシフェル、ガヴリエル、ラファエル、サリエル、その子を再構成するわ、面白くね。」
熾天使五柱が鼻白むも、何処か楽しそうなユリ。
「ユリ様、新生ジオルナードの衣装、私に任せて頂いて宜しいでしょうか。」
ユリの視界の隅から、スッと不快にならない礼の姿勢でエゼキエルが姿を顕す。
「なぁに?替わりに面倒を見てくれるなら全面的に譲るわよ。」
クスクスと笑いながらエゼキエルを差し招く、男性としての性質を持っている熾天使達は本能に根ざした恐怖を感じ、エゼキエルと同じく女性の性質を持った熾天使達は楽しそうな気配を察知する。
「龍の解体が済んだら素材はタツヤに持って行ってね、有効利用してくれる筈だからね。」
白く美しい杖をクルリと振り回し多重詠唱を省略して人間の設計図を編み出し、幾つかの致命的な改竄を施す。
鼻歌を歌いながら、謳う様に世界から人を構成する物質を集め始める。
「本当にこのセカイ、不可能は殆ど無いわね。」
十二柱の熾天使全員の背筋に冷たいものが走り、周囲の空気が二度程暖かさを失った。
嘗て、神帝ジオルナードに刑罰を与えたとされる大神と恐らくは変わらない所業を彼女は成し遂げようとしている。
「ルシフェルとミカエルの二人でバランスを取って、実験はもう済ませてあるから後は馴れだけの問題よ、ガヴリエル、周囲のマナをもっと意識して導きなさい、ラファエル、ルシフェルの真似じゃなくサリエルを参考になさい。」
生命のスープが天帝の障壁から一筋流れ落ちて五柱の熾天使が立つ魔法陣の中央に注がれる。
沸き立つスープに人体の構成物質が投げ込まれ、術式は石臼が回るような速度で稼働を開始する。
「素晴らしくも醜い、愛おしく悍ましい。」
「それこそが人よウリエル、私達が愛してやまない人の本質よ。」
エゼキエルがウリエルの言葉に続く。
愛の本質に触れ愛の本質に惑わされ、それと知って踊る愛の虜囚にして導き手が熱い吐息を漏らす。
その姿よりも彼女の手にあるものにウリエルの目は釘付けになり、早鐘を打つように動悸が激しくなり眩暈を憶えた、人ならざる身に唐突に襲い掛かる深淵からの恐怖の目線、それがウリエルを睨めつけるようにしっとりとした粘性を伴って纏わりついてくる。
見てはならじ、知ってはならじ、理解してはならじ、ましてや興味を抱いてはならじ。
四肢で這い寄る何かのように、地の底から湧き上がる呻き声が後ろから遣って来る。
幻視であった、錯覚であった。確かな実感を纏った幻の淫獣が這い回るのをウリエルは知覚した。
鈍色に輝く水滴が肉体となる予定のスープに混ざると、沸々と沸き立ち七色の蒸気を噴出した。
「完璧ね。」
「はい、ユリ様、この上なく。」
エゼキエルの肩をポンと叩き、天空の天帝の障壁を消し、周囲に展開していた大魔法の後片付けをユリは始める。
五柱の熾天使の足元には花が咲き乱れ、魔法陣は力を失い穏やかな風が吹く。
その中央に人が倒れていた、小柄、華奢、女性的な顔を持った全裸の少年が身を縮こまらせて震えて泣いていた。
生まれたての赤子のように泣きながら、近寄ってくる者のその爪先を見て後ずさりする。
「地獄へようこそ、迷える子羊よ、ここは永劫の屠殺場、逃げ場の無い貴方の監獄よ。」
少年はエゼキエルと二人の天使に衣服を着せられる。
女物の、それはそれは可愛い衣服であった。




