第二百十七話 絶好のお洗濯日和
こちらでお世話になって早一年、読んで頂けて感謝感激雨霰で御座います。
今後もまた、貴方のお時間の許す限りお付き合い頂けたら幸いです。
支離滅裂な殆どの文を書き換える作業に移りたいとずっと思っています(無理かなー)
「驚いたよ、ここに大穴でも開けて巨人でも埋めるつもりだったのかい。」
古木の上で揺れ捲った心を静めているらしいユリに話しかけた。
周囲に吹く風は暑く、砂漠の只中にいる様な錯覚を抱く。
人為的に熱せられた環境であるが故に精霊達が必死になって冷やそうと試みているようだ、今のところ焼け石に水ではある。
急激に冷やせは大爆発が発生するので下手に手は出せない、発動すらしていない魔法の爪痕等と言われて信じる者が居るだろうか……それすらも良く判らなかった。
ユリを暴走させた男との間に何があったかは、大凡予想出来るが、間違いなく本人以外には下らない事なので記憶から消し去って置く、あの憐れな男のように分解再構成されては堪らない。
そう、下らない事だと信じて疑ってはいけない。
動揺し、混乱し、暴走しながらも、辛うじて不殺を守ってくれた事に俺は礼をしなくてはならない。
タケルの息が掛かった者達をひとりでも殺せば、どの様な手を講じようともこの国で生きる事は不可能、異世界生活は詰んでしまう。
トリエール王国の王都カラコルムでなくては、これから巻き起こる戦火をモロに被ってしまい明日など見通せない生活が始まる。
これから二十五年続くタケルの戦争で死なない方法は王都カラコルムで生きる事、ただそれだけだ。
「魔法を途中で取り止めたら未来?いいえ、可能性の未来が見えたわ、私達を置き去りにして一人でセカイをやり直しする貴方と、泣き叫ぶ精霊達と、蹲るトモエが居たわ、その槍の力の発動条件ってタツヤの死で合ってる?。」
「ああ、この槍を心臓に刺して全てを吸い尽くすと巻き戻しが始まる。」
深い溜息を吐いてから、ふわりとユリが樹上から音も無く降りて来た。
変身を解き杖を消して普段着に戻る。
「もう二度と、絶対に……トモエちゃんの目の前で、やらないでね……。」
どうして、等とは聞けそうも無かった。
状況の悪化に対して、寸刻を開けずに死ななくては巻き戻しの幅にズレが生ずる。
遠回しに言うのは止めよう、最悪のケースはセーブポイントが、その場で確定してしまうという非常事態に突入する。
そうなってしまうと"ユグドラシル"の全てを終わらせる力と全てを創生する力を行使して、異世界転送直後まで戻らざるを得なくなる。
もう何百回歩んだかすら数えたくない道、代り映えしない日々を繰り返す苦行、何度思い出しても嫌なものだ。
そっと彼女の手がユグドラシルに触れる。
「もう巻き戻しの力は要らないわ。」
初めて見せた大きな隙、ユグドラシル自体が見せた隙に、ユリが手を差し入れた。
「今……何を。」
ギアの隙間に何かを挟まれた感触、巨大な何かの機構が静かに動きを止めた気配がする。
「もうループしなくていいよ、だからもう二度と"トモエちゃんの前で死なない"と約束しなさい。命は一つきり、余計なものも不必要なものも無い、運命を打ち破る気も無いのに運命に抗うフリは止めなさい。」
意識が殴られたように吹き飛ぶ。
約束と言う名前の契約が結ばれた事を魂で知覚する。
ユリも平行時間軸に幾つか存在する、可能性の未来の記憶が統合されてしまったのだろうか、だとしたら「悪い事をした」と感じてしまう。
そんな奇天烈な事態を彼女に起こして仕舞ったのは間違いなく"ユグドラシル"が原因だ、コイツは存在自体が特異点の塊であるのだから。
これでループしなくて良くなったのかと、何度も突き刺した己の心臓達の感触を思い出す。
ユグドラシルが奪った命の内、断トツトップは俺だ、俺の血を吸い過ぎて同化してしまうほどにコイツは俺だった。
ユリに撫でられただけで能力を一つ失ってしまうくらいに脆弱な相棒だったが、そう悔しい訳では無かった。
何度も繰り返すセカイと時間の地獄から解放された、ようするにイージーモードやチュートリアルモードが終わったと解釈すれば良い。
時の女神の舌打ちが聴こえる。
大魔法使いに尻尾を掴まれた女神が、これからどんな目に合うのかは楽しみではあるが、俺は女神にユグドラシルの力で若さを根こそぎ奪わせる事くらいしかする気は無い。
永遠の老婆として語り継がれる女神という存在は、中々に面白い事だろう。
遥か遠くでありながら、耳元に聴こえた微かな悲鳴に、俺は満足の笑みを浮かべる。
