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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百八話 過去録タケル・ミドウ

 ああ、僕の事か────。

 


 首根っこを掴まれてぶらりと抓まれながら廊下を移動する。

 この方角は厨房横の猫部屋だな、と運ばれながら黒猫は理解した。



 餌場に黒猫を放し、その背中を見送ると。

 背後でニャーニャーと大合唱を浴びた、飯炊きおばさんの足元に十重二十重に群がる四等国民格の猫たちの合唱を聞きながら、砦から見霽かす景色に暫し追想に耽る。



 檻の外から棘付きの棒で小突かれて打ち据えられる。

 反抗することも出来ず皮で巻いて固定された棘が表皮を抉り取りみるみるうちに血が滲んで激痛が走る。

 間違っても床に寝転んではいけない、糞尿垂れ流しの檻の中で怪我をして転倒すると傷口にそれが擦り込まれてアッという間に破傷風に侵され、傷口が化膿して大変な事になる、既になっているクラスメイトの田中は、傷口の壊死と化膿による水ぶくれが体中で破裂してもはや虫の息だ。



 此処に来て檻の中に放り込まれてから頭も体もロクに冴えない、理由は後から判った事だが、奴隷契約魔法による服従と反抗心の抑制、生き物を殺す事への忌避感の鈍麻、命令への服従、等々だ。

 威力はかなり強力で体質的に合わない人間は契約した途端に廃人同然のダメージを受けてしまったり最悪の場合死んでしまったりもする、根が優しすぎた吉田は自決してしまったが、今思えば幸せな死に方であったと思う。

 幻覚が見え奇声を発し、暴れ出した田中を気怠い何かに囚われたような者達が取り押さえる。


「ごめんな、田中。」


 薄くなった記憶の靄を彷徨う様に、彼の魂に詫びを入れて鋭利な小石で彼の大腿動脈を切断する。

 檻の出入り口に一番近い場所に田中を安置して全員で檻の隅に固まりボンヤリとした記憶を元に彼の冥福を祈り、看守の訪れをジッと待つ。

 死病が檻の中を満たす前に片付けて貰わなければ全員死ぬ、同じような状況で死病をまき散らしていた級友の遺体から噴出す病魔で危うく死に掛けた経験を詰んできた僕達の、其の醜い苦渋の決断は誰からも理解される事は無い、されたいなんて思ってはいけないものだ。


