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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百十一話 火種

 全身が鱗のような装甲に覆われた魔人が一人、タケルの振るう剣が撒き散らす火花の先で、舌打ちしながら耐えている。

 タケルの足元には彼が手塩にかけて鍛えた兵士達の骸が転がり、徐々に鮮度を喪いつつあった。

 魔人の影が脈打ち死者から最後の生気なり精気を吸い取っているのだが、それを知覚できるような人外はこの場には居ない。

 生き続けているのはタケルだけ、包囲と援護と支援魔法と神曲を歌う少年たちは死の恐怖に耐え、時々飲まれながら魔人と相対していた。

 実力差は残念ながら深い峡谷のように果てしなく深く幅広く開いており、タケルに傾いている天秤が少しでも魔人に傾けばこの場は間違いなく魔人の勝利となるだろう、それ以降の被害など予想すら無意味だ。

 聖歌隊だけは補充が殆ど効かない事もあり、犠牲を払ってでも逃がす事を徹底しているため要らぬ死人も出る。


「鉄砲隊みたいな防御皆無なモンと歩兵を近接で斬り結ばせる訳にはいかんよなぁ。」


 聖歌隊は魔人を束縛し弱体化させる唯一の兵科であり、その効果は聖剣を持たないタケルが魔人を削れる程の付与を実現している。


「結果ジリ貧ではあるが勝機を引き寄せる寸前までに至る……か、犠牲が大きすぎるが後の損害からの引き算ならこれ以上の良い結果は望めないだろうな。」


 発光する槍から白い根が延びて風に靡き、マナを孕んで渦を巻く。

 周囲の淀んだマナを吸い上げて泥のような闇を抉る様に削り取る。

 屋根の端に立ち投げる方角と角度を決めて助走を入れ、全力でユグドラシルを投擲する。

 絶望に染まったタケル達の前に立つ魔人が、雷撃の様に空から降って来た槍に貫かれ、全身からゆらゆらと揺れる根を身体の内側から生やしながらその場に縫い止められた。


「よっし……命中、さてコンラッドさん達を助けに行こうか。」





 屋根から飛び降りて広い中央広場の隅の木陰へと辿り着くと、なんとも平和な景色がそこにあった。


「今はタクマが相手しているわ、トモエちゃんは御覧の通りよ。」


 ユリの膝枕で寝ているトモエを見て、その胆力に頭が下がる。

 タケルとは違い、真っ当な聖剣での戦いが可能なトモエをしてこの有様だが、それでもタケルの異常な強さに思いを馳せる。

 タケルが人間を辞める決断下した、予想外であり早すぎる決断であった。

 どの段階で人間を辞めたのかなど推測できないが、過去のどのタケルよりも早く決断した事だけは確かだった。

 タケルが奴隷になった後は、殺生についての逡巡が全く無くなる、それは繰り返した過去に実際に見て立ち会って知っていた。

 恐らくは自分の主になった者に願い出て、敢えてその弱い部分を削り落としたのだと言うところも推測できる。

 剣と魔法のファンタジーはその部分血塗れな世界だから当然と言えば当然の判断だろう。

 必要なレベルの感覚だけを遺して、死に直結しそうな常識や恐怖を軽減させ、葛藤や人間的な部分を鈍麻させられるように精神操作を調整するのだ。

 ただ、タケルが用いているものは精神操作だけではないだろう、それの正体は判らないが、俺が考え得る手段のどれよりも恐ろしいものでは無いかと確信に似た何かを予感する。

 タツヤの知るタケルは臆病者である。

 良くも悪くも恐怖に耐性など無いし、蛮勇に躍り出る程の無鉄砲さなど持ち合わせてはいない。

 何らかの手段を用いてそれらの"己を守る能力"を切り離してしまえたとしたら、ゲームをしているときのタケルのままで居られるだろう。

 タケルはゲームの際に性格が一変するタイプの人間だ、彼は戦略シミュレーションゲームをかなりやり込んでおり、幼い頃からタツヤも彼の趣味につられて対戦する事となった、そのうち彼は色々な縛りを己に課して遊び仲間達との力量差を調整して遊ぶことになる。