目覚めた俺は牛車の中で寝袋に包まれていたが、このセカイに来て初めて快適な目覚めを味わった。
もう過去を振り返る必要が無い目覚めだったからだ。
王都への帰り道は狩りと討伐に彩られた。
鰻皮のアイテムポーチに貯えられている獲物は何年の営業に耐えられるか計算するのも馬鹿らしい程である。
大漁……いやこの場合は大猟だろうか?、適当に大猟旗に見立てた仕様も無い旗を靡かせながら、タロウに牛車を牽かせる、ハナコとイチローが両脇をトコトコと歩く。牛車の後ろを馬達がつき従い、荷台ではタクマが豪快な鼾をかいている。
地脈ナマズやベヒーモスのような災害級の魔物は気まぐれメニューとして使う事が決定された、見た目のいかつさの割りに美味だったからと言う理由だ。
御者席でユリが妖精と精霊相手に魔法を使いながら、食べても美味しくないと言う理由で見逃された魔物を率いて付近を探索させている。
牛車の屋根では俺とトモエが新メニューの相談を続けている、色気も何もない業務の真っ最中だ。
「なんだかねぇ~、少しくらい心の内を曝け出せば良いのに。」
コクコクと妖精と精霊が頷いている。
そんなユリの言葉は、どうやら上には届きそうも無かった。
旅の途中、大河の上流に建設されたダムが見える。
人造湖と説明しても良いかもしれない、その容積一杯に巨人が体育座りで水風呂に浸かっていた。
「あれが魔人の親玉かぁ。」
タクマが牛車の幌の上から巨人を視ている。
当然ではあるが恐ろしく距離のある位置から豆粒のようなサイズの巨人を確認するために遠見魔法の望遠効果は欠かせない。
トモエも最近憶えたばかりの魔法の練習の為にじっくりと観察しているようだ。
この旅の途中、集めに集めたマナが周囲で濃密に漂い、魔物も獣もまるで親友のように訪れてくる日々が続いている。
ユリの周囲に揺蕩うマナの濃度は触れれば僅かながら其処に在ると判る濃度だ。
実際は有り得ない、彼女自体が魔力溜まりと化しているような、彼女を中心にスタンピードが発生しそうな、そんな予感が胸元を騒めかせる。
「ねぇ、タツヤくん、アレにコレ投げ付けて良いと思う?。」
一瞬で変身したユリの手に長い杖が握られており、後ろ姿からは表情など確認できない。
重みのあるマナが質感を伴って、渦旋となり巨人の遥か上空に桜色の魔法陣が構築される。
「でけぇ……。」
辛うじてタクマがその情景を声に出せた。
俺は勿論の事トモエも声一つ出せない。
大地から黒い円柱がゆっくりと競り上がり、ユリの足場となって塔を形成してゆく。
励起した魔法陣がさらに大きく広がり、セカイのマナをうわばみのように呑み尽くしていく。
ギシギシと界の境界が軋む音を立てて折れ爆ぜる音と共に亀裂からマナを吸い上げていた。
割れて繋がった界は六つ、吸い上げられるマナの総量は推し量る事も馬鹿らしい。
不殺の為に蟠ったマナを回転軸にして放置した結果、ユリの限界を越えた魔法が構築されるに至った形だ。
「人の器で耐えきれないなら外に溜め込めば無尽蔵、霧散する為の逃げ道も高濃度マナの渦の中からは逃げられない……またタクマに理解できないファンタジーが一ページ増えたな。」
「ンな呑気な事言ってて大丈夫か、流石に味方を保護する障壁もブチ破りそうな気がするんだが。」
臨界へ向かってまっしぐらに駆け出す魔法の形には見覚えがあった、家電の三種の神器の一つとそれは非常に似通った構造をしている。
無言で障壁魔法を構築するトモエの横に座り俺も無心で障壁魔法をイメージする。
タクマも牛車の屋根の上で障壁魔法を構築する。
二時間程経過した辺りで巨人の上空は晴れ渡り、雲一つない青空と、燦燦と降り注ぐ陽光が眩しい。
絶好の……
突如巨人を中心とした四方に壁が屹立し閉じ込められた事をタツヤ達は悟る。
神帝ジオルナードと云う名前を持つ魔王の成れの果てがふわりと浮き上がり水と共に勢い良く回転し始め激しく掻き回されていく。
一人、また一人と巨人を構成していた魔人が剥され、赤い液体状の何かへと姿を変えていく。否、人の姿を保てないのだ。
流血の洗濯機が唸りを上げて神帝ジオルナードを洗っていた。
頑固でしつこい魔人達を次々と剥がし、粉砕し巨人の態を為さない襤褸雑巾を創り上げる。
空は快晴、絶好のお洗濯日和とでも言わんばかりの洗濯振りで神帝ジオルナードのスケールをドンドンと小さく挽き卸してゆく。
絶好のお洗濯日和
大魔法使いが放ったこの魔法は後の世にそう呼ばれたという。




