第二百九話 エルフの役割と観測者と為政者達の夕暮れ
一人、又一人とエルフ達が原型を喪い大地に紅く脈動する絵の具のようなものに姿を変えて溶け落ちてゆく。
大地に突き立てたユグドラシルの根の傍で人としての形を喪う両親に縋りついて泣きながら、その子供達も人としての形を喪っていく。
エルフ族に課せられた使命は神帝ジオルナードの覆滅であるが、タツヤはそのあたり全く期待していない。
ダム湖で眠るように水風呂を満喫している存在の周囲を生きた魔法陣で包囲して世界樹の根を媒介にして再封印出来れば最上級の結末だ、そんなに都合の良い結末を期待すると裏切られたときに馬鹿を見る。
世界各地に隠れ潜むエルフを狩り集めようとした矢先の復活であるため準備期間は全く無かった。
それでも先輩に感謝しなくてはならない、この一手を打てる改造を施していた事と人化解除のキーワードと呼べる術法を授けてくれたことにである。
生肉の拍動と高純度マナの循環により所々噴出す血飛沫に目を瞑れば長い寿命を持つエルフの特性を生かした生体魔法陣の完成形が此処に誕生した事になる。
エルフの長老が魔法陣を発動させたところで世界樹の根が神帝ジオルナードに突き刺さりそのマナと生命力を吸い上げて禍々しい瘴気を吐き出す樹へと生長してゆく。
成功するとは限らない、だが遣らざるを得ない。
───非常にメタな話でもしようか……。
白い服を纏った男が手元の本を閉じて語る。
過去何度かは成功したタツヤとの信頼関係の構築に彼等は失敗した。
イレギュラーが幾つか間に入った為にエルフは使い捨てに近い使われ方をする事になった。
そのタネを明かせば、こうだ。
異世界転送後、常に彼は単独行動でループし続けた、そして行き詰まった彼が二人の幼馴染のうち、タクマ・イワオカを選び、共に行動する事を選んだ。
今回、偶然にもユリ達三名の班と遭遇し、以後の行動を共にした事である。
プロットに用意していた正答を引き当てたのは喜ばしい事ではあるが、もう少し煩悶してくれても良かったと思うのは贅沢だろうか。
まぁ……つまるところ、ユリ・ニシダと言うイレギュラーの生存フラグを建てたことである。
川で死ぬ彼女たち共通の親しい友人については、残念な事に死亡率九十七パーセントなので、どうあがいても回避は不能だ。
ユリは放置するとタキトゥス人に高確率で殺され、タクマが暴走して奴隷組織の首謀者の館が壊滅するエンドと共に、勇者としての器が壊れてタケルと戦う未来が何度か観測されている。
タツヤがタケルに加担する道を選んでいないのはタクマを救うルートを試しているからであるが合間合間に何時も差し挟まれていた、所謂”破滅ルート”が開いていない事から薄々感づかれているだろうが、ユリさえいればタクマは道を踏み外さない。
毎回海の藻屑となっていた女性が女神化した事。
その女神化した女性の導きにより、先輩の核を手に入れた事。
先輩の獲得は低確率、受肉に至っては今回が初めてである。
今回は彼に拍手を贈りたい、なんなら記念品の贈呈をしても良いだろう。
投げやりな気持ちで何度も辿り着いたバッドエンドの果てに与えた”投げ槍”は気に入って貰えたようだから、今回もそんな感じの何かを贈ろう、楽しみにして貰えば贈り甲斐があるよ。
私は見ているだけの存在ではあるが見送り続けるだけの大精霊とは少し違う。
もっと視野を広げて取りこぼしの無い選択をして貰いたいが人間には無理かな。
読みかけの本を手元に引き寄せて開く。
そのタイトルにはプロローグ後編と記されていた。
脈打つ魔法陣の周囲には結界が構築されていた、中は丸見えだが林が誕生しているようだ、時折結界の隙間から紫色の瘴気が排気のように噴出し空気を汚染していた。