 ──────でも生き延びたいんだ。





 街道の舗装をする仕事を与えられ、力の入らない身体を引き摺る様に、道を只管均す作業に没頭する。

 生ゴミと残飯を煮込んだスープを食べ、毎日道を均す。

 過酷な現場ではあるが垂れ流した糞尿の上で寝なくて良いと言う一点のみでそこはまるで楽園のような場所であった。

 それでも環境に適応できない者は死ぬ。

 桶、村、石上だか神だか……皆済まない、記憶が曖昧だ。

 今、埋めて来たその友人たちの名前が思い出せない。

 気が触れて房の隅で数を数えるだけのアイツの名前が思い出せない。

 確かクラスで一番のお調子者だった筈なのに、何故思い出せないのか……。

 奴隷から解放されてからは容易く思い出せたが、奴隷化魔法の記憶野と意識野の支配力は相当に高く()()だと思い知った。


 ──────使える、そう思って何が悪い。



 忠誠度をこれで固定化出来れば後顧の憂い無く領地拡大ができるだろうと僕の中のゲーム脳が疼く。

 現在は焼き印のような魔道具に手を加えて完成させた奴隷紋があるが、最終的には投げ付けるだけで支配できるボールの様なものを目指して日々改良を続けている。






「黒猫!お前に決めた!!。」


 そう言っておもむろにボールを投げ付けて来たヤツを時折見上げて飯を喰う。

 パッと飛びついてしまった俺を責めないで欲しい。

 ボールに触れた部分が青白く輝く。それ以来、俺はここの飼い猫だ、笑うなら笑ってくれていい。


「そう恨めしい目で見ないでくれ、腹一杯喰える生活は保障するさ。」


 黒猫とアイコンタクトを終えて砦の中を歩く、見回りという名目の散歩だが風紀委員長の怒号が聞こえる辺りには近寄らずに、静かに音も無く中庭へと飛び降りる。

 説教に巻き込まれてはどうにも堪らない。





 虫の息、死体、死んだ方がマシな部位欠損で助けられた友達が倒れて眠るテントやベッドを巡り、銅鉱山の発見を担保に静養所の建設と運用が開始された。

 近隣国で肉体労働に従事していた男女も収容され、その多くが風土病に罹患して意識を失っている。

 今ならなんとなくわかる、この世界を拒絶すると魂が回収されるのだと。

 説明など受けなくても見ていればわかる、使えない道具は処分される、ただ其れだけの理由しかないからだ。

 魂が回収された友達を諦めきれず、金鉱石が掘り出せる場所を地図から見つけ出して指定する。

 世界を遥か空から見降ろせば、地球と多少の違いはあるが略同じ形である事など判る。

 憶えている鉱山の場所を示すだけで十分な成果が期待出来る筈だ、間違っていれば首が刎ねられて終わる程度の話だから何も問題は無い。



 物価が高い、ハッキリ言って物凄く、この国の物価は高い。

 葱が三百円で白菜が六百円少々、燃料に至ってはべらぼうに高い、暖房用の薪が日本では三百円から五百円、ここでは買うなら千円~だ、樵の真似事をして取った分だけ税を払う場合でも四百円はかかる。

 

 そして僕は、極めて個人的な理由で炭鉱の在処を示した。

 防塵マスクが開発されるまでは塵肺で死ぬ過酷な労働の一つだ。

 炭鉱は消費が加速するまでは只の燃料だ、上質なコークスが手に入れば鉄鋼産業も飛躍的に伸びる。

 暖房としての燃料は温風魔法が何とかもたせてくれるだろうが鉄鋼産業までは支え切れない。

 鈍らな武器だけは、もう燃料と言う存在が無くてはドワーフですら厳しい。

 生産力の差がどうしたって出るのだ。



 まぁ、蒸気機関が生まれれば世界征服も可能だろう。

 魔法と科学の融合により産み出せる兵器は幾らか脳裏に描いてもある。

 圧力隔壁と燃焼速度の違う火薬などもキッチリ描ける。

 円形に配置するんだ、太った少年(ファットボーイ)の腹のようにね。

 御館様や国王陛下がお望みになれば僕の頭に掛けた理性と言う名前の脆弱な鍵程度、容易に開く事が可能だ。

 抗うつもりは微塵も無い、「国王陛下と御館様には生涯の忠誠を尽くす」これが僕の縛りプレイだ。

 何れタツヤは其れに気付くだろうが、どのあたりで参加するのだろうか?、キーボードを交互に遣り取りしながらプレイしていた戦略ゲームとは訳が違うが、アイツならばきっと面白い切り口で参加してくるだろう。



 トリエール側に聳え立つ北門を出て川を目指して歩く。

 投石機を造るために伐り出した木材が山のように川に浮かび、大量に塞き止められている。

 材木の細胞にある樹液やゴム成分をバクテリアが食べている──。

ところまでは流石に見えないが、そんな理由で貯木されている場所だ。

 下流に流しつつ行軍する際に安全地帯で加工されるのだろう。


「そうだな、バリスタがあったな。」


 ベンチ状に加工された丸太に腰掛けて空を見上げる。

 何をどうしようが元の世界への影響など皆無だ。

 其れならば何をしても構わないだろう。



 宮廷闘争は国王側有利に推移していった。

 忍者と聞いて心が踊るヤツなら判るだろう、情報戦を制する者が陰湿な世界では無類の強さを誇るのだ。

 頑迷な人物も、気の触れた老人も、ザン・イグリット教の教義に染まった危険人物も墓の下に入れば大人しくなる。

 御庭番と随分後に呼ばれるようになる者達は、徹底的に証拠を消しながら庭掃除に勤しむ。

 王国だけが庭ではない、世界が全て庭なのだ。

 世界中から放り出された果ての住人、溝鼠のような生き方を強いられた者達を集めて庭師に仕立て上げていく。

 友を諦めて埋葬したあの日から、僕には潤沢な資金だけが遺された。

 ぶっちゃけ遺産のようなものだ。

 これは有り触れた敵討ち、良くある普通の仇討ち、天に向かって大陸間弾道弾を吐き掛けるような仕返しだ。

 唾如きで済ませてやる気なんてない、色々と台無しにされた恨みがそんなに安い訳が無いだろう。



 怨敵を見上げる、そんなつまらない時間は、あっさりと過ぎ去っていく。

 刹那、タケルの姿も気配も消え失せる。



 草原の只中でタケルの護衛の為に隠形を用いていた者達は眼を放していなくても振り切られた事を悟る。

 開祖に敬服しながらも慌てて砦へと帰還する。



 セカイは一応、まだ平和であった。

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