 益体も無い回想を経てタツヤは深い溜息を吐く。

 斬首縛り、追放縛り、色々と縛りはあるのだがここでそれは難しいだろう。

 そんな事よりもタケルはゲーム中の変貌よりも、元来からのやり過ぎる部分の方にこそタツヤ的には戦慄があった。

 根は優しいが怒らせたら怖い、謝った程度で許して貰えるなどとは思ってはいけない。

 言い訳は絶対に認めない、ただし弱者と保護対象、恩人には甘すぎるほど優しい。

 それが裏返しになった時、相手は絶対絶望する。

 ピカレスクというよりもグロテスクと言えばしっくりくる、合わせてしまえばもっとしっくりくる。

 人の血肉と怨念で舗装した土台の上に平和を築ける……と言えばごく普通の人間となるだろう。

 広い意味で只の人、狭い視野ではサイコパス尤も、平和が無料で手に入るものでは無い事を良く知っていると言うだけのことかもしれない。



 左胸に輝く紋章が見える。

 コンラッド指揮下の民兵たちが魔人の手足に取りつきタクマのサポートに飛び込む。

 紋章の輝きがより強くなると民兵達の表情から恐怖が消え闘志に満ちたタックルを魔人に見舞う。

 千切れ飛ぶ民兵の手足と撒き散らされる血の量に比例して狂気が歓呼の渦となって民兵達の士気を高め、人間らしさが削り落とされていく。

 微塵の躊躇いも無くコンラッドの指揮に従う民兵は文字通り死兵となって魔人に肉迫する。


「割り込めないし声もかけられないな。」


 ちょっとした呼び掛けで民兵を斬り殺させる嵌めになる。

 だからと言って民兵の命を支払って足止めしている魔人の動きを自由にしては元も子もない。

 ユグドラシルよりは格段に落ちるが、エルフたちにも持たせた実績のある足止め武器ならば幾らか手元にある。

 空間の隙間に手を差し込みブチブチと音を立てて一本の木の根を引き抜く。

 好事家ならずとも魔導士、魔術師、魔法使いの全てが涎を垂らして猛獣と化す神秘の一つ、世界樹の根である、マナの雫を吸い上げる細くて脆いが再生能力と生長力は化物クラスの根っ子の毛だ。

 そしてこれは育毛剤の素材として絶対に外せない神薬の材料となる。

 成長力の一言がどれ程の重みを持つか、錬金術師がこれを手に入れただけで巨万の富を得て、其の後権力者達に命を奪われる未来を押し付けられるかは当事者とならねば解るまい。



 限界まで魔力を注ぎ高質化を施すと魔人の真上に飛びあがり脳天を目掛けて世界樹の根を突き下ろす。

 元々世界を抉って根を下ろす大樹の一部である。

 防御などしても根本的に無意味だ。

 ただ足止めとして優秀なだけで致死には至らない、栄養を吸い続けるだけの器官なので直ぐに対象と同化し、取り除くことが困難になる程度の武器だ。

 何もしていなくても常に倦怠感と無力感に包まれてヤル気や覇気を喪ってしまう程度のストッピングパワーしか齎さない。


「援護感謝!。」


 そう短く答えた相棒の手元の刀は長く太く、そして超重量であった。

 あれで袈裟斬りに断ち割られる魔人の姿を見て見たいが、そのためにはもう少しだけ魔人の防御力を削り取らなくてはならない。

 鰻鞄からぬるりと巨大な鱗剥ぎを引き摺る様に抜き放つ。

 全長七メートルの鯛と死闘を演じた曰く付きの鱗剥ぎである。

 タクマの攻撃で傾いだ魔人の背中で鱗が踊る。

 魔人の足元には死兵が必死にしがみ付きタツヤとタクマの為に身を縮めて足止めを敢行する。

 魔人の背に生えていた翼はミスリル銀と玉鋼に魔鉱石をふんだんに炊いて鍛えた破魔の出刃包丁で綺麗に採取され魔女様へのお供えのようにユリの傍らに縛って置かれている。

 力づくで剥ぎ取られる鱗と皮膚から響くバリバリという音にコンラッド以下三十名の近衛兵が眉を顰める。

 魔人を中心にして太刀と鱗剥ぎが快音と異音を奏でて血飛沫と鱗飛沫(?)を撒き散らす。

 両手から延びていた筈の爪は指先事採取され、討伐証明部位になりそうな左耳も既にタツヤの手に渡っている。


「成敗!。」


 魔人の全身から鈍色に輝く根が生え、力無くダラリと腕を下ろした。

 タクマの大太刀が魔人を袈裟斬りに切り落とし魔人は絶命する。


「お疲れ様。」


 薙刀が魔人の心臓に突き立てられて周囲に猛烈な聖気が溢れる。

 彼等は戦い方こそアレではあるが聖なる武器に認められた者達なのだと必死に思い込もうと苦慮していた。

 死んだ七十人余りの同胞と無数の民兵の死体を片付けながら、コンラッドは勤めて自分に言い聞かせていた。

 精霊族としての本能が彼等を聖なるものと認めているが、人としての部分は彼等を脅威であると警告し続けているのだ。

 キィンとカン高い音と共にユグドラシルが手元に返って来る。


「どうやらあちらも片付いたようだ。」


「タケル様は無事でしょうか。」


「槍が見た限り無事だが、治療が必要だろう、しかしすげぇキモい魔法だな、糸がミミズのように踊る治療魔法とか生理的にキツい。」


 タケルの人力"リジェネーション"への感想である。


「衛生兵の多くが使う治療魔法の一つです、考案はタケル様ですが。」


「針と絹糸で同じ事ができる、魔力で全て賄えない治療師がいたら教えてやるといい。縫合の維持分魔力が節約できる。」


 そしてダメ出し。


「宿に戻ろう、どうやらまだタケルと顔を合わせては駄目なようだ。」


「一人で納得して結論付けてる時は、どういう事なんだっけかな。」


「多分見て来たんでしょ、いい結果にならなかったって事ね。」


 タクマとユリが軽く溜息を吐きながらタツヤの後ろについていく。

 薙刀を一振りして血の雫を払い、トモエはタツヤの顔を見て呟いた。


「どんな使命があるのかわからないけれどさ、最適解なんて望んでないからね。」


「望んでいるのは、後悔している人だ、俺でもないし君でもない。」


 真剣な眼差しでタツヤは答える。


「大丈夫、約束は果たすさ。」

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