ダム湖から流れ出す水は粘性を帯びた瘴気の混ざった水であり、川は赤茶けた酸性で酸に強い植物以外、生物の気配一つない。
神帝ジオルナードに突き刺さった世界樹の根が林となり神帝ジオルナードから穢れを吸い上げて勢い良く中和をしている様にも見える。
エルフに元々ある属性として十二分に生かされている植物らしさが魔法陣の効果として正しいようにも思える。
だがエルフの魔法陣は神帝ジオルナードの肉を食べている。
捕食する植物と言われれば幾つかの植物を思い出せるだろう、食虫植物として名高いウツボカズラやラフレシア、ハエトリソウなど自然界には希少ではあるが確かに存在する植物である。
先輩による遺伝子操作の目的の一つに捕食があった。
上手くいけば儲けもの程度の操作であったが神帝ジオルナードをジワジワと食べ始める草木は知らない者が見れば恐怖でしかない。
乱れ暴れる触手のようにのたうつ蔓植物が神帝ジオルナードに突き刺さりミミズのように暴れ回って肉を喰らう様などは正直気持ち悪い。
人造湖周囲に神帝ジオルナードから取れた出汁が広がり、毒の沼地の様相を呈してきた頃になると、幾つかの観測塔が設営されては浸食に応じて後退すると言う歯切れの悪い状態が続く。
中央都市チキンと砦の間に連絡砦のようなものが造られ、ちょっとした街のようなものになりつつあった。
東方都市アンヅ攻略部隊も一度そこに合流し、西方都市イースの制圧を終えたタケルからの報告に期待が集まる。
それでも王都を襲った震災の後始末に集まった軍の半数を送り、南進を決定したのは西方都市イースの平定が略確実になった時期であった。
タケルが南進を決定したと言う事で神帝ジオルナードを無視する方針が就中決定したような形だ。
「折角造成した人造湖も水路も農地も惜しい事ですが、忘れましょう。」
「王都の区画再整理に内務の者達が歓喜の声を挙げていてな、貴様に預けている土魔法使いの熟練者を早々に呼び戻せと、まぁ五月蠅い限りだ。」
「それは構いませぬが、若手の土魔法使いと交換ならば恨まずに済むとお伝えくださいませ。」
「では五対一で話しておこう。」
静かに国王に頭を下げて同意を示す。余り欲張っても仕方が無い。
「陛下直属の魔法師からの報告にも目を通しておけ。」
「御館様、あの気の狂ったものが拵えたようなあの魔法陣は、エルフを投げ込んで焼べる炉の様なものです、あんなものの研究など放って置いて復興事業か南進に従軍せよと厳命なさるべきかと。」
「タケル、アレの正体を掴んでいたのか。」
「人間に使いこなせるものでは無いので評価に値しません、神帝ジオルナードと共に無視すべきであると報告は致しております。」
素っ気無い返答をしながら魔法師達の報告書に目を通し幾つかの注釈を殴り書きして書類をダン・シヴァに返却する。
「いずれにせよ導師達にも時間の無駄である事を伝えて研究を即時停止なさってください、駄文を書くより瓦礫を片付ける方が明らかに有意義です。」
ふむ…と呻いたダンは近侍の一人に一筆書いた書簡と添削の入った資料を渡し、走れと一言命じた。
「タケルの言う通りのモノだとすると、近くにエルフを連れて行くだけで大きく育つ魔法陣と言う事か。」
「陛下、エルフ狩りはお辞めになって下さいますよう、必要な恨みは買っても損は御座いませんが。」
「わかっておる、ただ……たっぷり補充してやらねばそう長くは保たないだろう?。」
「人類の管轄外です、そのうち神の使徒やら勇者やらが挙って何かするでしょうが我々に出来る事は後始末くらいのものですよ。」
苦い果実を口にしたような表情でネアはタケルの言葉に蟀谷を押さえながら答える。
「逃げた神共でも捕まえて投げ付けて遣りたいものだな。」
「はい。」
「はぁ…。」
予算を組むのはこの三人であった。




